表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第4章 カロリス山脈編
58/109

episode 4 酔夢

 目の前に広がる質素ながらも整然とした、そして自然と調和した町並みを目に収め、ニースは懐かしげに顔を綻ばせる。前の混乱の爪あとはここからでは確認することが出来ない。町はもうすっかり普段の生活を取り戻しているかのように思えた。


「もうここには戻って来られないと思ってました」


 白く煙る息遣い。紅潮する頬はその寒さのせいだけではないだろう。彼女の吐く火気(ほけ)越しに蒼碧の二つの潤んだ瞳がオレを見上げる。一瞬だけ交差した視線、それをオレは逸らした。オレの仕草に同じ思いを抱いていることを見透かされ、笑顔の深みを増したニースは止めた足を再び動かし一歩を踏み出す。


「行きましょう、クーロンさん」

「ああ」


 オレとニース、カイム、ヤーン率いる自警団の面々、そして神撃部隊の隊員ホレスは十二月の初頭、キリッとした冬の冷たい太陽が射し込む早朝、二頭立ての馬車に乗り関所を出発、一路、西へと向かった。その十一日後、ペンタス村に到着するとそこからは徒歩に切り替えアレンカール公道をさらに西へと進む。途中吹雪に阻まれるも八日後、無事公道を抜けアレンカールにたどり着いた。

 出発前日、関所を後にすることをサクヤに見舞いがてら報告に行った。彼女は予想通りゴネまくった。


「私も行きます。確かにクーロンさんのケダモノのような目つきは時々危険を感じます。ですけどケガだってホラ、この通りもうほとんど治ってます!」


 ベッドから立ち上がり大きく体を動かした彼女は、一瞬苦痛に歪んだ表情をした。まだ治ってないんじゃね? ケダモノのような目してないんじゃね?


「無理すんな。だいたいオレ達はこれから王国に喧嘩を売りに行くんだ。アンタまでそれに付き合う必要はないんだよ」

「いえ、私は隊長に従うと決めました」


 いつもの強い目線がオレに突き刺さる。


「待てよ、そうすぐ決めるもんじゃないだろ。アンタはまだ若いんだ。今からでも遅くない。ここから先のことをじっくり考えてからどちらにつくか決めろ」


 すると彼女は考えるような仕草を見せた。


「はい。じっくり考えました。やっぱり隊長についていきます」


 この(かん)約三秒……。考えてないよね。いや即断即決のサクヤちゃんにしては三秒は考えたほうなのかもしれない。


「あははは……」


 さすがのニースも苦笑いである。だがすぐに表情を改め優しくサクヤの手をとり彼女をベッドへと促した。サクヤがベッドに腰を掛けるとニースもその隣に座る。やや長身のサクヤに見上げる形となった小柄なニースは諭すような声音をサクヤへと向けた。


「サクヤさん、あなたは王国に戻ってもここに残っても、この先必ず必要になる人です。剣技だけではないですよ。あなたの真っ直ぐさは人々を導くはずです。その時が来たら十分働けるように、今はとにかくゆっくりしていて下さい」


 ニースの抱擁されるかのように柔らかく温かな言葉を受け、サクヤはソッポを向いて盛大に口を尖らせていた。その様子にニースは口元を引きつらせる。女神モードのニースに太刀打ちできるのアンタだけだよ。普通感極まって泣いちゃうよ……。




 街道につながる北の正門から町へと入る。以前は手入れの行き届いた大きな花壇が町の人々を見送り迎えていたが、今は代わりに簡易的な砦がオレ達を迎え入れてくれた。

 後に手を組みキョロキョロと忙しげに町の様子を観察しながら、ニースは楽しそうにオレの前を歩く。そうしているうちに粗末な造りの厩舎の前を通った。その二階の窓を感慨深げに見上げたニースはくるりとオレへ振り返った。視界に飛び込んできたいたずらっぽい笑顔がオレの意識を占拠する。同時に鼓動の高鳴りを自覚する。バツが悪くなり、その笑顔から再度、目を逸らそうとするも、その寸前、彼女は前方へと向き直り、そして再び辺りをキョロキョロと見回し始めた。オレは頭を強く振り、翻弄された気持ちを誤魔化しにかかる。

 すぐ横に目をやると、ヤーンが含みのある笑顔をオレへと向けていた。何ですか? この笑顔の包囲網……。



───────────────────────────────────



「申し訳ありませんカムランさん。この町がこのままで在り続けるためにはどうしても必要なことなんです」


 オレとヤーンは一行から離れ庁舎を訪れた。町長(まちおさ)の任を担っているカムランの元を尋ねるためである。今そのカムランは領主カスティリオーネの親書を前に、ニースとの再会を喜ぶ間もなく眉間の皺を崩せずにいた。


「カムランさん。以前あなたは、常に自分はニースの味方だ、と仰っておりました。覚えておりますか?」


 ヤーンの問いにカムランは口元を引き結び控え目に首肯する。


「あなたには腹を割ってお話します。おそらくこれから人類が危機に瀕する事態が起こります。それを止めることができるのは、ここにいるクーロンと、そしてニースをおいて他にはいないと思っております。ですが彼らが事を成し遂げたとき、世界は彼らを敵とみなすこととなるでしょう。これは自分の我侭かもしれません。自分は全てが終わったあと彼らの安住の地を提供したい。そしてそれがアレンカールであればいい、そう思っております」

「カスティリオーネ様の親書もある。別のボクを説得する必要はないと思うんだけどね」


 ゆっくりと落ち着いた口調で真摯に訴えるヤーンにカムランは困ったようにしきりに頭を掻いている。


「いえ、事を成すためにはカムランさんの全面的な協力が不可欠になります。お願いできますか」

「僕は君達みたいに若くはない。年齢は人を保守的にさせるものなのさ。僕はただ怖いんだよ」


 そこでカムランは大きく溜息をついた。そのときなぜだかカムランの様子が変わる。


「世界の平和かい? そんな大それたこと僕には荷が重すぎる。僕が背負いきれるのはせいぜい娘の幸せが精一杯だよ。ヤーン、僕はねニースが魔術師に捕まったとき自分の無力さを嘆いたんだ。もうそんな思い死んでもしたくない」


 悲痛な面持ちで俯いたカムランは膝の上で両拳を固く握りしめた。


「だからね僕はニースの幸せのために恐怖に立ち向かおうと思う。年甲斐もないのは分かっているつもりだよ。君に全てを賭けよう、ヤーン。それに命をかける順番は若い君より僕が先であるべきだからね」

「申し訳ありません。ありがとうございます」


 ヤーンは本当に申し訳ないと思ったのであろう。しばらくの間、深々と頭を下げた。その後、オレ達はこれから三者三様バラバラの道を進んで行く互いの再会を願い握手を交わした。帰り際、カムランは彼にしては珍しい冗談めいた顔でオレを呼び止める。


「コート、いやクーロンでいいかい。大事な娘に何かあったらぶん殴るから覚悟してくれ。ははははは」

「残念だがなあアンタにすんなり殴られるほどオレはまだ(なま)っちゃいねえよ」

「安心してもよさそうだ。申し訳ないが娘をよろしく頼むよ」



 ───────────────────────────────────



「ニース、聞いてもいいかい?」

「なんです?」


 ニースはその夜、みんなと別れひとり三年間世話になったカムランの家へと来ていた。揺らめくランプの灯りに照らされた部屋は数カ月前と何ら変わらない。二人だけの食事を終えたニースは以前ここに住んでいた時と同じように、二人分の食器を手早く片付け、台所で袖をまくっていた。


「君はクーロンのことが好きなんだね」


 唐突に切りだされた言葉。ニースの手が止まる。軽く俯くその頬は見事なまでに紅潮していた。


「ははは。さすがに分かるよ。で、何時からだい?」


 ニースは洗い物を続けながら、五年前、瀕死のクーロンを洞窟で見かけた時の話をした。その話をカムランは酒を飲みながら、うっすら笑顔を浮かべ静かに聞いていた。


「驚いた。そんなことがあったのか。ニース、僕がこんなことを言うのは烏滸(おこ)がましいことかもしれない。だけど聞いてくれないか」

「はい」

「君に会って親娘(おやこ)のように過ごした三年間、僕はね、幸せだったよ。今度は君に幸せになって欲しい。そのためになら僕は、どんなことでもするつもりだ」


 洗い物を終えたニースはタオルで濡れた手を拭きながら、カムランの座るソファーの対面に腰を下ろした。その場をニースの優しい笑顔が包み込む。それは女神然としたものではなく、一人のただの少女のように少し甘えた笑顔であった。

 氷が陶の器の中を滑り、からん、音をたてる。


「ありがとうございます。でも大丈夫、その必要はありませんよ。私は今とても幸せですから」



 ───────────────────────────────────



 オレはというとヤーンの家に招かれていた。家族水入らずで過ごしたほうがいいと何度も言ったのだが、結局押し切られ子供達が(はしゃ)ぐ中、二人で酒を酌み交わしている。


「すいませんねえ、(うるさ)くて」


 ヤーンの妻ハレヴィが家事の合間にオレへ酌をする。


「いや、これも悪くねえよ。無邪気な子供は見ているだけでいいもんだな」


 久しぶりに父親の姿を見た二人の子供は挨拶もそぞろに興奮しっぱなしのようだった。


「やれやれだよ。挨拶くらいはしっかりしてもらいたいんだけどね。一応紹介するよ。あっちの息子がシュリアン、こっちが妹のカリンだよ。このままだったら先が思いやられるよ」


 ヤーンは肩を竦めた。


「子供のことはよく解らん。だがアンタの子だ。どちらもそれなりのもんになると思うのだがね」

「よして欲しいな。この子達には静かに暮らして欲しい。だからこうして体を張っているんだ。ダンナを騙すような真似までしてもね。矛盾しているだろ?」

「矛盾のない人間なんてそうそういないもんだ」


 そのときふとサクヤの顔がちらついた。矛盾のない娘もいるにはいる。


「済まない、ダンナ。これから世界のほとんどがダンナの敵に回る。王国も帝国も関係なくね」


 和やかな雰囲気が幕を下ろす。最近何度となく見ているヤーンの追い込まれたような面持ちに、彼の葛藤が浮かび上がってくる。国を作ると錚々たる顔ぶれを相手にあっさりと言い放ったものの、その心の中は不安でいっぱいなのだろう。当然だ。誰もが成し得ないだろうことをこの男はやろうとしているのだから。


「気にすることはない。今まで生まれてきてからずっと忌み嫌われてきたんだ。憎まれ役はそこそこ慣れてるよ。案外ニースもそうなのかもしれんな。だがオレ達のために国を興すってのは、ちょっとやり過ぎだと思うんだがな」

「足りないよ。本当は世界中から感謝されて然るべきなんだよ。ダンナはもう既に、四回も世界を救っているんだからね」

「止してくれ。そこまで(おだ)てられるとせっかくのいい酒が味気なくなっちまう。オレがやらなきゃ誰かがやったさ。世の中ってのはそういうもんだ」

「いろんなことを押し付けてしまって、本当に済まない。自分に出来る事があれば何でもする。本当だ」


 ヤーンのこのような態度をとってしまう気持ちも分かる。分かるが謝られても困る。子供達もその雰囲気に煽られ、その動きを止めてしまった。オレは酒杯の酒を一気に呷る。そしてちょっとした昔話を始めた。


「子供の頃なあ、親代わりにとある(じじい)に育てられたんだ。その(じじい)の話す英雄譚やら冒険やらの話が楽しくてなあ。毎晩毎晩、寝る前にせびったもんだ。今思えば物語とか神話とか実際の話とかまぜこぜにしたような変な話だったんだがな。ヤーン、立派な国を作ってみせてくれないか。王国も帝国もひれ伏すくらいに立派な国だ。アンタなら、できるはずだ。そしてオレ達が成し遂げたことをこの子達に聞かせてやってくれ。みんなで失敗して、アホやって、情けなく泣いて、かっこ悪く戦って、ボロボロになりながらそれでも諦めずに、虚勢を張ってなんとか勝利を手繰り寄せたそんな話だ。それをこの子が孫に話すんだ。おじいちゃんはすごいんだってな。その孫がひ孫に話して、話が盛られて枝葉が付いてだんだんデカくなっていく。それで千年くらいしたらオレ達はアレンカールの英雄やら大陸の伝説やらになってるんだ。その話を草葉の陰で一杯引っ掛けながら聞くんだ、今日のように二人で。なあ、最高の娯楽だろ?」

「買いかぶりだよ。だけど、いいかもな、そういうの。夢が膨らむよ」


 ヤーンの表情が和らぎ、オレ達の間に再び緩やかな時間が流れ始めた。


「なら約束だ。とりあえずは国を興すぞ。オレが王様でアンタが大臣だ」

「いいや、自分が皇帝でダンナはそうだな……いいとこ将軍くらいかな」

「抜かせ」


 そうしてオレ達は互いのコップを打ち合った。出来の悪い鈴の音のような篭った音が響く。その音に釣られたのか元気を取り戻したシュリアンが話に混ざってきた。


「オッサンじゃ王様になんかなれないよ」

「どうしてだ?」

「だってオッサンだからだよ」


 ヤーン、アンタは子供にどんな教育を施しているんだ。修正の必要を感じたオレはシュリアンの両肩を掴み腰を下ろして視線の高さを合わせた。


「ならオッサンばっかり集めて国を作る。オッサンの王様にオッサンの大臣、オッサンの神を祀ってな、オッサンの司祭が先導してオッサン共が朝昼晩と礼拝するんだ。坊主もオッサンになったら入れてやる。その国はそうだなオッサニアだ。楽しいだろ〜。がははははは!」

「お妃様は?」


 たぶん……オッサン?

 途端に描いていた夢が綻び始めると、自分にとってはらしくないと思い始めた。

 いつから未来を思い描くようになった。いつから希望なんて甘っちょろいものを語るようになった。

 己に問いかけてみるものの、原因ははっきりしていた。ニースの存在だ。

 彼女の笑顔とあの日交わした約束が、変にこんがらがったオレの思考を力ずくで解いてゆく。

 それに抗う力は、今のオレにはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ