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女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第3章 王国内乱編
31/109

episode 3 夜行

「なら、ニースは本当に生きているんだな?」

「くどいなぁ。間違いなく生きているよ」

 

 その夜、町の様子を見てきたと話すカイムにオレは何度も何度も問い詰めた。カイムは少しうんざりした様子だった。

 

「待ってくれオッサン。俺の頭がどうかしてるのか?」

「まあ隠してるってほどのことじゃあなかったと思うんだが、言っても誰も信じちゃくれなかっただろうし、嫌な気分になるやつも居ただろうからな。だから黙っていたんだろう。ニースが人間じゃないってことを知ったのは、オレもつい最近だ。知っているのはオレとカムラン、そしてそこにいるカイムの三人だけだと思う」

「信じられねえな」

「ああ、オレも未だに半信半疑だよ」

 

 カイムの話にシンメーは頭を抱えあからさまに混乱していた。

 

「オッサン、でもカイムの話が本当ならニースは今も苦しんでいるんだろ? なら迷うことはねえじゃねえか。早いとこ助けに行こうぜ」

「今はダメだ」

「なんでだよ」

【なぜなのです】

 

 オレに食ってかかるシンメー。今にも胸ぐらを掴もうか、そんな勢いである。

 同時にクテシフォンも反応した。しかしその声は今までの反応から、シンメーだけには届いていない様子が窺える。

 

「今ここで助ければアレンカールに被害が及ぶ。カムランもヤーンもみんな死ぬぞ。町でことが起きたらいけないんだ」

「じゃあどうすればいいんだよ! 」

【人間なんてどうとでもなればいいのです】

 

 なんか物騒な発言が聞こえたような。気のせいだったことにする。

 

「そりゃあ生きてるかもしれねえ。でも……安全じゃないかもしれねえじゃねえか。その……貞操とか……」

「そんなもんくれてやれ。人の命に比べたら軽いもんだ。それにニース本人も自分から捕まりに行ったんだ。この程度は覚悟の上でのことだろうよ」

「心に一生の傷を負うかも知れねえんだぞ。その時はどうすんだよ」

「そうなったらアンタら若いもんが慰めてやれよ。得意だろ?」

 

 そして少し間を置いた後オレはシンメーとカイム、それにクテシフォンに今後の方針を話した。

 

「とりあえずヤーンの指示に従おう。オレとシンメーはボレリアス城へ行く。そこでトリスメギスティ家に話をつけてもらおう」

 

 シンメーは黙って頷く。

 

「カイム、ニースを助け出すことはできるか? 」

「お安い御用だよ」

「なら町へ行って俺達が帰ってくるまでニースの様子を見張っていてくれ。ニースの命が危なくなったら、その時救出してくれ。頼めるか?」

「ボクはキミの味方さ。それにニースに死んでもらっては、ボクも困るからねぇ。任せてもらっていいよ」


 カイムは肩を竦ませ、当然だという意思表示をしてみせた。


「あとヤーンと会って話を聞いてくれ。そしてオレ達がボレリアス城へ向かったこと、ニースがまだ生きていることを伝えてくれ。オレの部屋に来た時にいた紺色の髪の男だ。解らなければ誰かに聞け。アイツは顔が広いからな、すぐに解る。アイツも色々考えているだろうから何かと役に立つ情報があると思う。指示に従うかどうかはアンタの判断に任せる」

「ははは。善処するよ」

(わり)いな、助かる」

 

 シンメーが立ち上がりカイムを(ゆび)さした。

 

「オッサン正気か? こんな得体のしれないヤツ信用できるわけねえじゃねえか」

「ああ、そうかもしれないな」

「キミたち本人を目の前にして好き勝手言うねぇ。大丈夫だよ。ボクのことは信用してもいいよ」

「その飄々とした態度が信用ならねえって言ってるんだよ! 」

 

 カイムの緊迫感のない振舞を目にしたシンメーの額に青筋が浮かぶ。

 

「カレ、骨分(こつぶん)、足りてないんじゃないのかい?」

 

 煽るなよ魔神……。だがオレも同意見だ。牛乳飲め、牛乳。

 

「オッサン、どうしてアンタはこんなヤツのこと信用するんだ」

「シンメー、どっちにしろ信頼するしか手はないんだ。こっちは既に手詰まりなんだよ。それにな何が真実で何が嘘かなんてオレには分からん。いや真実なんてそこら辺にごろごろ転がってるもんじゃないんだ、きっと。どうせ嘘なら信じたい嘘を信じるよ。オレはこの男に二回ばかり助けられた。そしてオレの味方だと言った。だから嘘だろうがなんだろうが今はこの男を信じたい。そのほうが都合がいいしな。後悔するならその後だ」

「ちっ、しょうがねぇ。分かったよ……」

 

 シンメーは不貞腐(ふてくさ)れ、そっぽを向いてしまった。小魚食えよ。

 

「そうと決まればシンメー、夜のうちに出るぞ」

「はあ? 夜に森に入るのか? 正気の沙汰じゃねえ」

「あちらさんもそう思っていることだろうよ。朝になれば警戒が強まる。危険は承知だが明るくなる前に行った方がいい」

「はあ〜、分かったよ。どうなっても知らねえからな」

「すまんな。助かる。武器がないんだろ? これ使え」

 

 オレはシンメーに魔族の男が残していった銀剣を手渡した。

 

「重っ! こんなもん狭い森の中で振り回せるか」

「ならこっちだ」

「おいおい短剣なんて女が持つもんじゃねえか。まあ、丸腰よりなんぼかマシか」

「似合うよ、それ。かはははっ!」

「うるせえっ」

 

 シンメーは、苦い表情を浮かべながら短剣を腰に差す。そうしてオレ達二人は、夜が明けないうちに小屋を後にした。

 出発前オレはカイムに耳打ちする。ニースを助ける時は犠牲は問わないと。カイムはニヤリと不敵な笑みをこぼした。考えを見透かされたようで気分が悪い。

 

【もう一度確認するのです。本当に今ニースを助けに行かないつもりなのですか】

「答えが必要か? オレの考えは分かってると思うんだが」

【だから聞いたのです。マスターはそれでいいのですか】

「ああ。そのうち助けるさ。ニースもそれを望んでいるだろうよ」

  

 そばにはシンメーもいる。あまりクテシフォンにかまってもいられない。それに考えていることのほとんどを見透かされている俺は、どうも調子がくるってしまう。

 

「急にどしたんだ? 独り言か、オッサン」

「何でもねえよ」

「ところでオッサンよお、その背中のでけえモンは何なんだ? 」

「聖剣らしい」

【らしいとは何なのです! 】

 

 クテシフォンの相手はホント煩わしい。ああ煩わしい煩わしい……。

 

【しつこいのです】

 

 聖剣は特に夜は目立つため全体を布で巻いて隠してある。それがどうもクテシフォンにとっては居心地が悪いらしい。

 聖剣持ってるのバレたら国中から命狙われちゃうよ、オレ。ガマンしてよ。

 しかし、これからシンメーと二人で数日森の中を戦っていかなければならない。この男に隠し切ることは難しいだろう。オレは事の経緯をかいつまんで説明することにした。

 

「はっはっは! もうボケが始まったのかよ」

「…………」

 

 当然の反応だ。オレがシンメーでも、唐突にこんなどこぞの安っぽい英雄譚のような話を聞かされた時の反応といえば、皮肉って笑うくらいしか思いつかない。オレはしばらく沈黙の後あからさまに機嫌の悪い口調でぼそっと呟いた。

 

「これがなければ、夜遅くに森を突破しようなんてアホなこと考えつかなかったさ。本物かどうかは、森に入ればすぐに分かるよ」

 

 ひやりとした秋の夜風に吹かれながら、オレとシンメーは町を北に迂回し東の森へ向かいひた走った。しばらくすると何かが後をつけてくる気配に気付く。その気配は付かず離れず徐々に増えていった。

 

「囲まれてるぜ、オッサン」

「チッ、面倒臭えのが付いてきやがったな。北の森に追い込もうってハラか。どうせ森に入るんだ。丁度いいかもしれんな」

(ちげ)えねえ」

 

 シンメーはオレの考えを察してくれたらしい。聖剣といいカイムの野郎といい最近はこんなのばっかりだ。脳みそが透けて見られているようで、少し気分が悪い。

 オレ達は東の街道へ続く道から、北へ北へと逸れながら森へと向かった。

 異様な気配の持ち主は、北東の森に着く頃には殺意を隠すこともせず近づいてきた。「ウ〜ッ」と低い唸り声が周囲から聞こえる。犬である。しかもしっかり訓練が行き届いた軍犬だ。

 

「数匹倒したら森へ逃げるぞ。入る拍子はアンタに任せる」

 

 今は誰かに見られているかもしれない、そのためできるだけ聖剣は使いたくない。

 オレは腰に差した銀剣を抜いた。抜身の剣身の独特の光沢が、月の光に反射して鋭く無機質に光る。それが合図とばかりに、犬達は一斉に襲いかかってきた。三十匹程度、全滅も可能か。しかし全滅させてしまっては元も子もない。あくまで已む無く森に逃げたと思わせなければならない。

 牙を避けながら徐々に後退する。そしてシンメーが森に入ったことを見計らいオレも森に突入した。


 身に覚えのある独特の違和感が、肌を撫で付ける。さすがは夜である、北の森とは言え瘴気が濃い。周囲には赤い光がまるで俺達の様子をうかがうかのようにゆらゆらと光っている。

 少し後で犬が吠えている。魔獣と遭遇したのだろう。このまま進めば獰猛な追跡者から逃れられることができるはずだ。

 まだ本格的に襲ってこない魔獣を、銀剣だけで去なしながら奥へと進む。

 ある程度、森の奥に到達した頃、オレは透かさず無造作に布に巻かれた聖剣を剥き身にし、右手に構える。聖剣が朧気に発する青い光が暗い森の中を照らした。その光におびき寄せられ集まってくる夏の虫のように、魔獣が次々と現れ襲いかかってきた。オレは聖剣を一閃する。鬱蒼と茂る木々が巨大な刃の軌道上に立ち塞がる。それを気にも留めず左から右に薙いだ。その青白い光の軌跡に触れたものは全て二つに切断される。

 これも聖剣の恩恵だろう。あたりが真っ暗だと認識できているが見通しがいい。なんとも奇妙な感覚だ。オレは聖剣と銀剣、二振りの剣を振るいシンメーを援護しながら周囲の魔獣を一掃する。暗闇の中、縦横無尽に光り輝き周囲の草木もろとも魔獣を薙ぎ払っていく聖剣の姿をシンメーは驚愕に目を見開いて見ていた。

 

 何体の魔獣を屠っただろう。周囲の瘴気は薄まり魔獣がその姿を消した。オレは少し休むようにとシンメーを座らせ、今後の計画を話す。

 

「朝まではこの調子だろうな。さすがに夜だ。いくら北の森だとは言え魔森とそう変わらん。少し誤算だったかもな」

 

 聖剣の淡い光に照らされたシンメーの表情は、何か恐ろしい物を見たとばかりに引きつっていた。

 

「ちょっと待てオッサン。なんなんだその剣。デタラメにも程があるだろ」

「さっきも言ったろ。聖剣なんだよ、これが」


 シンメーが、まじまじと青白い水晶の剣身を見上げた。


「夢じゃないんだよな」

「少なくともオレはな。とりあえずアンタは自分の身を守ることに専念してくれ。魔獣はオレがどうにかする。あとオレから離れるなよ」

「ああ、悪いがそうさせてもらう。朝まで頼むわ」

「それと言い忘れたことがあるんだが、この剣なあ、喋るんだ。ただし、その声はオレにしか聞こえん。たまに独り言を言うかもしれんが、あまり気にしないでくれ」

「ああ、了解した。聖剣にオレのこともよろしく言っておいてくれ」

「それは聞こえてる。なんなら直接言ったらどうだ」

「ははっ、そうだな」


 シンメーは立ち上がり、聖剣に正対する。そして姿勢を正した。


「じゃあ。はじめまして聖剣様。俺はアレンカールのシンメー、しばらくはお世話になるんでよろしくな。こんなんでいいか? オッサン」

「はははっ! 上出来だ」

 

 頭に響いてくるのはため息だけだった。クテシフォンはシンメーの挨拶に何も言わなかった。その代わりムスッとした雰囲気は伝わってきた。無事? 挨拶を終えたシンメーは小さな声で話しかけてきた。

 

「なあオッサン。町が占領されてたくさん人が殺された。ニースが変な壷に入れられて、俺はこうして命からがら夜の森の中だ。俺達はどうしてこんな目に遭わなくちゃいけないんだろうな」

「知るかよ、そんなこと」

 

 ヤーンなら、カムランなら、ニースならもっと上手いことシンメーを慰められたのかもしれない。シンメーもこんなことが起きなければ、毎晩夜遅くまでどんちゃん騒ぎして翌朝頭痛に悩ませられながら仕事に精をだす幸せな日々を送っていたに違いない。その心細い表情が不意に不憫に思えてしまい、シンメーの頭の上にそっと手を伸ばす。今のオレはこんなことしかしてやれん。すまないなシンメー、頼りない大人で。

 

「何すんだよ! 気持ち(わり)い」

 

 ひょいと頭を避けられ、オレの右手は宙を撫でていた。

 

【何アホなことしているのです】

 

 聖剣の舌っ足らずなツッコミがオレの頭蓋内を刺激した。

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