episode 13 能力
聖剣クテシフォンを扱うには、マスターと呼ばれる所有者として認められなければならないらしい。
過去にマスターの権限を得た人物は記録によれば二人である。
先述の『英雄王』ヘリオカミヌス・メルクリウスと『勇者』カドゥケイタ・メルクリウス。勃興の英雄と救国の勇者。どちらもどの歴史の資料をめくっても、必ず見かけるであろう一廉の人物である。
逆を言えば封印前の実質約百年の間に、二人だけしか扱うことが許されない。それほど気難しい気質とも言える。
そして運がいいのか悪いのか、どうやらオレは三人目のマスターの権限を得てしまったようだ。
歴史にその名を連ねる偉大な人物と比べられることを想像する。チビりそうになる……。
マスターと聖剣は以心伝心。文字通りとか比喩とか何かの喩えとか、そういった曖昧なものではない。本当に以心伝心してしまうのである。ニースの言葉を借りるならば、思考の表層で会話ができるということなのだそうだ。使いようによっては便利だが、今はこれがどうにもこうにも煩わしい。
何を言ってもへそを曲げダンマリを決め込んでしまった聖剣をなだめること一時間。すでに諦めたオレ達は、当面の問題である魔獣の撃破と魔森からの脱出に、意識を傾けることにした。
聖剣のマスター権限が聖剣本人の意志とは関係ないことが救いといえば救いだ。子供の些細な喧嘩のような言い合いで聖剣が使えなくなる事態に陥ったならば、オレ達は今頃かなりの確率で魔獣の胃袋の中だったことだろう。
結界が消え去ってから三時間ほど経ったろうか。未だ瘴気の薄れる気配は感じない。それどころかどこからともなく濃厚な瘴気が後から後から押し寄せてくる。オレ達は洞窟の突き当りを離れずに迎え撃つことを選んだ。ニースを守りながら戦う以上それしか選択肢がなかったのだ。
それでもオレはそれほど悲壮感を抱いてはいなかった。長時間に及ぶ戦闘にも拘らず、ここまであまり疲れを感じていない。それどころか力が漲り頭が冴え渡る。聖剣の恩恵というものを実感する。こりゃ過去の所有者達も英雄にでも勇者にでもなってしまうわけだ。ズルい話だ。
【カドゥケイタ様はもともと勇者の資質があったのです。アナタのようにワタシの力に任せきりの拙い戦い方ではなかったのです】
唐突に頭の中から響いてきた声にビクッとなり、右手に握った聖剣を落としそうになる。急に喋らないでくれませんか……。
【…………】
「またダンマリかよ。なら英雄王はどうだったんだ? 」
【…………。カドゥケイタ様程ではなかったのです。ただそれでも一国の王、アナタのようなノロマとは格が違ったのです】
「そうかよ。こんなマスターですまないね。用が済んだら流木にでも括りつけて川に流してやるよ。優雅な船旅でも楽しみな」
【人間ごときがワタシを愚弄する気なのですか。許さないのです。この罪は死んだくらいで償えるとは思わないで欲しいのです、罪人】
「じゃあ死ねねえなあ。しっかり働け、聖剣殿」
うんざりした笑顔をしながらニースは、またしても仲介に入る。ムダだというのに。
「まあまあまあ。ここは仲良くやりましょうよ。そのほうが絶対上手くいきますよ」
【ニース、アナタも同罪なのです】
「あはは……」
それでも、憎まれ口でも反応はあった。少しは機嫌が治まったとみていいのだろうか。
しかしだ。何かがおかしい。通常これほど魔獣が出現すれば瘴気が薄くなってもいいはずである。だが一向に薄まる気配がない。
【ワタシもそう思ったのです。瘴気が消えない理由が何かあるはずなのです、アホンダラ】
機嫌の方は直ってないとみていいだろう……。
「洞窟の中だからはっきりしたことは解りませんけど周囲の瘴気が集まってきてるようなんですよ。う〜ん何か意図的な何かを感じますね」
「意図的か……」
ニースの言葉を復唱する。気にはなるが、だからと言ってすることは変わらない。オレはひたすら魔獣を狩ることに専念した。
しばらく戦っていると一瞬だがちょっとした違和感みたいなものを感じた。先述のニースの言葉に神経質になっているかもしれないが、気になってしょうがないのでニースに目配せを送る。目があったニースはコクッと頷いてみせた。
すいません。全然意図が解りません。目配せで終わらせようとするオレもオレなのだが。
「何かあったのかニース」
「ええ、一瞬ですが瘴気が消え去りました。おそらく魔族がきます。すいません……私のせいです。私がここにいることを突き止めたのでしょう」
「そうと決まったわけじゃない。それより今どこにいるかわかるか?」
「探していますのでちょっと待っててください」
ニースは目を閉じ集中しているようだった。その時洞窟の向こうからカツン、カツン、カツンとゆっくりと歩くような足音が響く。そしてその音はだんだんと大きくなってきた。ニースが緊張した声を張り上げる。
「前から来ます。気をつけて下さい」
だよね……。あっちの方からカツンカツン音するもんね。
【心拍が乱れているのです。このまま魔族と戦えば逃げることも容易ではないのです。心を落ち着けるのです、軟弱者】
おいおい、オレはどこぞのうらなりか? とは言え聖剣殿の言っていることは正しい。ただ正しいからと言ってそう簡単にできるものでもない。ついこの間ズタボロにされたばかりなのだ。落ち着けという方が無理に決まっている。
しかしどうしてこうオレばかりこんな目に遭うのだろうか。捨てる神あれば拾う神……なんてことは言うけれど、拾う神あれば捨てる神も確実にいるんだよね……。
ちなみに目の前にいるのも、一応これでも神だったりする。この娘はどっちの神だろうか。疑問を含んだ視線を彼女に送る。すると小首を傾げた。かわいいから、どっちでもいいや……。
【ちょっと待つのです。アナタ以前魔族と戦ったことがあるのですか】
先程までの緊張感は何だったのかと思わせるような、聖剣の素っ頓狂な声が唐突に頭の中で響く。
「ああ、心ん中読んでれば解るだろ?」
【ワタシはマスターの心の表層しか感じ取ることはできません。ところでアナタが今心に浮かべたこの記憶は本当のことなのですか?】
「何のことだかいまいちピンとこないが、魔族にコテンパンにされた記憶なら本物だ」
【魔族に深手を負わせた記憶も?】
「深手かどうかはわからんが土手っ腹に剣をくれてやったわな。ただ剣の方が飴細工のようにポッキリ折れちまったけどな」
お気に入りの雑種剣だったのに。聖剣よりも数段オレ好みである。なぜなら文句を言わない。
【この瓦礫の中で魔族を倒した記憶はどうなのです】
「随分昔の話を掘り出すんだなあ。もう年だ。今はあんなことできねえよ。期待しないでもらえるとありがたいんだが」
【す……凄いのです……】
「はあ? なんか言ったか?」
【な……何でもないの……です】
最後はしどろもどろとしていた。もうすぐ魔族との戦いだってのに、大丈夫じゃないのはオレよりも自分じゃないのか?
【問題ないのです。『祝』と『呪』ですか……。アナタの母親は随分と的を射たことを言ったのです。それに比べてアナタは……はぁ〜】
また記憶を読みやがったな。と言うかオレが思い描くのがいけないのか。これはちょっとした訓練が必要だな。じゃなきゃ考えがだだ漏れだ。
【本来アナタの『能力』の元は歪みなのです。これは表裏一体なものなのです。それをアナタが『呪』と称して自分自身を拒絶するからこんな中途半端な『能力』にしかならなかったのです。歪みを受け入れるのです。自分を肯定するのです。そうすればアナタの本当の力が発揮できるのです】
「言われてすぐハイそうですかってできるものか、そんなこと」
【はぁ〜】
大きな溜息をつきやがった。伝説の剣のくせに。
【これほどの力を持っていながらアナタはどうしてこうも未熟なのですか。仕方がないのです。『呪』はワタシが引き受けるのです。アナタは思う存分『能力』を使うのです】
「なぜオレなんかにそこまですることがある。いけ好かないやつでもマスターだからってことか?」
【それもあるのです。ですがそれだけではないのです。ワタシにも個人的な理由があるのです】
人じゃないだろ。個剣的の間違いではなかろうか。
【黙るのです、凡人】
黙ってはいるんだが。ちなみに魔獣との戦闘は今なお継続している。
「その個人的な理由ってもん聞かせてはくれねえか? 」
【大したことではないのです。ヘリオ様とカドゥケイタ様の敵を取るのです】
「かなり昔の話だと思うんだが、その敵とやらはまだ生きてんのか?」
【そういう小さなことはどうでもいいのです。ワタシの目的は魔族を根絶やしにすることなのです】
おいおい、また随分と物騒な聖剣様だこと。
【聖剣なんて人間が勝手にそう呼んでいるだけなのです。本来ワタシはただの武器。人殺しや魔獣を殲滅するための道具でしかないのです】
「なるほどな。今の一言で、アンタのこと少しだけ気に入ったよ。アンタさえ良ければその個人的理由とやらに少しだけ付き合ってやってもいい」
【お断りなのです】
「そうかよ……」
ここでニースが話に割り込む。
「あのー、いいですか? 」
「なんだよ」
「『能力』とか『祝』とか『呪』とか二人で話してますけど、何のことです?」
「安心しな。今すぐに見せてやるよ」
オレは恐る恐る二つの『能力』を開放した。
ニース、よく見ておいてくれ。アンタはこの世界が歪だと言ったな。そしてそれは自分の責任だとも。その程度の歪み、気にするほど大したことじゃないんだ。このオレの歪みに比べたらな。
『能力』を極限まで一気に引き上げる。すぐに噴火した火山のように急激に沸き上がってくる恍惚感。十年ぶりの感覚に後に引けなくなってしまった後悔と少しばかりの感慨にふけながらそれに身を委ねる。
聖剣、アンタを信じる。
相手は魔族。オレは賭けに出るしかない、そう思った。そして、さらに闇の下の層へと自分の意識を潜らせた……。




