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女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第2章 封印の洞窟編
23/109

episode 10 独白

「もう来ない方がいいと言ったのに……。なんかダメダメですね、私たち」

 

 翌日、いつものように洞窟の結界に来たオレを、いつものように境界でニースは、打ち捨てられた人形のように一人(ひとり)ポツンと佇んでいた。力なく上げた左手を肩口で控えめに振りながら、俯き加減で困ったような何とも言えない笑顔をみせている。ここで拒絶されることも想定していたオレは第一関門突破とばかりに、(あらかじ)め準備しておいた幾つもの言葉のうちの、その一つを並べ始めた。

 

「ははは、まったくだ。でもいいじゃねえかダメダメで。アンタとオレだ。仕方ねえよ」

「あはは。随分なこと言いますね」

「言い出しっぺは自分だろ」


 苦笑いのニースに、口角を片側だけ上げた不敵な笑みを返す。


「私はもうコートさんにしてあげられることは何もありません。なのにこういうことをだらだら続けていくのはコートさんにとってもあまりいいことではないかと」

「オレのことは気にするな。どう転んだって真っ当な人生なんて送れやしないんだ。そんなことは(あきら)めている。いや違う、そうじゃないな。(あきら)めるしかないんだオレの場合は。それに前に借りたペンダントをまだ返していなかったからな」

「どういうことでしょう」


 彼女はキョトンと首を傾げる。か、かわいい……。暗がりでも、ニースのこの仕草の破壊力は全く変わらない。オレがやったらどうなるか……止めておこう。


「忘れたのか? 最初にここに来た時帰り際ここでペンダントを渡してくれたろ。魔除けだって」

「いえ、そっちではなく」

「うーん……そうだな。とりあえず少し腰を落ち着けようか」

 

 オレはともすれば口説き落とそうと取れなくもないセリフを落とした。だが今のオレにはそういう意図は微塵もない。決して。決して!

 ほ、本音を言えば……あわよくば……。

 そして二人無言で奥へと歩き出す。ここにきてオレはこのまま話を続けることに躊躇(ためら)いを覚えていた。洞窟の最深部、『いつもの場所』に着いたニースは定位置となってしまったちょっとした窪みに腰を下ろし、オレも座るようにと促す。オレも腰を下ろしゴツゴツとした岩肌にケツの座りを微調整する。

 

「まともな人生を送れないなんて……どういうことか話してくれませんか?」

 

 肉食獣が控え目に獲物を狙っているような、少し攻撃性が含まれた笑顔で躊躇(ちゅうちょ)なく視線を投げかけてくるニース。

 や、やめろ。そんな目でオレを見るなっ! て、照れるじゃねえか。強い意志のこもった翠蒼(すいそう)二つのアンバランスな双眸の美しさに、心を奪われ言葉を詰まらせてしまう。オレはニワトリのようにキョドりながら、そのトサカのように頬を赤らめた。

 

「俺の本当の名はクーロン。『血塗(ちまみれ)』なんて恥ずかしくて(おぞ)ましい二つ名で呼ばれていたんだ」

 

 オレの独白に「血塗(ちまみれ)だから今顔が赤いんですネッ!」なんて言う気の利かない冗談は当然なく、ニースは無言で口元を引き締める。その真剣な眼差しに映り込む松明の光はどこか頼りなくゆらゆらと揺れていた。

 

「おそらくオレほど人を手にかけた人間はいないだろうな。そうするしかなかったと、仕方がないんだとあの時は思っていたんだ。本当は判っていたんだけどな。こんなことは良くないと。仕方がないなんて都合のいい言葉を使って逃げていたんだ。オレの生き様のようにな」

 

 ここでオレは少し話を置いた。ニースは表情を変えず同意することも反論することも、ましてや先を促すこともせずじっとオレを見据えている。舞台前の劇役者ってこんな気持ちなんだろうか? と余計なことを考えつつ話を進める。

 

「オレはなあ(おぼ)えちゃいないが、地下深くの薄暗い檻の中で生まれたらしい。コートというのは、幼いオレをそこから助けてくれた人の名なんだ。だがその人は、オレの目の前で事切れてしまった。覚えているのは名前といつもオレを抱きかかえていた大きな手だけだ。名乗るにはおこがましいんだが、多分この名前に(すが)っていたいんだろうなオレは」

 

 こんなことを話しに来たんじゃない、何を話し始めているんだオレは、そう思った。しかしニースの澄んだ瞳の奥底にある何やら大きな優しさに、包まれていくような錯覚を覚え、オレの弱い部分が徐々にむき出しになっていく。

 オレはその優しさに流されるように、話を続けた。

 

「それからオレは人里離れた山奥に独りで住んでいた偏屈なジジイに育てられた。厳しいが楽しいジジイだったよ。だがそのジジイもオレが十六の時幸せそうに逝っちまいやがった」

 

 オレの人生の中で、あの頃が一番幸せだったかもしれない。偏屈でドスケベなジジイだったが、オレにとって唯一家族と呼べる人物だった。

 

「ジジイから剣術のイロハを教えてもらったんでな、大戦のまっただ中、仕事に困ることはなかったよ。功績を上げるたびに前線に送られた。どれが相手の血でどれがオレの血か判らなくなるくらい斬って斬って斬りまくった。斬られた相手にだって家族や友達やチュッチュするようなイイ人だっていたんだろうにな。だけどな大戦が落ち着き始めた頃オレは周囲から怖れられるようになっていたんだ。やり過ぎたんだろうな。まあそんな考え方ができるようになったのは最近なんだが。あの時は恥ずかしいことに恨み辛みしかなかったんだ。そんで今まで守ってやってたと思っていた相手に裏切られ、いや裏切られたとかそういうことじゃないのかもしれないが、とにかく命を狙われた。そん時この左目も失った。命からがら逃げ延びた先が、あの町だったというわけさ」

 

 話し終えたオレは少し疲れてしまった。一息つきふと我に返る。なんて恥ずかしい話をしてしまったと後悔するも時すでに遅し。

 

「いやすまん。本当はここまで話すつもりはなかったんだ」

 

 バツが悪くなり首筋に手を当て横を向く。それでもニースは真摯な眼差しをオレから外すことはなかった。

 

「あの町に来てから今まで、血なまぐさい傭兵には、もったいないくらい平穏な人生を送ってきた。もう充分なんだよオレは。だからなニース、このろくでもなくバチあたりなオレのことなんて考える必要はないんだ。女神様なんだろアンタ。なら適当にワガママ言ってオレのことなんか使い倒してしまえばいい」

 

 ニースはおもむろに近づき、オレの右腕を取り両腕で軽く抱きしめた。右手の甲がニースの頬にわずかに当たる。

 おお! オレ史上ニースに最接近した瞬間だ。不謹慎ながらもその感触を味わおうかと神経を右腕に集中する。そ、そうだ。『感覚の拡張』を使うのは今しかない! ついでに『思考の加速』も使ってしまえ! ええい、能力総動員だ! 意識を失おうが後のことは考えまい。

 

「あなたが心の中に大きな闇を抱えているのは知っていました。だって私、女神ですからね。ふふっ」

 

 ニースは少しはにかむと抱きしめた右腕を離した。能力使う暇がなかった……。無念さにオレの抱えた大きな闇ってもんが、また少しだけ広がった気がする。

 

「あ〜あ、本当にダメダメですね私。ダメなこととは解っているんですけど、あなたの優しさについつい甘えたくなってしまいます。コートさんもコートさんですよ。こんな時にあんな(はなし)して。ほんとーーーに意地悪な人ですね、あなたという人は」

「話せと言ったのはアンタなんだがな」

 

 そしてニースは握った両手にぎゅっと力をこめる。その眼差しは慈愛に満ちた神秘的なものへと変わっていた。

 

「あはは。そうですね。でもやっと話してくれました……。実はですね、あなたが自分のことを話すこの日を、ずっと待ち焦がれていたんですよ。聞けて良かった。ありがとうございました。クーロンさん! 」

「その呼び方はやめてくれ。むず痒い上にバレたらお縄だ。でなあ、オレはやっぱり罪人だ。本来なら法に照らされて死罪は免れない身分なんだ。だからオレにそんな優しい目を向けないでくれ」

 

 オレの訴えにニースはいたずらっ子のように不敵な笑顔を見せる。

 

「殺したのは何人ですか? 百人ですか? それとも千人ですか? まさか一万人とか?」


 ニースは戯けてみせる。


「わからん。途中からバカバカしくなって数えるのをやめたよ」

「まあいいです。クーロンさんは何か思い違いをしているようですから一言(ひとこと)言わせてもらいますね」

 

 ない胸を目一杯張り腰に手を当て、そしてその口調は芝居じみた仰々しいものに変わる。

 

「コホンッ。この私を甘く見ないで下さい。残念ですがそれっぽっちの罪で女神の慈愛から逃れられると思ったら大間違いですよ。覚悟してくださいね」

 

 何なんだこの女は。見事としか言いようがなかった。オレの凍えた心にズカズカ入り込み力ずくで温めてくる。

 少し気が晴れたオレはその猿芝居に付き合うことにした。ニースに片膝を突き忠誠を誓う真似事をする。ニースは主君のそれを真似て右手を差し出した。気分がノッてるとは言えその手を取り口づけ……はさすがにマズかろう。変な雰囲気になっても困る。オレは下を向き右拳を地面に押し付け一芝居打つことにした。

  

「ははっ。女神様の仰せのとおりに」

「ではニースの名に於いて命じます。今晩はここに泊まって行きなさい。そして……よければまた……ここに来てくださいね」

 

 最後はかすれるような声に変わっていた。頬も何発か往復ビンタを食らったように赤く染めている。そして右手は、手持ち無沙汰に宙を泳がせていた。

 どう対処すればいいのだろう……この右手。

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