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女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第2章 封印の洞窟編
22/109

episode 9 圧力

 アレンカールの町でしがない傭兵業を営む中年男性コートはニースを森に連れて行ってほしいとカムランに依頼される。迷ったものの数日後、ニースに自分は人間ではないと打ち明けられたコートは、ニースを森の奥の洞窟に連れて行くことを決意する。魔獣を振りきり封印へと見事送り届けることに成功したコートは、翌朝ニースと別れひとり町へと戻った。

「おい、起きろ。片目のダンナ」

 

 目の前にはいつぞやの男がいた。ありきたりな顔で、ありきたりな髪型の、ありきたりな服装をした中肉中背の男。確か名前は……喉元まで出かかっているがギリギリのところで思い出せない。

 狭く薄暗い部屋。床一面を覆う細かい土埃(つちぼこり)。無造作に積み上げられた農具やら何に使うかわからない道具類。壁の細い隙間からは秋の日差しが刃物のように鋭利に模られ差し込んでいる。

 一瞬呆けてしまうも、思考を巡らす前にすぐにここがどこだか思い出す。数日前カムランが剣を用意してくれていた町の入口付近の小屋である。


「すまんな。一休みのつもりがそのまま眠ってしまったらしい。すぐ出て行くよ」

 

 魔獣との連戦に連続二日のザコ寝の影響が加味されて体が思うように動かせない。いや言い訳はやめよう。残念ながら歳のせいだ。鈍っている筋肉と相談しながら、ゆっくりと立ち上がる。そしてオレは男に礼を言い、一言二言何気ない世間話を交わすと、重い足取りでカムランのいるであろう庁舎へと向かった。結局名前は最後まで思い出せなかった。ごめんよ……えっと……ごめんよ。


 町へ戻り庁舎へと向かう。庁舎の扉を開けたその時、オレは今の今まで喪失していたであろう妙な現実感に襲われた。

 

 ────「おはようございます。コートさん。今日もいい天気ですね。あはは」────

 

 受付にはいつも姿勢正しく座り笑顔で挨拶してくるはずのニース。だが彼女はそこにはいなかった。

 昨日、一昨日の、まるで枕元でおとぎ話を聞いていたような、そんなふわっとしたまるで霧でもかかったかのような記憶が、一気に晴れ渡り視界が広がったかのようにその鮮鋭度が増す。ニースはいつもここで何が楽しいんだか朗らかに笑っていた。しかし意識がはっきりしたおかげか急に頭に浮かんだニースの笑顔は、暗闇の中じっと涙をこらえる子供のようだった。(せつ)なさに心臓がトクンと一拍(いっぱく)だけ高まる。

 今や無人となってしまった受付のベルを三回鳴らす。すぐさまドアが開けられ奥の部屋から女性職員が出てきた。

 

「おはようございます、コートさん。今日は休みですよ」

 

 長身の女性職員が謹厚(きんこう)な笑顔で、しかし余計な先読みをしつつ受け答えをしてくれた。その奥には若干の好奇心が含まれている、そんな目つきだ。

 

「ああ……なんだ。その……今日はそんなんじゃないんだ。カムランに会えるだろうか。そう急いでいるわけじゃないんだが」

 

 気恥ずかしくなり、少しどもりつつもあえて何事も無かったかのように要件だけを伝える。

 

「そこの椅子にかけてお待ちください」

 

 女性職員はすぐさま奥の部屋へと戻っていった。入れ違いにカムランが顔をだす。

 

「おはようコート。いいところに来た。少し向こうで話をしようか」

 

 受付脇の廊下の突き当りにある応接室に通されたオレは、カムランと目を合わせると、どちらともなく苦笑いを浮かべた。何から話すべきか戸惑っているとそれを察してくれたのか、カムランの方からいつもの穏やかな口調で話を振ってきた。

 

「ニースは無事洞窟に着いたのかい? 」

「ああ。おじさんお世話になりました、だそうだ」

「そうか……なんか嫌な思いをさせてしまったね。いろいろ、その、ニースのことは訊いたんだろう」

「アンタの言っていることが何を指しているのかはわからないが、まあ身の上話みたいなことは語ってくれたよ。悪いが未だに信じられん」

 

 オレは両肩をすくめて(おど)けてみせた。カムランは深い笑みをオレへと向ける。

 

「半信半疑でか弱い女の子を洞窟に置き去りにしてきたのかい? 嘘や性質(たち)の悪い冗談を言う()ではないよ。信じたんだろ彼女のことを」

 

 バツが悪くなったオレは、(しか)めっ面で頭をボリボリ搔く。

 

「ああ、そうかもな……。いやよそう。アンタの言うとおりだカムラン。正直話がでかすぎて、頭ん中がプリンみたいにトロトロになりそうだ。どうすればいいんだろうなオレは……」

「ははははは。できることを好きなようにやればいいと思うよ。僕はねはっきり言って羨ましいんだよ、コート。立場もない。自由に動ける。そして実現する力もある。僕なら何も迷うことなく大事な愛娘(まなむすめ)の力になるのになあ」

 

 オレが投げかけた抽象的で無責任な問いを、カムランは解っているとばかりにしっかり受け止めてくれた。改めてオレは、目の前の男の大きさに感心してしまう。

 

「そうだったな。迷うことなんて何もないんだよな」

 

 ニースの秘密を知る者としてカムランも同じ悩みを抱えたことがあるのかどうかはわからない。ただカムランの短い言葉には独特の深みが感じられた。

 そうなのだ。ニースが何者でもそう大した問題じゃない。世界や神話のこともオレがどうこうしたところでどうにもならない。何を一丁前に分不相応なことを考えていたのだろうか。自分の抱えられることだけを考えればいい。

 オレは思考の迷路から抜け出すきっかけをくれた恩人に丁寧に挨拶をし、庁舎を後にした。

 

 

 翌日からオレは独り森に入り、洞窟で一泊して帰ってくる、そのサイクルを繰り返した。名目上は薬草の採取だが、当然ニースに会いに行くのが目的だ。

 ニースはオレが洞窟に入ると気配を察知したのかいつも結界の境界周辺で待っていた。なんだか主人の帰りを待ちわびている子犬のようだ。

 そして夜は決まって他愛もない話で盛り上がった。(よわい)三十八にして初めて味わう、はるか遠き青春の日々のような甘酸っぱさ。冷静に考えるとオレの一連の行動は気色が悪い。気色悪いが悪くない。

 そうこうしているうちに三回目の朝、つまり三泊目の朝を迎えた。その帰り際ニースからオレとしては唐突に、だが彼女としてはずっと考えていただろう一言が告げられた。

 

「ここでさよならしましょう。もう来ないほうがいいと思います。あはは」

 

 まあ、このようなことを言われることは予想していた。彼女の乾いた笑い声に、オレはまるでどこぞの庶民派貴族のようにどうとも取れる玉虫色の返事を返し、洞窟を後にした。

 その日の夜はなかなか寝付けずにいた。何度も寝返りをうつも独特の居心地の悪さが嫌になりベッドから降りて剣の手入れをすることにした。

 カムランから譲り受けた四振のうち二振はもう使い物にならない。どちらかといえば上等な部類に入る品ではあったのだがやはり酷使し過ぎだ。

 残った二振を床に並べ一振ずつ研ぎ始める。そして考える。

 ニースがなぜあんなことを言いだしたのか。もうションベン臭いガキじゃない。それくらいのことは分かる。オレを気遣ってのことだ。森は危険だ。いつ命を落とすかわからない。そしてオレの人生なんて、ニースのそれに比べたら(まばたき)のように短く感じることだろう。ニースはその短い人生を自分にかまけて台無にしてしまうのが嫌なのだ。

 だが解ってはいるものの実際に言葉にされるとゆらゆらと夏の日のかげろうのように心が揺らぐ。その揺らぎをごまかすかのように、オレは作業に没頭した。


 きんっと甲高い金属音を響かせて、磨かれた二振の剣が鞘に収まる。その音にタイミングを合わせたかのように、ドアがノックされた。誰だよこんな遅くに。

 返事を待たずに開かれたドアには茶系の長身色男、カイムが不敵な笑みを浮かべ立っていた。何か人に見られちゃいけないようなイイコトを重ねてたらどうすんだよ! 悲しいかなそんなことは何もないが。

 

「こんばんは、コートでよかったかい?」

「調度良かった。いろいろ訊きたいことがあったんだ」


 オレは有無を言わさず言葉を投げかけた。単なる八つ当たりである。カイムはたまたま運とタイミングが悪かっただけなのだ。


「いやぁ何かなぁ。お手柔らかにお願いするよ」

 

 だが俺の言葉を聞いたカイムの表情の深度が増す。

 

「ああ。まどろっこしいことは無しだ。端的に訊く。アンタ何者なんだ?」

「ははは。そうきたかい。いきなりだねぇ。ボクはボクさ。ボク以外の何者でもないよ」

 

 いつものように物腰柔らかく鷹揚な口調で話しているが、目は猛禽類のそれのように獰猛さを湛えだした。

 

「そんな白ける話を聞きたいんじゃない。ニースにあらかた聞いた。魔神カイムみたいなもんなんだろ? アンタ」

 

 カイムから感じる得も言われぬ圧力に(ひる)んでしまいそうになる。そんな自分自身に苛つき口調が荒くなる。

 

「よくもまあ、そんな言い伝えのような話信じる気になったねぇ。まあ手っ取り早くて助かるけどねぇ。いかにもボクは魔神カイムさ。でもキミの言うとおり魔神カイムのようなもの。半身とか欠片とか言ったほうが正しいかな」

「それはどういうことだ」


 ぶっきらぼうに訊く。


「ボクの本当の体はニースに封印されているのさ。魂だけ命からがら逃げてきたんだよ。今の体はまあ仮初(かりそめ)の姿って感じかなぁ。いやぁこれはこれで結構気に入っているんだけどねぇ」

 

 ニースの話と辻褄が合う。この男の話はある程度信用してもいいだろう。

 

「魔神とは何だ」

「キミの言い方はせっかちすぎるし抽象的すぎるよ。そして感情的だ。まあ言いたいことはなんとなく判るからいいけどねぇ。ボクは神と呼ばれる人達の一員だよ。で使徒さ」 

「それじゃあわからん。神とは何だ。使徒とは何だ」

 

 カイムは相変わらず不敵ともいえる笑みをたたえたままだ。しかしその圧力は徐々に上がってきているように感じた。

 オレは抵抗するかのように乱暴に言葉を重ねる。

 

「不躾だなぁ。神官に聞かれたら怒られるよ。神はこことは違う世界、神世(かみよ)の住民さ。そう大したもんじゃないよ。聖なる者でも全知全能でもないしねぇ。でねぇ使徒ってのはねぇ神がこの世界に干渉するための仮の姿さ。神はこの世界、顕世(うつしよ)って言うんだっけ? ここには干渉できないんだよ。神格って言葉があるだろ? 格が違いすぎるんだよねぇ。だから使徒になるんだよ。でも使徒になるためには明確な存在が必要なんだ。解りやすく言うと目的かな? 力の使い道を限定させて格を下げるんだよ。ちなみにボクの目的は『欲望に忠実であれ』。はははは。ズルしちゃったんだよねぇボク。そうそうニースもボクと一緒だよ。神であり使徒さ」

「ならニースにも目的ってのがあるってことか」

「『この世界の維持』それが彼女の存在だよ。だから『(ちから)』もないのにこの世界にとどまって生きているのは、彼女の意志じゃないかもしれないんだよねぇ。彼女はそうとしか生きようがないだけなのさ」


 ニースの謎に触れる。ブワッと汗が噴き出るような感覚を覚えた。


「一から十まで信じることはできないが、あらかたわかったよ。もう帰れよ」

 

 カイムからの圧力が増していく。オレは俯き、滴り落ちそうになる額の汗を大げさに拭った。

 

「おいおい、つれないじゃないか。ボクだって話したいことがあってここに来たんだよ」

「なんだ、さっさと言ってくれ」

「ニースがいないんだよねぇ。心当たりがあったら嬉しいなぁ」

 

 言葉とは裏腹に獰猛さが増す。そんなバイオレンスな目つきをしなくてもいいじゃないか。何なんだアンタ。もうどうにでもしてくれ……。

 

「知らん」

「知ってるんだねぇ。まあいいや。安全な所にいるのかい? 」

「…………」

 

 襲い来る精神的ストレスに耐え切れずに敢え無く黙してしまう。するとふと禍々しい圧力が消えた。オレは空回りする行き場のなくなった気合に弄ばれてしまう。

 

「安全な所にいるみたいだねぇ。なら急ぐことはないかな。あとボクたった今ねぇ全面的にキミの味方になることに決めたよ。よろしくねぇ。それとこの前話した旅のことなんだけど気が向いたらいつでも声かけてねぇ。行き先はキミが決めていいから。できれば帝国方面がいいんだけどねぇ」

「ああ、わかったよ。夜も遅いし疲れた。お願いだ。もう帰ってくれ。魔神ってやつはおっかないもんだと、つくづく思い知らされたよ」

 

 最後に本音を漏らした。カイムは何故か上機嫌に笑いその場を立ち去った。オレは対照的に精神的な疲労が溜まりに溜まり、その場で俯いたまま、何かを考えることも体を動かすことも出来ず、気力を失ってしまう。どれくらいそうしていたのだろうか。ふと何気ない違和感を感じカイムのいた場所へと目を向ける。そして独り何もない虚空に向かってつぶやく。

 

「おい、ドアぐらい閉めてけよ……魔神」

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