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女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第2章 封印の洞窟編
19/109

episode 6 責任

〈あらすじ〉

 アレンカールの町でしがない傭兵業を営む中年男性コートはニースを森に連れて行ってほしいとカムランに依頼される。迷ったものの数日後、コートはニースと町の入り口で落ち合い森へと向かう。そこでコートはニースから自分は人間ではないと打ち明けられる。

「今晩もいい天気ですね。星がきれいですよ」

「ちょっと寒い気がするんだが」

 

 ここまで何となしに思いつめたような雰囲気を漂わせていたニースだが、先ほど大笑いした一件以降、サビだかワビだかが落とされたようにスッキリとした表情に変わっていた。どころか、若干気分が高揚しているようで、どう扱ってよいものか少し困る。

 もうすぐ魔森の入り口に到着するというのに、今も鼻歌を交じりに一足飛びに跳ねていた。しかもその鼻歌が妙に上手い。サスガ年を食っているだけのことはある。まあ、小屋を発ってからここに至るまで、しつような質問攻めで、困らせてしまったのも原因の一つかもしれないのだが。

 

 『(しき)』とは何ぞや?

 ここまでの話題は主にそのことであった。せっかくニースと二人っきりで、あんなことやこんなことができる機会を得られたかもしれないというのに勿体無(もったいな)いが仕方がない。導火線に火をつけたかのように知識欲をかきたてられてしまったのだから。

 ニースはなかなか理解できないオッサン相手に、時には笑いながら時にはう〜んと(うな)りながらも三歳児でも解るように、それはもう一冊本が書けるくらい根気よく丁寧に教えてくれた。年を取ると物覚えが悪くなるんです……。面目ない……。


 『(しき)』をして『(ことわり)』となす。

 『(しき)』とは一言(ひとこと)で言うとこの世界の理屈を設計図に表したようなものだと教えてくれた。もう少し単純に言うならばこの世界の法則のようなものであるらしい。水が冷えれば氷になる。天気のいい日は温かい。そのようなことが事細かに書かれた一枚の大きな紙のようなものだそうだ。

 しかし『(しき)』はそれのみだと単なる『絵に描いたパン』でしかなく、それを実際『パン』にするためには『(ちから)』が必要なのだそうだ。

 つまるところ今のニースには、その『(ちから)』が失われているため、いくら『(しき)』を構築しても意味をなさないのだという。

 魔術との違いについて聞いてみたところ、あまりのしつこさからなのか、いまいち理解できてもらえない苛立(いらだ)ちからなのか、はっきりと口にしないものの「何アホなこと聞いているんですか?」とばかりにそれでも丁寧に根本的に違うものと教えてくれた。

 『(しき)』は『(ことわり)』自体を構築するいわば恒久的なものであるのに対し、魔術は魔力を以て魔力を注いでいる時にだけ一時的に『(ことわり)』に干渉する(すべ)だそうだ。『(しき)』と比べその構造は比較的単純であり、『(しき)』と違い決して『(ことわり)』から外れることはできないとのことである。

 先ほどの水を例にとると魔術では水を冷やすことができるが冷やせば氷になることからは回避できない、そういうことであるらしい。

 ならば『(しき)』なら出来るのかと聞いてみたところ出来るけどそんな面倒なことはしないとカラカラ笑っていた。ある程度『(しき)』を組んだら後は自然に任せた方がいいのだそうだ。「土も木も鉄もぜ〜んぶドロドロにするんだったらそこそこ簡単ですよ」とも。怖いことをさらっと可愛く言わないでくれる。

 そして最後に、真剣な面持(おもも)ちでこう言った。

 

「『(しき)』はつじつまが合っていなければならないんです。でもこの世界は私がつじつまを合わせきれず、その場しのぎで構築した世界に過ぎません。その時はそうするしかなかったと思っていましたから。なので(いびつ)なんですよ」

 

 オレは無言を返すことしかできなかった。それなのにニースはその表情を満面の笑みに変えた。

 

「いろいろ聞いてくれてとてもスッキリしました。なかなか解ってもらえなくてちょっとイライラしましたけど。あははは」

 

 そしてこのテンションである。最近の若い娘はよく解らん。若くないんだけど。

 

 

 森の入り口には何とか夜明け前にたどり着くことができた。

 森が近いからだろうか朝日が近いからだろうか空気が湿り気を帯びて重い。その冷たく湿った空気が遠慮無く肌を撫でる。冷ややかさに身震いをしながらオレは森の前で何の気無しに佇んでいた。先ほどまでとは打って変わってニースは緊張の面持ちを隠せずにいる。それはそうだろう、これから魔獣の住処に入り込むのだから。オレはどうにかなるわけじゃないのを解っていつつも森をじっと凝視する。ニースもオレに倣い無言で森を見ていた。オレはその重く湿った空気を大きく吸い込むと歩きながらまとめていた考えを口にした。

 

「ここまで来てなんだが町に帰ってもいいじゃないか。とオレは思うんだが」

「今になってどうしてそんなことを言うんです?」

 

 子犬のようにちょんっと首を(かし)げる仕草を見せる。カワイイなおいっ! もう一度同じことを言ったら同じリアクションをしてくれるのではないだろうか。試してみたくなるがガマンして話を進める。

 

「そんな細っちい体で背負い込み過ぎだ。責任みたいなもん感じてるんだろ。世界をこんなにしちまったって」

「…………」


 ニースは俯き押し黙る。言い過ぎか……。オレは少し戯けてみせた。


「アンタは長いこと一生懸命やったよ。命がけだったんだろ、今までずっと。なのにアンタに全部をおっかぶせた神様だか仏様だかってのは今頃何やってる? 美味いもの食って綺麗なオネーチャンとよろしくやってるかもしれないだろ」

「さすがにそれは」

 

 彼女はオレを見上げ、うっすら苦笑いを浮かべた。

 

「この世界のことはこの世界に住んでいる人が責任を持つべきなんだ。アンタじゃない。だからなあ何と言うかアンタ一人が世界をおっかぶらなくてもいいんじゃないかとオレは思うんだ」

「はい」

 

 ニースは大きな瞳で穴を穿(うが)つかのようにじっとオレの一つしかない目を見つめている。うわっやめて、赤面しちゃうから。

 耐え切れなくなったオレは、慌てて視線を逸す。だがそれでも彼女は視線をじっとオレに向けていた。

 小さな溜息をひとつ。気持ちを落ち着かせ、オレは話を続けた。

 

「そこでオレからの頼み事なんだが聞いてくれ。この世界を少しずつ良くしたい。オレ達と一緒に手伝ってはくれないか」

 

 蒼と碧、二つの宝石が泉の底に沈んだかのように見えた。しかしそれも一瞬それ自体が発光しているかのように決意のこもった力強い目線が向けられる。オレは説得に失敗したことを理解した。

 

「やっぱり私、洞窟に行きます。コートさん、改めておねがいします。私を守って下さい」

「はああ〜、そうかい。わかったよ」

「あはは、ありがとうございます。よろしくおねがいしますね」

 

 これから先ずっとオレがお前を守ってやる。オレはそう口にしようとして無理矢理大きな溜息に変えた。

 今一度ニースの後姿全体を目に収める。言葉にならないほど極々自然な美しさ。とてもありきたりなようでいてしかし今まで感じたことのない存在感。ニースが女神なんてものだと未だに確信は持てないものの、それでも女神とはこういうものなんだろう。不思議とそう感じてしまった。

 そしてオレはこう思わずにいられなかった。


 大丈夫かよ…………スカートで。

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