episode 14 選択
王子の言動を目の当たりにして、クーロンの現状が自分の描いていた未来図とは違う方向に進んでいることをニースは察した。
クーロンは自分を犠牲にしてまで奔走したに違いない。愛おしいあの人はそういう人なのだ。自身と自身の恋心を抱く人、互いの稚拙な行動に怒りを覚えナイフを持つ手にくっと力が入った。
「そうですか。あはは……」
「彼のことは知っているの?」
「いいえ。存じ上げません」
それでもニースは自分の感情を隠す術に長けていた。カドゥケイタの含みのある表情に、入室時となんら変わりのない穏やかな笑顔を返す。現状を理解しきっていないニースは、極力自分の思考を悟られまい、そう務めたのである。
腹芸がさほど得意でないカドゥケイタは、ニースを見つめていた目線を右下へとずらしゆっくり息を吐く。目論見が外れたことを、無意識に態度となって表していた。
「そのクーロンは、未だ投獄されたままでありますか?」
カスティリオーネが、途切れる寸前のその話を繋ぎ止めた。
女神とクーロンが浅からぬ関係にあるということは、投獄前のクーロンの達観した彼らしくもない必死とも思える態度からある程度予想していた。疑いの目を持ってすれば全てが疑わしく思えてしまうものである。ニースが会話の中でコートの名を出した時、彼女の予想が確信へと変わったのだ。また彼女自身もクーロンの行く末を案じていた一人でもあった。
「確か君の友人でもあったね。これは余計なことかもしれないけど、友達は選んだほうがいいね。さてこれはこの場で話してもいいことなのかな?」
ニヤリと笑みを零したカドゥケイタは、自身の左に座っている壮年の男に確認を取るかのように顔を向けた。急に振られた格好となった男は、おろおろと目線を泳がしている有り様だ。
ここに来て勿体ぶるカドゥケイタの嫌らしさに、カスティリオーネは辟易していた。そして思わず視線をニースへと向ける。同じ想いを共有していると思われる女神は気に留める様子もなく、平然と食事を口に運んでいた。これは演技なのか、それとも本当に関心を持っていないのか。ならなぜクーロンは女神の救出に拘ったような態度を見せたのか。そうではなく今ここで何事もなく食事をしている少女は、ただ単に町を救うための道具にされたに過ぎないのか。果たしてクーロンはそのようなことをするのか。焦燥する気持ちに次々と湧きでてくる疑問が疑問を上書きしてゆく。
しかしいくら考えても詮なきことと、枝分かれした思考を一つに絞り込みカスティリオーネはカドゥケイタに強い目線を向けた。
「わかったよ。このまま話を中途半端で終わらせると雰囲気を悪くしそうだ」
カドゥケイタはやれやれとばかりに肩を竦め話を続けた。
「彼は脱獄したよ。今、神撃部隊が対処しているところかな。捕らえられれば良し。そうでなければ首だけになってこちらへ向かっているところだろうね。本当は部下に迎え入れたかったんだけど、甘やかす訳にもいかないからね。君と同じ気持ちだよ。残念で仕方ないさ」
砂糖を煮込んだかのような粘っこく甘ったるい声と、眉間を押さえ首を振る態とらしい仕草が、カスティリオーネの鼻についた。それに畳みかけるようにクーロンの安直な行動に怒りを覚える。大人しくしていればそのうち助けられたものを。感情に抗えず食事を進めていたカスティリオーネの手が止まってしまった。
それとは対照的にニースは変わらない笑顔で淡々と食事を進めていた。話が話だけに「まあ!」と驚きを見せたのだがそれだけだった。しかし内なる想いはそうではなかった。言葉の真偽を疑い、自分の胸の中にある様々なクーロンの記憶を呼び起こす。
そしてほんの微かな笑顔と共に確信した。彼は大丈夫だと。彼の奥底に眠る美しい光はこの程度のことでは消えるはずはないのだと。
「この話はここまでにして、これからの話をしよう」
やっと本題に入る運びに持ち込めたカドゥケイタは目に力を込めた。
「ニース、君はこれから王都に行く。そして僕と結婚するんだ」
またか。王族というものはいつの時代も変わらないものだなとニースは思った。そして拒絶の意思を無言で俯くことで表す。だがテンションが上がり嬉々とした表情を見せ始めたカドゥケイタの計画はこれだけでは済まなかった。
「カスティリオーネ。君もだよ。王族になるんだ君たちは。これ以上の幸福はなかなか見つけられないよ」
彼はこれで女神という象徴とボレリアス領という地盤を手に入れたと思っているのだろう。吐瀉物のように汚らしい。カスティリオーネは胸を突き上げる灰色がかった感情を抑えこむことができず、手を置き顰めた眉で意気揚々と未来を語る飴細工のような男を見上げた。
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ペンタス村の方角から馬蹄の響く音が聞こえる。それほど多くはないが少なくもない人数がここを通過するようだ。何のために。そのまま旅人を装いやり過ごそうとも思った。そうすれば何かしらの情報を得られる可能性もあったからだ。しかし、先ほどの神撃部隊、とりわけサクヤと呼ばれた黒髪の少女との戦いで、思いの外疲労したオレは、すれ違う時のやりとりを面倒に感じ、身を隠し大人しくしていることを選択した。
オレの体程度を覆い隠す茂みなら、街道脇に売るほどある。売れないが売るほどある。
適当な茂みで息を潜め、これからどこへ行こうかと、逢引中の恋人同士のようでもあり、それとは決定的に違う思考を巡らせていた時、騎馬の一団が目の前の街道をオレに気付くことなく通過していった。締めて二十四騎、全員の腰には先ほど嫌というほど辛酸を嘗めさせられた新式聖剣が吊り下げられている。そして先頭の一騎の後ろ姿を視認する。あの奇抜で趣味の悪い鎧はシュナイベルト。危ない危ない。隠れていて正解だった。
嫌な予感と僅かな好奇心に脳内を占領されてしまったオレは、一路反転、茂みの中をボレリアス城へと向かい走りだした。
殺気にも似た人の気配と血の臭い。騎馬の一団と倒れている男が三人。それに向かい数十歩離れた場所で紅の光を帯びた剣を構えているのは、確かホレスと言ったか?
サクヤは? 血を流し倒れている黒髪の男の傍に寄り添い、何かを訴えている。普通に考えればこのまま過ぎ去るのが賢い選択だ。だが後腐れは残る。どうせ逃走生活を送る身だ。どこでおせっかいを焼いたところでそう悪い方に転がるもんでもないだろう。どうせ、待っている未来は仄暗いものには変わりはないのだから。
よくもこう蛆のわいたような考え方ができるものだ、と自分に感心してしまった。イジケきった消去法で次の行動を決定したオレは、卑屈さに苦笑いを浮かべる。そして能力開放の影響を確認しながら、その場を後にした。
「年端もいかない女の子が泣きそうな声を出しているんだ。イジメはその辺にしてやったらどうなんだ、将軍閣下」
突然の大声を思わぬ方向から浴びせられ、その場にいる全員が本能的にオレへと向いた。そこには騎乗し不敵に笑う隻眼の男とそれぞれの姿勢で地面に倒れた兵士が三人、それと驚き逃げ去る二頭の馬の姿があっただろう。
透かさずオレはシュナイベルトの元へ馬を走らせる。行く手を防ぐ三人の兵士を鋼棒で打ち据えシュナイベルトと相対した。
「おのれ貴様! この死に損ないが!」
シュナイベルトが抜剣した。しかし王国随一の剣豪と謳われたころの威圧感は、もうとうに枯れ果ててしまっている。年齢、それもあるだろうが鍛錬を怠ってのことだろう。この男とさんざん打ちあってきた記憶の片隅に残っていた剣筋を思い出し、難なく躱したオレは、その男の横をすり抜けざまに鋼棒を一閃した。
側頭部をしたたかに打ったシュナイベルトは、そのまま落馬を余儀なくされる。その隙をつき黒髪の男を抱え上げ馬上に乗せる。微かに呼吸に合わせて胸郭が動くさまを確認したオレは、この男だけは生きていると判断したからだ。しかし大量に出血している。予断を許さない状況、そう判断したオレは咄嗟に叫んだ。
「ホレス! シュナイベルトとてめえの隊長、アンタはどっちに付く」
声と同時にホレスへと一直線に向かった。戸惑い硬直したホレスに対し、さらなる追い打ちをかける。
「心配するな。正規の軍事行動じゃねえ。アンタらと同じ密命かそれとも反乱の類だ。さあどっちに付くんだ」
公の命令を帯びているのであれば、この平時にいきなり味方に斬りかかることはまずない。理由はわからないがシュナイベルトの独断の可能性が高いと判断したオレは、そうホレスを煽った。そこへシュナイベルトの怒声が割り込んでくる。
「ホレス! その男を斬れ。今こそ任務を果たす時だ」
口元をぎゅっと引き締めたホレスもまた大声で叫び返した。
「オレは…………隊長に付く!」
「ははははは! いいぞ若造!」
愕然とするシュナイベルトの表情が目に浮かぶ。それと同時に引き返してよかった。この世もそう捨てたもんじゃない。そういう思いがオレの気分を高揚させ思いっきり笑わせた。そして馬を急がせる。
「いい部下を持って幸せ者だな隊長。あんな可愛いヤツを置き去りにしてあっち側には逝けねえな。踏ん張れよ」
黒髪の男の耳には届いていないことは判っていた。しかしオレには突き倒されシュナイベルトには斬りつけられ、散々な目に遭いながら死線を彷徨う幸せなこの男に声をかけずにはいられなかった。ホレスの傍で馬を降りたオレは、追撃に来た二騎を迎え撃つために走りだした。戦いながらホレスに指示を与える。
「まだ間に合う。その馬に乗ってボレリアスの町へ行け! 男の見せ時だ、若造!」
オレとサクヤを残し、この場を去ることに戸惑いを見せるホレスだがそれもつかの間、意を決した表情を見せ馬に跨った。
「すまん、クーロン。サクヤを頼む!」
オレを目隠し越しに殴ったのは確かお前だったな。だがいいものを見せてもらった。オレも大人だ。あとで一発ぶん殴ってそれでご破算にしてやる。と、向かってくる二騎を落馬させたオレは、そんな子供じみた考えを残しサクヤのもとへと走った。
そのサクヤは兵士に両脇を抱えられ、捕らえられていた。どういった行動を取っていいかわからなくなってしまったのだろう。されるがままに力なく項垂れている。一方シュナイベルトといえば人質のつもりなのだろう、彼女の首筋には切先が添えられていた。
「そこから動くなよクーロン。動くとサクヤの首が飛ぶぞ」
シュナイベルトが意地汚く笑う。これが本当にあのシュナイベルトなのだろうか。確かに当時から姑息な男ではあった。しかし味方を人質に取るほど汚らしくはなかったはずだ。権力にまみれたのだろうか。変わり果てた戦友の姿に何も思わないわけでもない。
「貴様は変わったなクーロン。もっと打算的な男と思っていたんだがな。そのお前が自分から死地に飛び込んでくるとはなあ。ひょっとしてもう耄碌したのか」
どの口が言う。自分を棚に上げすぎだ。神棚か何かかてめえは。
「お互い様だ将軍殿。だがまあそれはいい。アンタは幸せそうで何よりだ」
一瞬口角をひくつかせたシュナイベルトだが、すぐに皮肉の篭った笑みを浮かべ口を開いた。
「オレに抉られた左目はまだ疼くのか? あの時はネズミのように這いずりまわっていたなあ。クックックッ」
「片目を失ったおかげで随分と見通しが良くなったよ。御前試合で八百長を持ちかけてきたご立派な将軍様には、少しだけだが感謝している。だが内気なもんでな。感謝の気持ち代わりに鉄の棒をくれてやったってわけだ。わかってくれるよな、戦友」
「へらず口を!」
シュナイベルトの顔が歪む。そしてオレはあらぬ方向へと走りだした。
「女の命が惜しくないのか?」
「バカかてめえは。この女はオレを殺そうとしていたんだ。恨みこそあれ助ける義理はねえよ。好きにしな」
「ならどうしてイオビスを助けた」
「その時のアンタの喜ぶ顔を拝みたくてな。いい顔してたよ、さっきのアンタは。オレの好きな顔だ。はははは!」
歯噛みするシュナイベルトをよそにオレは目的地へと到達した。
「ふん! 偉そうなことを言って逃げる気だな。追え!」
残りの騎兵がオレを追う。しかしもう遅い。オレは追手を十分引きつけた頃合いを見て、自身が閉じ込められていた檻めがけて鋼の棒を思いっきり叩きつけた。
金属同士が激しくぶつかり合い、出来の悪い鐘の音を思わせる不協和音が耳を劈く。人間ですらこれほど不快なのだ。耳がよく臆病な馬は堪ったものでないはずだ。
「サクヤ! 逃げろ!」
そう言うとオレはもう一度檻を叩きつけた。地味に自分が一番の被害者だったりするのだが……。耳が痛えよ。




