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女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第2章 封印の洞窟編
14/109

episode 1 再会

〈あらすじ〉

 アレンカールの町でしがない傭兵業を営む中年男性コートは美人で名高いニースをあわよくば口説こうと町の庁舎を訪れていた時、町に滞在している貴族が森へ侵入したと報告を受けた。助けに向かったコートと自警団の面々は魔獣の群れをかわし辛くも魔族の男を撃退した。しかしコートはその戦いで瀕死となる。町を出ようとしたニースはそんなコートの姿を見て出奔(しゅっぽん)を断念する。そしてニースはコートの部屋を訪れそこに居合わせたペギーに自分の想いを告げたのだった。

 ニースはこのままコートの部屋で一夜を明かすことにした。夜の静寂が辺りを包みこむ。そこにはコートの寝息だけが聞こえていた。

 緩やかにリズム良く振幅するその音に耳を澄ます。そしてふと、先ほどコートへの想いを初めて人前で話したことを思い出し、恥ずかしさにひとり再度頬を染めた。

 ベッドと椅子。それしかない殺風景な部屋を眺め表情を緩める。装飾も何もない、飾り気のない生活臭の乏しいガランとした一室。この人はここで何を思って生きてきたのだろう。そんな思いが頭を(かす)め、ニースは少し寂しさを覚えた。

 片隅には洗濯されたであろう衣類が雑然と重ねられていた。彼女はそれを手に取り、皺を伸ばし膝の上で一枚一枚たたんでいく。淡々と作業を進めながら暗い部屋をつぶさに見渡す。すると壁に立てかけられていた一対の雑種剣が目に入った。それは見るも無残な姿に変わり果て、その役目を終えたかのように手入れもされず無造作に並んでいた。一振(ひとふり)は刃こぼれが激しくぼろぼろに、もう一振(ひとふり)に至っては根元からポッキリと折れていた。

 森で何が起こったのか。具体的なことは彼女にはわからない。だがペギーは言っていた、自分のために足掻いたのだと。


 作業を終え再び椅子に腰を下ろすニース。静かでゆったりとした時間が流れる夜の(とばり)の中、コートの寝顔だけをただじいっと見つめていた。すると、あの森での出来事、そしてその時に何を思って戦っていたのか、問いただしてみたくなった。それだけではない、今までどのようにして、何を考え、何を思い生きてきたのか、彼に関するすべてのことが知りたくなった。

 だが聞いてみたところで、きっと笑ってはぐらかされることだろう。そう、いつものように。そんな時いつも見せる照れくさそうな笑顔を瞼の裏で思い出し、ニースは少しはにかんでいた。

 

 青白い光が差し、窓の外の明度が増してくる。闇の時間の終わりはこの安らかな時間も終わることを意味していた。ニースはその間、何もせずにベッド脇の椅子に座って何の気無しにコートの寝顔を眺めていた。ずっとこうしていられたらいいのに。コートの眠りをそっと守りながら一人思いに(ふけ)る。


 日が昇り空が白みはじめた頃、急に、だがゆっくりと部屋のドアが開けられた。ニースはドアの前に立っている一人の男にコートの寝顔から視線を外さずにあいさつをかける。 

 

「おはようございますカイムさん。お久しぶりですね」

 

 背中を向けられたままの男は、それでもにこやかにしながら、鷹揚(おうよう)に笑い、答えた。

 

「ははははは。やっぱりばれてたようだねぇ。ボク、一応ジムってことになってるんだけど。まあ名前なんてどうでもいいや。キミは変わらず綺麗だねぇ。どうだいボクの今の姿は?」

「はい、とても素敵ですね。ところで今頃どうしたんですか?」

「いやねぇ、あいさつがてらねぇ。その節はお世話になったことだしねぇ」

 

 ニースは一瞬言葉を詰まらせた。幸せそうに笑みを浮かべていたニースの表情が少しだけ曇る。

 

「………………。まあその、いろいろすいませんでした。あの時はああするしか……」

「ははははは。気にしてないよ全然。ところであの夜どうして逃げなかったんだい。気づいてたんだよねぇ、ボクのこと」

 

 数日前の夜、ブラマンテの森へと続く街道ですれ違った時のことを言っているのだろう。ニースは質問を質問で返すことでごまかした。

 

「あなたこそ、どうして私を見逃しているんですか?」

「この世界はボクの大事な庭だからねぇ。それに、キミを殺したところで、器はボクのものにはならないよ。」

 

 口から出された殺伐とした言葉とは裏腹に、男の表情はなんら変わることはなかった。

 

「どういうことでしょう?」

「ボクがどうしてここでこうしていられるか、分かるかい?」

「いえ驚いています。あの時は完璧だと思っていましたので。自信を失くします」

 

 コートの顔から視線を外し少し俯いてしまう。カイムと呼ばれた男はそんなニースを背中越しに眺めつつ、何事もなかったかのように話を続けた。

 

「いやいやそんな落ち込むことはないよ。あれは確かに完璧だったんだからねぇ。ボクのやったことなんて陳腐な手品みたいなもんだと思ってくれればいいよ。みんなちょっとだけ騙されただけなんだよ。あの時ボクは小さな欠片と一緒に逃げちゃたんだ。だから、あれは今はただの器なんだよ」

「話がよく分からないのですが」

 

 カイムは視線を左上に向け、少し首を(かし)げたあと、ニッと笑顔で答えた。

 

「そういうものだと思って聞いてくれればいいよ。くわしい話は追々機会があればってことでねぇ。でねぇ、器が開放されたとして開放される場所がわからない、それはわかるよねぇ」

「はい」

「運良く近くに現れればいいんだけどねぇ、そうはならないのもわかるよねぇ」

「はい、まあ」


 なめらかに口を滑らすカイムに、ニースは小さく返事をするに留める。彼女は自分の後ろに立っている男が何かを企んでいる雰囲気を感じ取っていた。しかし、具体的に何を企んでいるかまでは、計りかねていた。


「そうするとさあ、器を他の魔族に乗っ取られちゃうかもしれないんだよ。ボクはそれが嫌なのさ。だからねぇとりあえずはあの器のことは後回しにすることにしたのさ。でねぇ、いいこと思いついちゃったんだよねぇ」

「嫌な予感しかしないんですけど、何をするつもりなんですか」

 

 背中越しに何か悪戯(いたずら)を思いついた子供のような気配を感じ取る。ニースは苦笑いを浮かべ問いただした。

 

「森の中で見たんだよ。この人ねぇ、おそらくたった一人で魔族を追い返したんだ。びっくりしたよ。そんなことができる人がいるなんて思っても見なかったからねぇ」

「この人が、まさか……。随分無茶なことをしたんですね。だからこんなに……」

 

 ニースの視線が再びコートの穏やかな寝顔に戻った。

 

「それでねぇ今のボクが纏っているこの器はねぇ瘴気(しょうき)みたいなもので出来ているんだけどねぇ。ここまで育てるのに結構時間かかったんだよ。でもねぇ瘴気だけでは、そろそろ限界なんだ。これ以上育てるためには、魔族の器が必要ってわけなんだよねぇ」

 

 カイムの言おうとしていることをおおよそ理解したニースは、思わず沈黙を返してしまった。構わずカイムが口を開く。

 

「ボク一人では魔族狩りは難しいんだ。狩れないことはないだろうけど効率が悪い。だからねぇ彼に手伝ってもらおうかなあって思ってるんだ」

「人間が魔族に敵うはずがありません」

 

 毅然と答えるニース。だがカイムはそんなニースをよそに、話を続ける。

 

「人間だけならねぇ。だけどボクがいるしクトゥネペタムにも手伝ってもらおうかと思っているしねぇ。彼女がこの人を認めたらだけど。まあ認めなくても連れて行くんだけどねぇ。あとは、キミの持つクテシフォンにもねぇ」

「この人を巻き込むのはやめて下さい。この人はこれまで十分すぎるほど苦痛を味わいました。あとは静かにさせてあげたい」

「さすがだねぇ。女神様の慈愛ってやつかい?」

「そんなんじゃありません。もっと自分勝手でおぞましいものです」

 

 コートの寝顔を見つめるニースの緊張の度合いが、みるみるうちに増していく。

 

「ボク達が放っておいても巻き込まれるよ、彼。キミと出会ってボクと出会ってしまった。しかも彼、あの貴族に目をつけられちゃったからねぇ。放っておいても、そういい結果になるとは思えないけどな」

「どうしてそこまで器にこだわるのですか」

「ボク達はそういうものだよねぇ? ボクの存在は欲求を満たすためだけにある。キミだって自分の存在に従っているだけじゃない。じゃなきゃ長い時間こんなほそぼそと生きてはいけないよ。ポックリ逝っちゃったほうが楽だからねぇ」

「だからといって、この人をそんな危険な目にあわせるわけにはいきません」

「あとねキミにも協力して欲しいんだ。キミがいる所に魔族は集まるからねぇ。よろしく頼むよ」

「無理言わないで下さい!」

 

 ギュッと拳を固くしてニースにしては、珍しく感情のこもったやや大きな声を上げる。しかしカイムはそれでも何事もなかったかのように話を続けた。

 

「返事は急がないからねぇ。あとボク、キミのことは嫌いじゃないんだよねぇ。彼とキミとボク、三人で一緒に旅をしたら楽しいかもよ」

 

 頭の奥でなにか大きなとてつもないものにガツンと叩きつけられたような気がした。それほどに魅力的な提案だった。

 自分にとってもコートにとっても今の状況は(かんば)しいものではない。だからといってカイムを信用することもできない。いくつもの思いを断ち切るかのようにニースは目を閉じ、ふぅ〜っと大きくため息をつく。そしてゆっくり顔を上げる。その時にはもう普段の穏やかな笑顔が戻っていた。

 

「私もあなたのことは嫌いじゃありませんでした。あなたは悪い人じゃありませんでしたから。今だってそうです。あなたは無理矢理コートさんを連れていけるはずです。でもそれをしない。あの時はあなたを封印するしかありませんでした。でも私、あなたを封印してしまったことずっと後悔しているんですよ」

「女神様の慈愛ってやつかい?」

「あはは。そうかもしれませんね」

「奇遇だねぇ。ボクも封印されたことを後悔していたんだよねぇ。だからお互い様ってことでいいかい?」

 

 ニースはクスッと笑った。そして座ったまま後ろを振り返り答える。

 

「そういうのをお互い様とは言いませんよ」

 

 その表情を見たカイムは肩をすくめ小さく苦笑いをした。

 

「とにかく今日のところはここで退散するとするよ。いい返事も貰えそうにないからねぇ。彼が目を覚ましたらまた来るからその時ねぇ」

「目を覚ましたらどうするつもりですか?」

「そりゃあ説得するよぉ。ボクはねぇ乱暴なこと嫌いなんだよ」

 

 ずっと入口付近に立っていたカイムは、そう言うと振り返り、そしてゆっくりとドアを閉めた。

 ニースはしばらくの間、目を閉じ思索を巡らせていたが、ヨシッと一声気合を入れて立ち上がるとそのまま町の病院に向かうため部屋を後にした。

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