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女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第3章 王国内乱編
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episode 23 驕傲

 そっぽを向いたニースは急に緊張を漂わせ右手を顎に添え俯き加減でなにやら少し考えている様子を窺わせ始めた。春の陽射しを集めた人形のような姿形に、少しどきりとするも表情を固め冷静を装う。


「どうしたんだい? 気分でも悪いのかい? ニース」


 オレより先にカドゥケイタが口を開いた。ニースにつられその表情は硬く……そしてやはり甘い。甘硬い……なんのこっちゃ。

 少しの沈黙を挟んだニースはふ〜っと大きく息を吐きオレを見上げた。


「魔族が現れました」


 またしてもカドゥケイタ無視……場合が場合だけに仕方ないかもしれないがもう少し構ったげて……。と、オレはカドゥケイタに目をやる。当の本人は鳩のように首をせわしなく動かしあからさまに動揺を見せている。杞憂でした……それどころではありませんでしたね……ハイ。かく言うオレもニースの言葉に心臓が一拍跳ね上がるように鼓動した。


「ニース! 場所は分かるか?」

「……はい、北の方角です。どうせ向かうんでしょう。私も行きます。急ぎましょう」


 魔族がいるであろう方を向くニースも焦りの色を濃くさせている。


「たわ言抜かすな。アンタはそこの王子様と……」

「行きますよ! クーロンさん」

「勝手にしな。付いてこられるんならな」

「女神様。我々もお供いたします」


 踊り場に控えていた兵士の一人が敬礼をとり高々と声を上げる。ニースはその兵士に微笑みかけ首を振った。


「ありがとうございます。ですが私は大丈夫です。あなた方は一刻も早くこの場から離れて下さい」


 そしてオレに目配せをして小さく頷くとそのまま走りだし外へと飛び出ていった。どういう意図かいまいち理解していないオレだが、とりあえず彼女に追随した。数人の兵士もオレの後へと続く。

 ニースを追い走る。聖剣の力で筋力が上がっているにもかかわらず彼女に引き剥がされもしないが追いつきもしない。そういや足やたらと速いんだったっけ……。ニースとオレの二人はみるみるうちに従いてくる兵士を置き去りに北門へと駆けて行く。しかし何と言うかニースのフォームが幼気(いたいけ)な女子って感じで、何かこうもやもやする。それでも速い。やたら速い女の子走り、後から眺めるその姿はこれはこれで不気味だった……。



 ───────────────────────────────────



「魔術師どもめ、勝手なことしやがって」


 シュナイベルトは怨嗟の声を上げながら片膝をつき自分の足もとを凝視していた。耳から入り込んでくる剣撃の音。聞き慣れた音だが部下の叫声が重なるとそれは聞くに耐えないほど耳障りな音として脳に認識される。見たくない欲求に抗い顔を上げ眦を開く。ぼやけた像に焦点を合わせるとそこには一人また一人と倒れていく部下の姿があった。


「精鋭ではなかったのか……」


 神撃部隊に対抗するため、第二王子の派閥により結成された通称シュナイベルト部隊。二十五人の隊員全員が新式聖剣を携えるも、その聖剣は正規なものではなく失敗作または質の悪い模造品の類であった。しかしされども聖剣、隊員一人ひとりの練度の高さも相まってシュナイベルト自身王国には敵なしの部隊であると自負していた。それが目の前の男に傷ひとつ与えられずに容易く崩壊していくさまを目の当たりにして、いかに自分は魔族を甘く見ていたか認識せざるをえなかった。

 魔族との戦闘は偶然だった。混乱に乗じて今や人気(ひとけ)のない北門から脱出を試みたそこに銀髪紅眼の男が現れたのである。

 自分を含め残り三人となった隊員は恐怖におののき逃げ腰の構えをとっている。とてもでないが戦える状況ではない。シュナイベルト自身もショックの大きさに自分の両脚が立ち上がることを拒んでいるように固まったままだった。

 その時である。どこからか二筋の真紅の光が飛び込んできた。その光は魔族の男と数合打ち交わすとシュナイベルトの横に颯爽と降り立つ。


「将軍。ここは私が引き受けます。まだ生きている人がいるようですので救助をお願いします」


 二振の剣を携えたサクヤは返事を待たずに再び魔族の懐へと一直線に向かっていった。サクヤは自分よりシュナイベルトや彼率いる精鋭部隊の面々の方が強いと思っている。相手の力を推し量れないものは半人前という。そういう意味ではサクヤの知性は、まだ未熟だった。それでも自分が魔族を抑えなければ、彼女の直感がそう告げていた。達人の域に達していたが故の直感だったのかもしれない。

  気負う必要はない。自分に言い聞かせ、サクヤは静かに深く呼吸をした。恐怖は感じた。だが、やるべきことが明確だったため、冷静さを維持できていた。


「フンッ。ムダなことを……。何もかも終わりだ」


 卑屈な独り言を吐き捨てる将軍をよそにサクヤは双剣を振るう。しかし魔族の持つ銀剣に次々と阻まれ届かない。尽く斬撃を防がれたサクヤは力任せに双剣を同時に振り下ろした。剣と剣が打ち合わされた時に響く独特の金属音の代わりに聞き慣れない鈍い音がサクヤの耳に届き、砕かれた銀剣がしたり顔のサクヤの目に反射した。サクヤはただ打ち込んでいたわけではなかった。まともに戦っては勝つのは難しいと判断し攻撃の矛先を銀剣へと向けたのである。サクヤはそこでゆっくりと吐き続けていた呼吸を一瞬止め、次の斬撃の溜めを取る。しかし魔族の男はそのまま折れた銀剣を力任せに振り抜いた。銀剣が鼻先を掠め右腕の紅剣を巻き込んでいく。やむなく仰け反り仕切りなおすためサクヤはその場を一旦離れた。

 強い。サクヤは思う。だけどあの人程ではない。目隠しと手枷をされてなお自分達を圧倒し見下ろしたあの威圧感。全員殺されてしまう恐怖を味わったあの時がなければ、足が(すく)んで満足に太刀打ち出来なかったであろう。そして森であの人の背中を追った日々。それがなければ既に殺られていたかもしれない。

 魔族の男は折れた銀剣を放り捨て、余裕を持った仕草でシュナイベルト隊が手放した聖剣を一振手にした。すると透明な刃に赤い光が灯る。


「そういう事か」


 銀髪の男はサクヤとの距離を一気に詰める。そして力任せに剣を振り下ろした。淡く光る水晶同士が形成する独特の擦過音の不快さにサクヤは顔を顰めながら相手の剣の軌道を逸し、その隙に距離をとる。速さも力強さも一段上がっていた。聖剣の恩恵を受けてのことだろう。


「よく聞け。あれは魔族、人間には到底及びもつかない存在だ。小娘、無駄なことはやめて諦めろ。お前には時間を稼ぐことが関の山だ」

「時間が稼げれば、それでいいです」


 シュナイベルトの忠告にサクヤは小さく笑った。自分が時間を稼げばクーロンは必ず来る。彼ならば魔族を必ず倒してくれる。そう確信しての表情だった。

 そしてサクヤは覚悟を決め、苦楽を共にしてきた自分の剣に優しく呟いた。


「ありがとう、今まで。私でごめんね」


 サクヤは聖剣と歩んだ日々を思い出す。聖剣を初めて手にした日。赤い光の美しさに夜な夜なベッドの上で眺めていた日々。ホレスや同僚に可愛がられた日々。そしていつも失敗をして隊長を困らせた日々。そんな日々の中サクヤは聖剣を充分使いこなせていない自分がもどかしく、また聖剣自体にも負い目を感じていた。


「勝手だと分かってる。でもお願い。今だけ力を貸して」


 彼女の声に反応したかのように、右手に持つ聖剣の赤い光がその銘『白い大地(アルビオン)』を示すかのような白色の光へと変わる。サクヤは、その美しさに目を奪われ、心惹かれ、そして、(みなぎ)る。


「うん、ありがとうアルデンテ。じゃあ行くよ!」


 あんなデタラメなものを前してになぜそこで笑える。何故立ち向かえる。何故。

 シュナイベルトは王国最高の剣士と謳われ自分もそれを自負していた。聖剣の力を借りれば魔族にも匹敵する、そう思っていた。しかし現実はそうではなかった。魔族は遥か高みから自分を見下ろす存在だった。魔族を前にして出来る事といえば俯き歯噛み跪く、その程度のものでしかなかったのだ。

 しかし、信じられないことが目の前で起きていた。その魔族相手に名声もなき一人の小娘が肉薄している。その光景は彼の胸にいつも燻っている嫉妬心を、再び燃え上がらせるに充分な火種となった。


 新式聖剣『アルビオン』の大いなる恩恵を受け飛躍的に力量が上がったサクヤの剣筋は、歪みのない円を描き魔族のこめかみを襲った。剣は腕で振るのではない重心で振るのだ。サクヤは非力だ。だからからこそ、その境地に至ることが出来たのかもしれない。体全体を巧みに動かし、己と剣の重心を支配する。そうすることで魔族の男でも簡単に弾き返せないような、重く鋭い斬撃を可能にしていた。次々と襲いくる二色の光に魔族の男はジリジリと後退していく。

 サクヤはここぞとばかりに軽快な足捌きで、剣を横へ薙ぎ体を入れ替える。そのまま背後をとり背中を斬りつけた。その時だ。まるで空気が弾けたような突風に襲われ、サクヤの体は宙へと舞った。魔族の男は斬られながらも魔術を組んだのである。吹き飛ばされ転がりながらも体勢を整えたサクヤはそのまま魔族の男に突進した。瞬間、サクヤは視界になにやら違和感を感じた。空気が揺らいでいる? 無理矢理体勢を変え体を逸らしたサクヤの脇腹に鮮血が散る。空気の刃? 魔術? そしてサクヤの勘が訴えかけた。離れてはいけないと。

 距離を詰めようと大地を踏み込む。その時踏み込む足が微かに揺らいだ。こんなのも魔術? 見事な平衡感覚を以って咄嗟に重心を移動し、足を変え体を前方へと押し出す。揺らぐ空気を紙一重で躱し懐へと潜り込んだサクヤは、右の剣を足元から顎へと斬り上げた。魔族の男はそれを自身の剣で腕ずくに打ち下ろす。ぶつかり合う二振の聖剣がサクヤの円の動きを止めた。がしかし新たな円が魔族の男の肩に吸い込まれていく。骨に達するまで食い込み勢いを失った刃を、手甲で弾き身を仰け反らして致命傷を避けた魔族の男は、自身の右肩を押さえ肩で大きく息をしていた。


「流れは一つではない。そうクーロンさんは、教えてくれた」


 陽の光も満足に届いてこない深い森の奥。止むことない魔獣の群れ。サクヤとクーロンの二人はいつ終わるやもしれない戦いに身を投じていた。そこには幾つもの円弧を描きながら鋼棒を操るクーロンの姿があった。サクヤはそんな在りし日々を頭の中に思い描く。


 魔族の男との距離が空く。魔族だって万能ではない。魔術の行使にはタメがいる。この距離であれば、あの空気の刃を放った瞬間が好機、サクヤはそう判断していた。

 魔族の男もサクヤの動向を窺う素振りを見せている。時が止まったかのように互いを牽制し合うサクヤと魔族の男。だがその緊張を破ったのはサクヤの意外な一言だった。


「どうして……」

「…………」


 サクヤは何が起こったのか確認するかのように、ゆっくりと背後に首を回した。視界には苦悶の表情を浮かべたシュナイベルトが立ちすくんでいる。サクヤは混乱していた。なぜなら彼の右手に収まる聖剣は、自分の背中深くに突き刺さっていたのだから。

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