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女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第4章 カロリス山脈編
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episode 6 血塗

 瘴気の濃さだけではない。カロリス山脈の雪はその厳しさゆえ人を拒む。

 自然の猛威が牙をむき出しに暴れだして、早一時間が過ぎようとしていた。吹雪の中、安全に逗留する場所を探しゆっくり歩を進めたオレ達三人だが、ふと気がつくとオレとカイムの二人になっていた。すぐさまカイムは目を閉じ、ニースの気配を探る。


「下の方にいるよ。崖から落ちたのかもねぇ」

「ニースは無事なのか?」

「たぶんねぇ」


 カイムはカモシカが跳ねるように、ニースが落下したであろう崖下へと降りていった。そして大声を張り上げ大きく手を振る。しかし猛烈に吹き付ける風と降りしきり舞う雪に聴覚と視覚を遮られ、オレの許へは微かにしか届かない。だが今はそれで充分であった。

 オレも急ぎ深い雪を漕ぐように後へと続いた。


 ボワっとした魔法陣の赤い光が吹雪と木々の隙間から薄っすらと漏れる。そして盛大に雪煙が舞った。よくは見えないのだが一緒に何かが舞っている。首どころか両腕両脚が坐らずにプランプランした人型の何かである。今の爆発の影響で吹く雪に混じる氷の礫。それを遮るため両腕で顔を覆いオレは先を急いだ。


「あははは。ごめんなさい」


 右手を後頭部に宛てがいニースはすまなさそうに笑った。軽いな、オイ! 一回目は崖からの滑落。二回目はカイムが引き起こした爆発。普通なら二回死んでたっちゅーの。


「まあ、結果こうして泊まる場所がみつかったよねぇ。いいんじゃない」


 確かにそこは大きな木に囲まれ、この吹雪でも天幕が耐えられそうな場所ではあった。だけどカイムさん? 結果オーライ風で話を進めているけどアンタ本当にニースを守る気あるわけ? 少しわだかまりも残るが、とにかくオレは天幕を荷物から取り出し宿営の準備を始めた。


「カイム、本当に外で大丈夫なのか?」


 カイムはここまで風の日も雪の日も天幕には入らず外で見張りをしていた。本人曰く天幕は苦手のようなのだ。


「狭いところは好きじゃないんだ。器が狭いところに閉じ込められているからかもしれないねぇ」


 後ろめたさであろう、ニースが黙りこくる。それを目におさめたカイムは至極満足そうであった。


「それに二人の邪魔をしちゃ悪いだろう?」

「それほど邪魔じゃねえよ。ちと狭いがな」


 何が気に障ったのだろう。オレを見上げたニースの蒼碧二つの大きな瞳は、どうも吊り上がっているように見えた。その様子にカイムはため息混じりの声を出した。


「この器も封印されたらボク後がないからねぇ。お招きはありがたいけど、ここにいるよ。お二人さんごゆっくりねぇ」

【マスター。ニースに変なことしようとしたらタダじゃおかないのです】


 天幕の外に立ててあるクテシフォンの声が脳に入ってくる。同時に響く舌打ちとため息に気が滅入るも気にしないように、雪が入ってこないよう天幕の入り口をボタンでしっかり留める。その時バランスを崩してよろけてしまい、ニースを巻き込んでしまった。ニースの頭がオレの胸元に寄り添う。


【言ってるそばからこれなのです】

「おいおいちょっと待て。よろけただけだ」

【それはどうだかは分からないのです。ですがマスターは煩悩に支配されつつあるのは確かなのです】


 カイム、うるさいアレどっか遠くに持ってってくんない?

 そんなやりとりをよそにニースはそのままの姿勢でオレを見上げた。覚悟を決めた目つきをしている。オレは脳内に派手にこだまする甲高い声をできる限り意識から除外し、ゴクリと喉を鳴らした。


「クーロンさん、聞きたいことがあります」

【やめるのです、ニース。もっと自分を大切にするのです】

「ど、ど、どうぞ」

 

 声が裏返ってしまった。


「洞窟でのこと憶えていますか?」

「あ、ああ」

【はわわわわわ。ニースが、ニースが】


 もちろんである。その前まで二人っきりで語り明かした夜のことも。


「ああいうことって前にもあったのですか?」

「ああ、まあ、あったと言えばあったな」

【二人とも。早まったらいけないのです。こういう事は何というか……シュボッ!」


 クテシフォンが急におとなしくなった。どうやら限界を迎えたようだ。

 そりゃあまあこの歳だ。今まで何もなかったってならウソである。そういうの気にするタイプ?


「何故ああなるか、クーロンさんは分かっているのですか?」

「正直言うと分からん」


 そう改めて言われると確かに分からない。ただ男なら誰しもああなるもんだろう。


「あんな姿、もう見たくありません」

「……」


 オレは言葉に詰まる。ここに来てそれは殺生でございますですよ〜。ただ確かに気持ちのいいフォルムではない。オレも出来る事なら見たくはない。だけどだけど……。


「自分の闇を膨らまして曝け出すようなあんな姿、もうたくさんです」


 そ、そこまで仰りますか、女神サマ……。


「でも、そうも言ってられないのでしょうね、これからは」

「ニ、ニース……」

「私も覚悟を決めようと思います」


 ニースを支える腕にグイッと力が入る。オレは全身に散らばっているであろう勇気なるものをかき集めて、見上げるニースの顔に自分の顔をゆっくりと近づけた。その時ニースがスルリとオレの腕から抜け出し立ち上がる。そ、そんな……。


「聞かせてください。魔族と戦った時、何が起こったのかを。今までに何回あのようなことが起きたのかを。私とクテシフォンであなたをあの闇から守ります」


 そのことでしたか……。おれは昔話を思い出すような雰囲気を作ることで、ふつふつと湧いてくるこっ恥ずかしさをごまかしにかかった。


「オレには生まれつき……なんだろうな、二つの能力が備わっているんだ。オレはその二つを『感覚の拡張』と『思考の加速』と呼んでいる。効果は読んで字のごとくだ。『感覚の拡張』は全ての感覚が鋭敏になる。視力や聴覚が何倍にもなる。その代わり痛みも何倍にもなるがな。『思考の加速』は全ての物がゆっくりと認識できるんだ。時間が遅くなったようにな」

「はい」

「感覚的には意識の底に潜っていくような事をするんだが、これは分からんでもいい。潜れば潜るほど効果は増す。ただあるところまで潜ると自力では戻ってこれなくなるんだ。そうするとどんどん深くまで沈んでしまう。それがあの時の状態だ」


 ニースは黙って頷いた。


「そうなるともう自分では何が起こっているかよく分からん。ただこの前はクテシフォンのおかげで事なきを得た。まあ端から当てにしていたんだがな。何が起こっていたのかも少しは理解することもできた」

「クテシフォンがいなかったら?」

「死んでいたかもしれないな、オレもアンタらも」

「今までその能力で何が起こったのか教えてください」


 ニースは跪き不安げに顔を近づけてきた。オレは彼女を目線から外し俯く。


「覚えちゃいないが子供の頃その能力を使ったことがあったんだろうな。育ての親だった(じじい)は能力のことを知っていたよ。そして開放を止められていた」


 あの頃の楽しい記憶が蘇り少し口角が緩んだ。ニースはそんなオレを黙ったまま見つめている。


「オレが記憶している最初の能力の開放は、イスキエルド峡谷の撤退戦だった。あれは絵に描いたような負け戦だったな。王国軍は帝国軍にいいように踊らされイスキエルド峡谷まで追い込まれた。あそこはな狭いところでせいぜい馬が三頭並ぶ程度の幅しかないんだ。当然撤退速度は牛並みになる。後方を包囲され一割帰還できれば御の字って状況に追い込まれた。オレはその時一傭兵だったんだが王国は傭兵を盾にすることを決めた。傭兵ニ千人を敵前にさらけ出し、その隙に前衛は撤退を後衛は砦を築く作戦を打ち出したんだ。狭い谷だからな、敵も一気に攻め立てられなかったんだ」


 そこでオレはふと意識を外に向けた。天幕が波を打ってばさばさとけたたましく音を立てている。ニースは話を聞き漏らすまいとしているのだろう。瞬きせずに視線をオレに固定していた。


「あの時ほど人を斬った時はなかったよ。とにかく周りは敵だらけだ。剣を振るえば誰かに当たった。朝から始まった戦は夜になっても続いた。敵も分かっていたんだろうよ。砦を築き上げる前に叩いてしまわないと面倒になるってことをな。当然と言えば当然だ。最初の二千人は五百人程度に減っていた。しかも全員へろへろだ。しかしそれでも撤退は許しちゃもらえない。増援もない。逃亡しようにも逃げ場がない。揚げる白旗すらなかったんだ。まあ死ぬんだろうなってことは覚悟したがな、折角なんで花火みたいなもんを上げたくなったんだ」

「それで……」


 それまでの沈黙を破りニースがぼそっと呟いた。彼女の表情からは感情が読み取れない。いつもどおり優しく包み込むような視線を向けてきていた。


「ああ、やけくそ気味に能力を開放した。オレはその時どれだけ潜れば戻ってこれるなんて理解しちゃあいなかった。めいいっぱい潜ったよ。そして気付いたら十日経っていた。オレは近くの農夫の小屋でその間手当を受けていたんだ。(あと)から聞いた話だが、オレは味方も敵も関係なく斬り伏せていったらしい。そうして敵というよりは斬る相手を求めて敵陣深くまで単独で突っ込んだそうだ。たった一人の傭兵に翻弄され日が昇る頃、帝国軍は陣を後方へと移したそうだ。その時オレは血塗れで、帝国軍に睨みを効かせ立ち尽くしたいたと聞いている。それからだよ『血塗(ちまみれ)』なんてくだらん呼ばれ方をしたのは。敵も見方も関係なく殺したってのに上は喜んだ。ただ一部の兵士はオレを化け物でも見るような仄暗い目で見ていたよ」


 ニースは少し悲しい表情に変わる。ただそれでもオレから視線をはずすことはなかった。


「オレのあの姿を見て変わらずにいられたのは、ひょっとしたらアンタだけかもしれないな」


 彼女は黙って視線をスーッと下げ左右に二回、小さく首を振った。この仕草の意味をオレは理解できなかった。だがオレを想ってのことだと感じることはできた。そんなニースに応えるかのようにオレは話を続けた。


「次はアブ・ヌワス要塞での籠城戦だった。『俯瞰者』と呼ばれる天才的な軍略家の出現で王国は徐々に劣勢を覆してきたころだったんだ。まさかその男がヤーンだとは思っても見なかったがな。すげえなアイツは。ははは」


 オレの笑いに同調するかのようにニースも首を傾げ少し笑みを漏らした。


「この戦いは最初は整然としていた。その頃負け続けていた帝国にも意地みたいなものがあったんだろうな。戦略的にそれほど重要でないところにも拘らず、考えられないほどの物量で攻めてきたんだ。王国は数で押し寄せてくる帝国に危ない場面は何度かあったものの何とか持ちこたえていた。ただあの時は人が死に過ぎた。人が死ぬと瘴気を出す。その瘴気に魔獣が寄ってきた。両軍混乱したよ。王国と帝国と魔獣、三つ巴の戦いだ」


 オレはここで首をポキポキならした。少し緊張をほぐすと同時に、今更ながら自分で作り上げてしまった重い雰囲気を払拭したかった。そして無意味にニースに笑いかける。彼女は意味を理解できずにキョトンとしているだけだった。


(あと)になって思えば両軍退いて魔獣退治に専念すればよかったんだがな、どちらも退くことはしなかった。兵が次々と倒れ瘴気が膨れ上がった。徐々に粘っこく絡みついてくる瘴気に嫌な気分になったよ。そして唐突なんだろうな。魔族が現れたんだ」


 魔族。その言葉にニースが表情を硬くする。彼女の息遣いが聞こえてくる。前のめりになる彼女の視線にはたと照れを覚え、何気ない素振りで視線を中空に向けた。


「魔族はそこにいた兵をあっという間に蹴散らし魔術を放った。要塞はその一発で崩れ去ったよ。オレは恐ろしくてな、ダメだと分かっていつつも能力を開放した。犠牲がどれだけ出ても魔族を倒せればオレは救われる。倒せなくとも意識のないまま死ぬことができる。そう思った。相変わらずオレは弱虫だったってことだ。

 そしてここでもまた多くの人が死んだ。魔族のせいだけではない。死体の四分の一は剣による切創だったそうだ。意味が分かるか?」


 彼女は肯定の意思も否定の意思も態度に表すことはなかった。ただ黙って聞いていた。しばしの沈黙。オレは居心地が悪くなり話を進めることにした。


「オレはその時意識がなかった。目撃者もいなかった。だからはっきりしたことは分からない。だがおそらく四分の一の数の兵士はオレが殺ったものなんだ。自分を呪ったよ。オレが死んでいたならもう少しマシな終わり方ができたんじゃないかってな。ただの意気地なしの昔話だ」


 一拍置いて、オレは大きく深呼吸をした。そして接ぎ木のように、また話を繋げた。思い出話とは別のもの。彼女にカマをかけたのだ。


「最後の一回は、雨の魔森だ。これはたぶんアンタは知っていると思うのだが」


 ニースはおもむろにオレの首にしがみついてきた。オレは話を中断し黙って動かずにそれを受け入れた。

 彼女は何も言わない。これからも口にすることはないだろう。だが、オレの命は知らずに一度ニースに救われていたことを確信した。

 再び沈黙が訪れる。外では吹きすさぶ風がひっきりなしに音をたてる。その音に混じりキュッキュッっと雪を踏みしめる音が聞こえた。カイムの野郎、聞き耳立ててたな。

 五分? 十分(じゅっぷん)? どれくらい時間が経ったのだろうか。じっとしていたオレの耳元でニースがポツリと呟いた。


「本当に意気地のない人……」


 オレの首を抱えた両腕をすっと離したニースは背中を向けそのまま横たわり、その小さな体を更に小さく丸めた。そこまでするのなら慰めの言葉の一つくらいかけてくれてもいいだろうに。いやいや多くは望むまい。オレもニースに倣い彼女に背を向け横になった。

 眠りはすぐに訪れた。ただ微睡みの中、甲高い声が聞こえたような気がした。


【マスター、それでいいのです。意気地なし。大いに結構なのです】

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