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女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第6章 神の宴編
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episode 20 傭兵

「なんなんだ。本当にただの人間か? 我らは神じゃ。人間など我らの餌に過ぎぬもの。決して届かぬ存在ぞ。なのに、まるで贄を見ているかのようなその目。やめろ。来るなぁ〜っ!」


 幾重にも浮かび上がる波紋が、使徒の行く手を遮る。執拗に追いすがるは、斬先から螺旋を描き伸びる二本の薄刃。恐ろしく凶暴な生き物のごとき振る舞うそれが、逃げる使徒を次々と仕留めていた。


「場を支配しました。あなたたちはもう、力を奮えません。逃げることも出来ません」


 先ほどニースが高らかにこう宣言した。

 そのとおりに使徒共は『式』を組めず力を封じられた。とは言え、身体能力は人間を遥かに凌駕していた。個体によっては魔族ですら足元にも及ばず、軽くあしらうことだろう。だが、今のオレにとっては屠殺の順番を待つ家畜の群れのそれだった。波紋はヤツらを押さえ込み、弾き、引き寄せる。薄刃の届く場所へと強制的に誘う。薄刃はまるで流れ作業のように斬りつけ、深い創を刻みつけてゆく。なまじ俊敏で頑丈なため一撃のもと、とまではいかないものの、いくら足掻こうとも手間がかかる程度の抵抗にしかならなかった。そして、ニースの力なのであろう。今までのように古い体を捨て新たな使徒として現れることもなく、切創を残したままのたうち苦しんでいた。


「それにしても無慈悲な女神だねぇ。ボクも気をつけないとねぇ。くわばらくわばら」


 カイムだった。一段落し、呼吸を整えようとしたところで、後ろから肩をぽんっと叩かれた。振り返り見るは鷹揚な笑顔。魔神の器を得て姿形は変わっても、それはなんら変わらない。

 オレはコイツに何度となく助けられた。信用出来ない筈だった。上手いこと使い倒してやろうなどと思っていた。だが、コイツはオレに真剣に向き合っていた。へらへらした軽薄な態度に隠され、騙され、それが掴めなかっただけだった。


「そうそう、ボクはボクでちょっとやることがあるからねぇ。今のニースは百体以上の使徒の力に枷をはめている。場を支配するだけで精一杯のはずなんだ。何故こんな方法を選んだかは、今のキミなら分かるだろ? だからここは任せたよ。最強の女神の傭兵さん」


 返事を聞かずに背を向ける。いつもそうだ。コイツは一から十まで親切に話すことはない。勿体ぶる。だがそれでいい。コイツが話さないことは、話す必要がないことなのだ。コイツの言う「ちょっとやること」は、今のオレ達にとって必要なことなのだ。散々、アンタの思惑に乗らされてきた。癪だ。だが、オレは傭兵。仕事をするだけ、と腹を括った。


「ニース『式』の構成が判明しました。直ちに『解式』作業に入ります。所要時間は極めて膨大。その間、障害の除去をお願いします」


 主神の抑揚のない声に、使徒が息を吹き返した。傍観していた者は殺気立ち、膝を突いた者は立ち上がった。横たわる者も蠢きだした。この状況で出口を見出そうと抗うアンタは、主神の名に恥じない大した赤ん坊だ。だが、オレ達を相手にそれは、あまりに無力だった。無意味な行動に等しかった。


【なにぼーっとしてるのです。使徒が一斉に押し寄せてくるのです】


 もう一つの抑揚のない声が頭の中に侵入してくる。聖剣の意思、クテシフォンのものだった。オレは水晶の巨大な剣身に目を遣った。それはいつものように、蒼く淡く輝く。

 イケ好かないヤツだった。いつもオレの心に土足で踏み込んでは、ピーチクパーチク甲高い声で好き勝手囀っていた。それがうっとおしかった。いつか捨ててやろうと思っていた。そして実際、そうした。だが、コイツはオレが必要とした時に戻ってきやがった。恨み言もなく、ただオレの手に納まった。オウブですら耐え切れない『(のろい)』を受け止めてくれていた。苦痛がなかった筈はない。だがそれを、おくびにも出すことはなかった。憎まれ口を叩きあった。だが、いつしか心地よいものとなっていた。


【気色悪いのです。愚か者】


 うっ、迂闊だった。またしてもオレの思考を読みやがった……。


【ですが、ありがとうなのです。アナタは最高のマスターなのです】


 オレは魔剣を大地に刺す。そして両手に聖剣を握った。幾つもの困難を乗り越えられたのはアンタのお陰だ。感謝すべきはオレの方だ。

 左脚を前に腰を落とす。柄は腰の位置に。刃は斬先を後方へ、地面と平行に。力はさほどいらない。力まず自然に構える。

 意識を集中させる。体に歪めと訴える。すると自ずと見えてくる世界の真の姿。

 四層、五層、六層……。世界が剥がれ顕になる。

 十層、十一層、十二層……。元の世界の面影はもう無い。

 二十層、二十一層。時の流れを視認した。それが『深淵』に達する合図だった。

 振るうはただ一つのみ。己の見える世界を聖剣に、刃の感触を己へと伝える。


「さあ仕事だ。いつものように、オレの力を受け止めろっ! ナマクラ!」

【了解なのです! ドスケベ!】


 爪先から踏む足に力を入れる。そこから脚、腰、背中、肩と力を伝達させる。筋肉を連動させる。体軸を固定し腰を捻ることで得られる回転運動。その動きに追随させながら、腕から肘、肘から手、そして指先へと力を隈無く伝う。全ての動きを(いち)にしてゆく。

 一閃。横に薙いだ。聖剣の刃先がオレのまっすぐ前方でピタリ止まる。斬先の薄刃は螺旋を(ほど)き、それぞれが別の直線軌道を描き伸展を始めた。深層にまで斬りこんだ。見た目触れずとも、刃はヤツらのさも美しいであろう(はらわた)に充分届いていた。

 一撃で向かってくる全ての使徒を、逃げる隙すら与えず根こそぎ刈った。逃げようと思考する(いとま)すらなかっただろう。蒼く透明な水晶の剣に視線を向ける。イカれた力だった。

 次はあれか……。断ち切られ這い(つくば)る使徒の向こう。大地に横たわり未だ健在の主神を見据える。この状況でなお衰えない存在感。圧迫感。今度は聖剣を突き刺し、オレは魔剣を両手に取った。そして、右脚を前に真っ直ぐ頭上に振りかぶる。隙間ができそうなほど軽く握ると、全く光を反射しない直刃はゆらゆらと揺れた。

 その時だった。深層に届くほど感覚が研ぎ澄まされたせいだろうか、ぼやりといくつもの顔が浮かび、そして声が聞こえた。


── 護る(つるぎ)、しかと渡したぞい。達者でな、未熟者。


 ジェイクトだった。ジジイは皺だらけの顔で笑っていた。

 アンタが鍛えてくれたお陰だ。アンタから受け継いだ強い者に抗う術。お陰でオレはこうして戦えている。助かったよ、ジジイ。


── 娘を頼むよ。


 次はカムランだった。

 そんなもん約束にすらなんねえよ、カムラン。もともとオレは、そのつもりだったんだからなぁ。

 そして代わる代わるオレに声を掛ける。


── すまない、ダンナ。これから世界のほとんどがダンナの敵に回る。


 世界どころか、神サマまで敵に回しちまった。アンタもここまでは考えてなかったろ? オレこそ(わり)いな、ヤーン。まあ、ここまでやっちまったんだ、やるしかねえよな。国を興すしかねえよな。オレ達みたいな半端者(はんぱもん)でも静かに暮らせる国をな。


── もう誰も傷つけないで下さい。


 サクヤ、アンタは無茶苦茶だ。だが、それでもアンタは疑問一つ持たず、成し遂げちまうんだろうな。その馬鹿正直で一途な思い、狂った戦場では尊い。尊敬するよ。


 自警団の面々。傭兵仲間。町の人々。今まで携わってきた人が、次々とオレの頭を行ったり来たりしやがる。そして最後に、陶磁器で出来た人形のように白く華奢な女神の姿が、オレの頭に現れた。


── 私を護って下さい。


 ああ、そうだなニース。望むところだ。ウザったくなって嫌になって、もういいなんて言いやがっても、それでもオレは孫に嫌われたジジイのように(まと)わりついて、そしてアンタを護ってやる。約束だ。


 オレの中には多くの人間がいた。コイツ等がいなければ、オレは何もできなかった。オレは孤独だと思っていた。孤独故に強いと勘違いしていた。だがそうではなかった。ずっと一人ではなかった。たくさんの人に護られていた。護ってくれていたのだ。



【わは? わは?】


 魔剣の意思、クトゥネペタムの声に頭の中で答える。アンタの言うことは、全然分からねぇよっ! と。

 そして声を張った。


「しっかり躾けてやんな。 ゲテモノ喰い!」


 揺れる魔剣がぴたり止まる。オレはそのまま、すっと振り下ろした。斬先がとんっと地面に触れる。『式』を斬るに別段剣を振る必要はない。『式』はどこにもない。別の言い方をすれば、全ての場所に霧のように漂っている。だから理解すればいい。『式』を認識し『式斬』を創造する。すると聖剣や魔剣、オレが力を伝えられる武器に限定されるようだが、持っているだけで斬れてしまうのだ。剣を振るう行為は儀式でしかない。儀式をしてより明確に、より詳細に『式斬』を意識させるだけなのだ。

 そして今手にしている一振の剣は、認識までもをまるごと喰らう。まるで『式』を喰らうために存在している武器。この状況に於いて最も適した武器だった。


「よくオレに付いてきてくれた。ありがとうよ、クトゥネペタム」

【わい〜。いきなしそしたこと喋べられればだっきゃ、めぐせくてまいねじゃ】


 言うことは相変わらず理解できない。だが、礼を述べたオレに魔剣の満足気な感情が伝わった。


「行動不能。再生不能。活動を停止します」


 『式』と同時に主神も真っ二つに割れた。そして魔剣に喰われているのだろう、腐食が急激に始まったかのように斬り口から黒ずみ崩れ落ちてゆく。オレは遠くで巨大な赤ん坊の肉体が蝕まれてゆくさまを、やや呆け気味に眺めていた。

 なるほど、己の体を依代としたのか。だからニースに干渉されることなく『式』を組めた。場を制されたというのに、ほんの少しとはいえ力を流せた。僅かな可能性に賭けたのか、微かな期待を抱いたのか。こうなることは分かっていたろうに。神ってヤツはどいつもこいつもいけ好かない。偉そうにふんぞり返りながら、無垢なガキのように自分の優位を疑わない。その分、逆境におかれると、たちまち萎えて怖気づく。まるで魔術師のクソ野郎共の親玉だ。だがコイツだけは、それほど嫌いにはなれなかった。それでも、祀ったり拝んだりする気にはなれなかったし、褒めてやろうとも思わなかった。


 殺気が消えた。荒れた空気が凪ぐ。それを察知したオレは、大きくふう〜っとため息に近い息を吐いた。首をこきこき鳴らし、聖剣をひっこ抜いた。

 仕切りなおしか。と、頭の中で呟いた。使徒を一掃させたところで、残念だがまだ終わらない。なぜならニースは場を制したこの状態を、いつまでも維持できるわけではないと考えたからである。

 『式』が途切れれば、今この世界に押さえつけられている使徒は『楽園』ってところに戻る。そして気が向けば新たな器に乗り換えて、ここに来るかもしれないのだ。いたちごっこの始まりである。音を上げたほうが負けなのだ。そしてその遊戯は、オレ達に圧倒的に分が悪かった。

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