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女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第3章 王国内乱編
32/109

episode 4 外道

「ふい〜、やっと朝か。おい生きてるか、シンメー」

「なんとかな。しばらく休めそうか、オッサン」


 連戦に次ぐ連戦を乗り越え、足もとにへたり込む男にオレはねぎらいの声をかけた。男はひりつく喉に声を裏返しながら、弱々しくオレに問う。


「ああ、瘴気が薄い。出てきても朝方のアンタみたいに二日酔いでフラフラした奴ぐらいだろうよ」

「魔獣にも飲兵衛(のんべえ)はいるのかねえ。そいつとだけなら気が合いそうだぜ。ははは」

「酒で解決できればもう少し楽なんだがな。残念ながら今は手ぶらだ。酒瓶ひとつ持ってねえ。だから今晩も遠慮無く襲ってくるぞ。今のうち休め」

 

 アレンカールの周辺の森は主に瘴気の多い西側を『ブラマンテの森』、東側を『ペンタスの森』と呼んでいる。ペンタスの森には『アレンカール公路』と呼ばれる街道が東西に伸びておりアレンカールの町からペンタスの森入口の村『ペンタスの村』まで続いている。公路と言いつつも魔獣がいないということではない。見通しの良いなだらかな道は多人数での移動が容易でそのため魔獣に襲われても比較的安全なのだ。

 本来ボレリアス城へ行く正規のルートはこの公路なのだが今の状況を鑑みるに、どこにトリスメギスティ家の兵士が待ち伏せされているか分かったもんじゃない。オレ達はペンタスの森の中、道なき道を通るルートを選択した。


 そして森に入ってから、六回目の朝を迎えた。

 

「そろそろ出発しようか。今日は瘴気が薄い。距離を稼げそうだ」

「今日あたり森を抜けられそうなんだろ、オッサン」

「どうなんだろうな。どこまで進んだか見当もつかんよ」

「やれやれだ。じゃあ行こうぜ」

 

 シンメーはのそりと重い腰を上げる。オレも疲労がないといえば嘘になる。しかしアレンカールの命運がかかっている今、互いに不満を垂れ流しつつも、その足取りは着実にボレリアス城へと向かっていった。


 瘴気が薄まり、おかげでしばらくは魔獣に襲われることもなく、歩みとも言えない歩みを進める。深く生い茂った草むらは否応なく体力を奪う。

 進行を阻害するような草木や岩などは、聖剣で排除することで迂回せずに済んでいるのが、せめてもの救いといえば救いなのだろう。便利なものなのだが、この六日間で武器兼芝刈りと化したクテシフォンは、どうにもこうにも機嫌が悪い。

 古い伝説には草を薙いで、持ち主の命を救った剣というものがあるらしい。アンタも見習えよ、聖剣。

 

【剣は戦うことを本懐とするのです。なのにマスターときたら雑用ばかりなのです。このような屈辱を受けたのは初めてなのです】

「魔獣が現れたらその本懐ってやつ頼むよ。それまでは退屈しのぎに副業にでも勤しんでくれ」

 

 『伝説の芝刈り』略して『伝芝』。この称号はお気に召さないようだ。

 

 日が中天に到達する頃、太陽を遮る暗く鬱然と茂った草木は一転、周囲は(ひら)け直射日光がオレ達を無遠慮に照らしつけた。

 

「オッサン……ここ公路、だよな……」

「ああ、おそらくな。戻るぞ、森へ」

 

 知らず知らずに進路が南に寄っていたらしい。周囲に人がいないことを確認し森へと戻ろうとしたその時、西の方、つまりアレンカールの方角から複数の馬蹄の音が、僅かな振動と共に聞こえてきた。察するに、急いでいる様子だ。

 

「なにボーッとしてるんだ。急いで隠れるぞ、オッサン」

 

 シンメーが焦ってオレの肩を掴み森へ向かおうとする。だが情報が欲しい。危険だと分かってはいるのだが、オレは隠れずに接触することにした。シンメーの手を払い聖剣を茂みに隠す。

 

【数人の人間ごときに遅れを取るワタシじゃないのです。こそこそ隠れず堂々と相対(あいたい)するのです。それが英雄道というものなのです】

 

 なるほどもっともなことを言う。とりあえず無視だ。


「このまま西へ向かって歩くぞ。さもアレンカールに向かっているよう振るまえ」

「どういうことだ? 」


 シンメーは、これ以上ないというくらい疑いの眼差しをオレへと向ける。シンメー、その視線、それくらいにしてくれ。地味にヘコむ。


「アレンカールの状況が知りたい。オレ達二人は傭兵で年の離れた兄弟。これから病を患った母親の見舞いがてら帰郷の途中。そういうことにしよう。後は上手く誤魔化せ」

「分かったよ。良くもそう抜け抜けとでっち上げれるな、まったく。それでも上手くできるとは限らねえからな」

「そん時はそん時さ」

 

 オレはここにいるのが口の達者なシンメーだったことに、少し安心感を覚えていた。まあ主にへらず口なのだが、それでも口は口だ。


 そうこうしているうちに、騎馬の団体様がいよいよ近づいてきた。

 どうやら先頭の馬を残りの数騎が追う形となっているようだ。なんか嫌な予感がする。頭の中で周囲に気を配るようクテシフォンに告げる。その返答は。

 

【…………】

 

 この所扱いが悪かったため、盛大にへそを曲げていた。オレ達が死ぬか捕まるかすれば、ここに置き去りになるとだけ心話で忠告し、オレは西へと向き直った。

 どう話を切り出す。いや思いの外物騒だ。無理にとどめる必要はない。素通りするならそれで構わん。立ち止まってくれれば御の字、そう考えよう。

 だがその思いに反して先頭の騎馬が俺達の姿を見て止まった。

 

「そこにいる二人、お前達は傭兵で間違いはないか」

「……。ああ、いかにもオレ達は傭兵だ。これからアレンカールに行くんだが何か用でもあるのか? 」

 

 いきなり話しかけられて、予想外の事態に一瞬押し黙ってしまったが、当初の予定通りことを進めることにした。

 

「俺はボレリアス家の三等武官バルザック・ダリオ。お前達に依頼を頼みたい。今すぐにだ」

 

 意外に地位が高い。その男が単騎、騎馬隊に追われている。事態は思っている以上に深刻なのかもしれない。危ない橋を渡るようで嫌なのだがここを回避したらもっと面倒な事態に追い込まれるような気がする。オレは意を決して返答した。

 

「随分不躾だな。まあいいよ、内容と報酬を言ってくれ」

「依頼内容は向こうの騎馬隊の足止め。報酬は今手持ちの全財産だ」

 

 そう言って男は貨幣の入った袋を投げてよこした。受け取ったオレは中身を確認せずに告げる。

 

「悪い。残念だがこれじゃあ足りねえよ」

「なら残りは後払いだ」

「そうじゃねえ。要はあの騎馬隊を討ち取ればいいんだろ? アンタも一緒に戦ってくれ」

 

 追手はトリスメギスティ家の者と見てほぼ間違いないだろう。これでアレンカールとボレリアス家、両方の情報が手に入るかもしれない。しかも上手いこと転がせば、この兵士がボレリアス城までオレ達を安全に連れて行ってくれる。

 そう考えていた時、頭の中にいつもの声が聞こえてきた。

 

【なんて卑怯な男なのですか、マスターは】

 

 賢いとかもうちょっとマシな言葉があるでしょうに……。しかもアンタほど物騒ではないと思うよ。その小憎たらしい声にバルザックの声が重なった。

 

「相手は騎兵六人、それに対して俺達は三人。とても打ち取れるとは思えないのだが」

「はははっ! それをこんなかよわい二人の傭兵に押し付け、一人だけのうのうと逃げようとしていたのか?」

「…………」

 

 タップリと皮肉を含ませたオレの言葉に、バルザックは黙ってしまう。俺は最後通告とばかりに、バルザックから渡された袋を地面に落とした。

 

「こっちも命が大事だからな。嫌ならサイフを拾って逃げてくれ。オレ達は何事もなかったように振る舞うよ。アンタに対しても向こうの騎馬隊の連中に対してもな」

「ただの傭兵風情が脅しているつもりか!」


 三等武官は声を張り上げ怒鳴る。オレはどこ吹く風とばかりに、落ち着いた声でゆっくりと諭すような声で嫌味っぽく話した。


「何言ってんだ。そもそも脅迫なんて成立していないんだよ。オレ達はアンタから何かを奪おうって気はさらさらないんだからな」

「くっ……」

「さあ、そろそろ(やっこ)さん達の到着だ」

「分かった。その条件飲もう」

「毎度ありだ!」

 

 オレはわざとらしく大きな笑みを見せる。ちなみに先ほどとっさに考えた設定は、只今をもって見事お蔵入りとなってしまった。

 

「オッサン……俺はアンタを尊敬するぜ……」

 

 シンメーは思いっきりうんざりした顔でオレを皮肉った。それを横目に俺は茂みに隠した聖剣を手に取る。この先行動を共にするなら聖剣の存在を隠し通すことはできないだろう。

 まあアレだ、聖剣だって言わなければ気付かないかもしれないし。「水晶でできた剣なんて珍しいよね! それどこで売ってるの?」なんて話が弾むかもしれない。訳ないか……。

 

「ダンナとシンメーはオレの(うしろ)で援護してくれ。頼んだよ」

 

 そしてシンメーに耳打ちする。

 

「シンメー、人を斬ったことはあるか? 」

「いや、無い」

 

 シンメーはごくりと唾液をのみこんだ。肩はかすかに震えている。

 

「大丈夫、それでいい。バルザックが変なことをしでかさないよう見張っていてくれ」

 

 シンメーは小さくうなずきバルザックの傍へ行く。そして挨拶がてらにこやかに右手を上げた。

 

「なんだ、あの大きな武器は。あんなのが振れるのか?」 

 

 そんなシンメーに少し心を許したのか、聖剣を見て驚いた様子のバルザックが声をかけた。シンメーは不敵に笑い答える。

 

「まあ見てなって。あのオッサン普通じゃねえから」

 

 オレは公道のど真ん中に立ち左の手で銀剣を抜く。二剣をだらりと構えたオレは、頭の中でクテシフォンに話しかけた。

 

「人間を斬るのは平気か? 」

【愚問なのです。マスターはどこまでワタシを蔑めば気が済むのですか】

「いやいやすまん。そうじゃない。ただの確認だ。よろしく頼むよ聖剣」

【それよりマスター。アナタこそ大丈夫なのですか?】

 

 おそらくオレの不安な気持ちはクテシフォンに伝わっているのだろう。人を斬るのはおよそ十年ぶりになる。魔獣や魔族、それと草とか木とかはいいだけ斬ってきたのだが。あとここ数日は包丁代わりとしても使ったな。デカい包丁だ。

 

【マスターとワタシの力を持ってすればこの程度のこと容易いはずなのです】

 

 うっ、どうも慰められたっぽい……。意外と優しいんだな聖剣。頬を赤らめプイッとそっぽを向く、擬人化されたクテシフォンの姿を思い浮かべてしまう。

 

【こんなアホがマスターなんて泣けてくるのです】

 

 結果、愛想を尽かされてしまった。

 

 追手の騎兵隊がオレの目の前で止まり、威嚇のつもりであろう、これみよがしに馬を(いなな)かせてくる。

 言い分があるなら聞いてやろうと黙っていたら、言葉の前に槍の穂先が向かってきた。この行動でアレンカールの状況も何となしに窺える。オレは銀剣で向かってくる槍を軽く去なした。騎兵の体勢が崩れる。透かさず銀剣の峰で首筋を打ち据え落馬、そしてその首もとを踏みつけ斬先(きっさき)を向けた。

 

「おいおいアンタは部下に、きちんとしたアイサツの仕方も教えていないのか? 教育もアンタの仕事のうちだろう。給料分働けよ」

 

 オレは最後尾にいる、見るからに身なりのいいリーダー格の男に挑発がてら声をかけた。男はその返答に無言で「殺れ」とばかりにクイッと顎を動かす。人質お構いなしですか、そうですか。だが兵士は明らかに動揺している。オレは男の首元から足を離すと、そのリーダー格の男に向かい突進した。その途中、四本の槍がオレへと向かってくる。それを受け、去なし、躱し、斬りつけ、銀剣の峰をリーダー格の男の胸部に叩きつけた。たまらず男は馬の後方に背中から落馬する。重々しく頑強な鎧を装着しているため、ケガはないだろう。

 オレは男の胸甲の隙間に、銀剣を突き立てる。

 

「部下を人質に取ったのに躊躇なしか。動くなよ。今度こそ人質をとった。アンタら何者だ」

 

 しかし今度は最初に人質だった男が槍を向けてきた。聖剣を横に薙ぎその男を槍ごと真っ二つに斬る。周囲の視線が驚愕したものへと変わるのを感じる。

 

「な、なんだその剣は」


 聖剣を見やり、リーダー格の男が口を開いた。


「デカイだけだ。ただの安物(やすもん)のナマクラだよ」

【訂正するのです、大法螺吹(おおぼらぶ)き】

「アンタ随分と部下の信用が厚いんだな。泣けてくるよ。さあ誰でもいい答えてくれ。アンタらは何者(なにもん)だ」

「や、やめろ。落ち着け。俺達はトリスメギスティ家の貴族軍だ。俺を殺したらただじゃ済まされんぞ」

 

 今までのやり口を見るに、貴族軍というよりかは貴『賊』軍が適切だと思うんだが。

 

「なぜここにいる。なぜあの男を追う」

「貴様こそ何者だ」

 

 オレは銀剣の斬っ先に軽く力を込めチクリと刺す。リーダー格の男は顔をしかめ軽くうめき声を上げた。

 

「おいおい、先に聞いているのはオレだ。質問を質問で返すなと父親から教わらなかったのか? 」

【はあ〜、どの口が言うのです】

 

 ちょくちょくなんか聞こえる。まあオレはいいんだ。だって父親の顔すら知らないから。

 

「さあ答えろ」

「あの男がアレンカールに偵察に来たからだ」


 オレは小さく馬鹿にしたようにため息を吐く。だが斬先(きっさき)を当てられた恐怖が優っているのだろう。リーダー格の男の表情は、依然として表情を変えることはなかった。


「あそこは別段偵察されても困るようなところではないだろう。しかもここはボレリアス卿の領地だ。自分の領地ですることに他の貴族が口を挟むのはおかしいだろ? 」

「それ以上は言えん」

「なら他を当たる」

 

 オレはそのまま銀剣に力を込めた。鎧の隙間からドロッとしたものが流れ出てくる。

 

「さあ、次だ。誰でもいい。オレが優しくしているうちに答えてくれると助かるんだがな」

 

 兵士の一人が慌てて答える。

 

「ま、魔女狩りだ。アレンカールに魔女が出た。俺達は魔女を捕まえるために派遣された」

「おいおい、それだってボレリアス卿の仕事だろ。アンタらがここにいるのはおかしいだろ」

「ここの領主からの依頼だそうだ」

「デタラメ言うなよ。ならなぜ偵察を追い返す必要があるんだ」

「…………」

 

 背後から別の兵士の震える声が聞こえた。

 

「隻眼の双剣使い……。お、お前ひょっとして血塗(ちまみれ)クーロンなのか? 生きていたのか」

「だっ、誰だよ、それ」

 

 なんでバレたかな〜。口内が一瞬にして乾き声が裏返った。その代わり冷や汗が全身から吹き出す。

 その時、周囲の瘴気の濃度が不自然にそして唐突に上がった。

 

「何をした!」

 

 オレの叫びにリーダー格の男が、痛みに耐え弱々しい声で答えた。

 

「コホッ。魔具だ……。よもや……使うとは思わなかったよ。ゲフッ!」

 

 リーダー格の男は真紅に輝くペンダントを握っていた。おいおい、自分はともかく残った四人の部下も巻き添えにするつもりか? オレは急いでシンメーとバルザックの傍へ行き剣を構える。

 

「オッサン、どうしたんだ急に」

「全員聞け。今から魔獣が出る。おそらくごっそりとな。武器を構えて魔獣に備えろ」

 

 そのとたん周囲は数多くの赤い光で満たされた。

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