表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第1章 アレンカール編
11/109

episode 8 謎男

〈あらすじ〉

 アレンカールの町でしがない傭兵業を営む中年男性コートは美人で名高いニースをあわよくば口説こうと町の庁舎を訪れていた時、町に滞在している貴族が森へ侵入したと報告を受けた。助けに向かったコートと自警団の面々は魔獣の群れをかわし辛くも魔族の男を撃退した。その時森に侵入した貴族ヘルマエと彼を救った謎の男ジムと出くわす。

 時は数日前に遡る。


 アレンカールの町周辺は良質な狩猟場として有名である。実際、最寄(もよ)りの村から五日以上もかかる辺境で、しかも魔物の森に覆われている土地柄にもかかわらず、年に二十組程度の貴族が狩猟目的でこの町をおとずれ、それがこの街の大きな収入源にもなっている。土地柄がゆえに、瘴気の中を最低でも二週間程度、腕に覚えのある従者を数十人従えても安全とは言い切れない行程を達成しなければならず、アレンカールでの狩猟はかなりの経費が必要とされる。そのために訪れる貴族はこの出費に耐えられる、比較的、爵位が高いか、金銭的に裕福な家柄が中心となる。

 実のところトリスメギスティ家はそこまでの家柄ではない。そのためヘルマエ・トリスメギスティは、アレンカールの領主で寄騎(よりき)でもあるボレリアス家を頼り、この狩りを無理矢理達成しようとした。と言うのもヘルマエは以前、従者の一人としてアレンカールを訪れた際、ニースに心を奪われてしまったのである。ただその時は従者としての立場上、表立ってニースに言い寄ることができずにいたのだ。

 

「ヘルマエ様、お気をつけ下さいね」

 

 唯一言葉をかわしたあの時の、控えめながらも美しい笑顔を思い出す。そうすると、我慢というものを()いられずに育ってきたヘルマエは、ニースに会いたくて仕方がなくなるのである。

 ならばと、従者としてではなく自分が主催の狩猟なら堂々と口説き落として側室として迎え入れられるのではないか、そう考えての強行であった。

 

 アレンカール周辺の事情に通じているボレリアス家の協力もあり、無事にアレンカールに着いたヘルマエは、昼の狩りでは上々な成果を上げ、夜の宴会ではニースを隣に(はべ)らせた。更には、アレンカールの人々も財布の紐のゆるいこの青年貴族に対し、上げ膳据え膳の歓迎で(もてな)した。そのためヘルマエは、連日かなり上機嫌であった。ニースを口説き落とそうにも、のらりくらりと(かわ)されはしたが、それでも機嫌を損ねることはなかった。なぜなら、このことに関しては断られようが、権力を振りかざし無理矢理連れて帰る算段だったのである。

 

 そんなこんなでテンションが上がりっぱなしのヘルマエは、本日一日休養をとって翌日帰途につく予定を急遽(きゅうきょ)変更し、朝から狩りへと出かけた。

 しかし、その日はいつもとは違った。その後起こるであろう魔物の大量発生を、野生動物たちは本能で感じ取っていたのかもしれない。あれだけいた獲物が鳴りを潜め、たまに遭遇した獲物も、妙に警戒心が強く取り逃がしてしまった。今までと勝手が違う状況にイライラが募ったヘルマエは、仕留め損ねた山羊を追って、ガイドを請け負ったヤーンの制止を無視し魔森(まもり)へと踏み入った。

 訓練はされているものの、魔物との戦闘には慣れていない従者が四人、当然対応は後手後手に回り、気づけば森の深いところで迷ってしまっていた。その時に、時を同じくしてコートたちにも襲ってきたあの魔物の大量発生に出くわしてしまった。

 煌々と赤い光を(またたか)かせる魔物の群れに襲われ(むくろ)となった従者に、さらに大量の魔物が群がる。その隙を窺いつつ、その場を逃げること三回、気づけば自身が連れてきた従者は全員魔物に食われ、付き従うのはボレリアス卿から借り受けたアミルカンという名の銀鎧(ぎんがい)の騎士ただ一人となってしまった。

 ヘルマエはこの騎士が苦手だった。礼節を(わきま)えてはいるものの、狩りの場では他の従者やアレンカールの住民と違い過剰に褒めちぎることはなく、宴会の場で羽目をはずすこともなく、常に自分の役割を淡々とこなしていた。そのためこの遠征の間、近くにいると妙に居心地の悪さを感じていたのである。

 しかし、この騎士が奮闘した。終始自分自身を優先し、ヘルマエや仲間のことなどお構えなしだった他の三人とは違い、アミルカンは勇敢にも魔物にその身を晒し、(おの)が依頼主を守りぬこうと必死で応戦したのである。しかし悲しいかな、これほどの物量の前ではアリの一嚙(ひとかみ)みにも等しい。アミルカン自身表情には出さないものの、死の感覚がいよいよもって現実味を帯びてきていた。このことでボレリアス卿にも罪が及ぶであろうことを想像し、自身の(あるじ)に対する申し訳ない気持ちと、任務を達成できそうもない己の不甲斐なさに、無念の思いを募らせた。それでもなぜか必死で剣を振るい、苦しいというのに、とうに諦めているというのに、腰を抜かし目には涙を浮かべ、何の意味もなさないであろう言葉をがなり立てているヘルマエを護りぬこうとあがく自分がいる。今まで感じたことのない不思議な気持ちに無意識に苦笑いを浮かべていたその時、周囲に異変が起こった。今にも自分達に襲い掛かろうとしていた魔物の群れが次々と霧散し、何もない中空に吸い込まれるように消えていったのだ。

 遠くで魔物が漂っている森の中で、二人は表情を消して呆然としていた。

 どれくらいその場で(ほう)けていただろうか。あとから考えても、長かったようでもあり短かったようでもあった。そんな曖昧な時間の感覚に微睡(まどろ)んでいた二人を、不意に緊張感のない声が現実へと引き戻した。

 

「キミ達大丈夫かい? こんなとこに来ちゃ危ないだろ。なにしてたんだい、こんなところでぇ」

 

 声の方を見ると、茶系のロングコートを着た長身の男が立っていた。我に返ったアミルカンは、少し間をおき自分を落ち着かせた後、声を発した。

 

「自分はアミルカン。男爵位でありますトリスメギスティ家が三男、ヘルマエ・トリスメギスティが従者であります。我々は狩りをしていたところ、この森に迷い込んでしまったのであります。貴殿こそ、何故(なにゆえ)このような場所におられるのでありますか?」

「うーん。こっちは、まあ、いろいろねぇ。()いて言えば食事かな」

「しょ、食事でありますか……」

 

 この緊迫した状況にもかかわらず、極々日常であるかのような朗らかな表情で振る舞うロングコートの男に面を食らってしまい、以降の言葉をつまらせ沈黙してしまった。その会話の隙間に、ヘルマエが言葉をねじ込んだ。

 

「そんなことはどうでもいい。とにかく今すぐ我を助けよ。アレンカールにつくまででよい。我は高貴なるものだ。当然ながら褒美は弾むぞ。なんなら召し抱えてやってもよい。悪い条件ではなかろう」

 

 見ると、ロングコートの男の表情には変化がなかったものの、どうしたものかと考えている様子が窺えた。自分の置かれている立場が解っていないであろう自身の依頼主の物言いに、沈黙から立ち直ったアミルカンは、恥ずかしさから思わず口を挟んでしまった。

 

「お願いいたします。恥ずかしながら自分の力ではこの森を抜けるのは難しいと考えているのであります。警告を無視して、勝手に振る舞った挙句の醜態とは解っておりますが、何卒力をお貸し下さい」

「うん。いいよぉ」

 

 ロングコートの男は"ニッ"っと笑い即答した。ホッとはしたもののそれほど状況は芳しいものではない、アミルカンがそう考えていた時、ヘルマエはその男の無礼な態度に怒りがこみ上げてきた。


「我の家系は、男爵位とは言え国王の遠縁にあたる家柄である。それに対して貴殿の物言いは何だ。礼儀がなっておらんのではないか」

「あははは。ごめんねぇ。礼儀とかって、あまり解らないんだよねぇ。そのうちちゃんと覚えるよ。気を悪くしないで今日のところは許してくれないかな」

 

 ヘルマエの抗議に対し、ロングコートの男は鷹揚(おうよう)に答えた。ヘルマエは怒りで顔を真っ赤に染めあげている。アミルカンはいても立ってもいられず、助け舟を出した。

 

「ヘルマエ様、今後は自分があの方に応対します。それで、今の状況を考えますに、心強い味方ではありますが思わしい状況とはとても言い難く……」


 今の状況、どう思索を巡らせようが、良い方法なんて何も思い浮かばない。そのためアミルカンはあとの言葉を繋げることができず、数瞬(すうしゅん)(もく)してしまった。そこにゆるい声が割って入ってきた。

 

「大丈夫だよ。森の入り口まで連れてってあげるからねぇ。だけど、ちょっと気になることがあるんだよねぇ。ちょうど帰り道だし、少し寄り道していくけどいいかな」

 

 男は返事を待たず、(きびす)を返し歩き出した。

 

「おい!ちょ、ちょっと待て!」

 

 ヘルマエが静止しようと声をかけたが、ロングコートの男は森の中を進んでいってしまった。前方には魔物の群れが確認できたのだが、それでもお構いなしに()を進めた。まるで何事もないかのように。

 ヘルマエ達には選択肢がなかった。抜剣した剣を構え、慎重にロングコートの男のあとに続いた。魔物に近づくにつれ、冷や汗が吹き出した。しかし、男は歩みを緩める気配はない。そして魔物の間合いに入りそうになった時、男は前方に右手をかざした。すると、魔物たちが先ほどと同様、何もない空中に吸収されたかのように、あとかたもなく消え()せてしまった。

 理解に苦しむ光景に、二人は目を見はった。この男に何度驚かされたのだろう。アミルカンは、ふとそう思った。そして何者なのかと。

 男はその後も近づく魔物に手をかざし、次々と消滅させていく。アミルカンはそれでも剣の構えを解かず、慎重に()を進めた。逆にヘルマエは先ほどまでの逆境は何だったのかとばかりに、あっけなく消えていく魔物の群れを呆然と眺めながら、二人のあとについて行った。

 暗い森の奥から、(わず)かな木漏れ日が差す。どうやらあと数分で行きにも通過した、木々が開けた場所にたどり着くだろう。一人目の犠牲者がでたところだ。アミルカンがそう考え気を引き締め直したその時、遠巻きながらも漂っていた魔物の群れが、一気に霧散した。

 

「これはマズイ事になるかもしれないねぇ」

 

 男の顔が初めて曇った。

 

「ちょっと急ぐよ」

 

 男は走りだした。二人はついていく。

 前方の木々の間が赤く光った。そしてその後すぐに腹に響く爆発音がした。何かが起こっているのだろう。これほどの魔物の群れを、いとも簡単に消し去ることのできるこの男の表情が、変わるほどの出来事だ。察するにかなり危険なように感じた。このままついていくべきか、ここで一旦立ち止まり男を先行させるべきか。決断のできる状況ではない。アミルカンは迷っていた。だが男は言ったのだ。「大丈夫」と「森の入り口まで連れて行く」と。その言葉をとりあえず信じることにして、男についていくようヘルマエを促した。

 

 狭い木々の間を抜け広場に到達した三人が見たものは、焼けただれた草木の中で倒れている数人の男女と、もがき苦しみながら今にも消滅しようとしている『何か』があった。

 

「ひょっとして今の。す……すごい、どうやってぇ……」

 

 そうつぶやいた男の顔を窺うと、驚きで目を見張りながらも、その口元は大きく笑っていた。初めて感情を(あらわ)にした男に、こんな表情もできるのか、アミルカンは場違いな思いを抱いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ