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女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第6章 神の宴編
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episode 18 因果

 カイムは確かめるように力をふるう。剣を振り『式』を組む。

 フチクッチに乗っ取られた自身の器によって消滅させられたはずのカイムだったが、その寸前、術は完成し器への帰還を果たしていた。だが、即興で組んだ術であるが故完全には程遠く、拒む器と先に器に侵入したフチクッチとを相手取り、支配権を巡る三つ巴の綱引きをしていたのだった。見事器の拒絶と老魔術師の精神を飲み込んだ形となったカイムが最初に目にしたものは、女神に押し寄せる使徒の一群だった。カイムはすぐにニースの意図を察し、情況を理解した。おそらくは自分も同じ境遇に立たされたのなら、同じ行動をとっていたであろうからである。


「カイム、矛を収めよ。して、余の話を聞けい」

「聞くまでもないよ」

「分かっておるのか? 事は重大なのじゃ。ここにいる皆の命運がかかっておる。それは無論お主も含まれておるのじゃ」


 居丈高に見下し宣うエクバタナに、当然と言わんばかりにカイムは鼻を鳴らし、そして、彼にしては珍しく腹を抱えクックックと笑いを溢した。


「根源に近い事象ほど、干渉すれば大きな矛盾を生む。当然因果なんかに手を出したら、ただじゃ済まないよねぇ。下手をすると全てが綺麗さっぱり消えてしまうかもしれないねぇ」

「笑っている場合ではなかろう。貴様もニースを止めるのだ」

「嫌だね」

「何をっ!」


 怪訝に顔を歪にする横柄な態度の使徒に、皮肉げな笑顔を向ける。それは挑発とも取れた。


「何故ニースがあんなことをしているのか、キミ達は分かっているのかなぁ」


 エクバタナが黙る。


「キミは? キミは? じゃあ、キミは分かるかい?」


 次々とカイムは他の使徒に視線を向ける。向けられた使徒は、俯いたり、歯噛みしたり、視線を右上に泳がしたり、口ごもったりと各々煮え切らない反応を見せている。だが主神だけ明確に言葉を返した。


「ニースの行動理由・不明。『式』の解析・因果に干渉していますが詳細は不明」

「ナルホドねぇ」


 カイムはここで肩を竦めた。そして一呼吸置いた後、再び話を続ける。


「ニースはオッサンを生き返らせるつもりなんだよ。で、ボクはこれから彼女の手助けをしようと思ってるんだ」


 エクバタナは傍らの主神に目線を向けた。その意図を察知した巨大な赤ん坊は、立てた予想を淡々とした口調に乗せた。


「オッサンとは先ほど消滅した高度生命体Aを指すと推測します」

「何故っ!」


 エクバタナは主神から目を切り、再びカイムを見下ろし怒声を張った。不思議に思いもした。人間は神々にとっていわば餌にしかすぎない。死すればその魂は僅かではあるものの己を生きながらえさせる。だがそれより怒りが勝った。そんな卑小なモノとこの世の全てを天秤にかける愚かしさに憤怒した。その目は血走り、その体は強ばっていた。


「ニースのことを言っているのかい? 本人に聞けば一番なんだろうけど、忙しそうだから答えないよねぇ、たぶん。仕方がないからボクが代わりに答えるよ。彼女はねぇ、恋をしたんだ。そしてそれを叶えるつもりなんだよ」

「戯言を。な、なれば、き、貴様は何故肩を持つ」


 一本脚の使徒はカイムの言葉をまるで信じていなかった。おちょくられたと勘違いし、口が力み、(ども)る。そして全身から怒気が放たれる。それをカイムは涼しい目で受け流した。


「ボクはねぇ、キミ達の困った顔が大好きなんだよ。それにボクだけが勝手に思ってることかもしれないけどオッサンはねぇ、友達なんだ」


 カイムから笑顔が消え、表情は固く引き締められた。強い眼差しに周囲の使徒が怯む。一拍置いたあと、エクバタナの震える唇がぎこちなく動き出した。


「愚かなりニース。愚かなりカイム。人など泡沫が如き存在よ。理由は分からぬが、そんなものに懸想するとはな。人の世に閉じ込められ人に()てられよったか? いい漁場と思っていたのだが、どうせカイムの創りし忌むべき世界。こんな世界などもう要らぬ。ヤツらもろとも滅ぼしてしまえっ! 主神よ、今こそ『(せん)』を発動させよっ!」


 全ての使徒は慄然とした。その多くの使徒がエクバタナに目を向けた。ある者は驚き目を見開き、ある者は激怒し目を吊り上げた。だが次の瞬間、面を被せたかのように表情が消え失せた。


「『殲』発動。これより管理下にある全ての使徒を支配、統制します」

「はははははっ! 全て滅びてしまうがいい!」


 エクバタナの高らかな笑声に反し、静かなる狂気がニースとカイム、二体の使徒を覆う。潮が満ちるように、ひたひたと押し寄せてくる。


「今のキミは本当に凄いよ。ためらいがない。迷いがない。淀みがない。本当に因果に届いてしまうかもしれないねぇ。だけど、キミばかりにいい格好はさせられないねぇ。ボクはねぇ、オッサンと約束したんだ。ボクは隠し事は好きだけどウソはねぇ、嫌いなんだよ」


 空を見上げたカイムは、ニースに向けるべきであろう言葉を口の中で独りごちた。





── ある強い雨の夜 暗い洞窟の奥で 私はあの人に出逢いました


 ニースの咽から透き通った声が発せられた。これまで封をしてきた自分の想い。それを言葉に込め、その言葉を『式』にした。


── 消え入りそうな小さき光に導かれ 私は再び大きな光のもとにその身を置きました


── その小さき光は疵だらけで 深い闇の底 静かに沈んでいました

── 触れたい 抱きしめたい ですが私にその力はありませんでした

── 私は誓いました ならば ただそっと寄り添おうと


── 希望の眩む歪んだ世界 わずかに与えられた 暖かな日々 それが崩れようとも

── 時に導き合いました 時に支え合いました 時に笑い合いました 時に怒り合いました

── 僅かな希望を求め 抗い 闘いぬきました


── あの人の深い闇に触れ この世界を歪めた罪を深く感じました

── あの人の深い瞳に見詰められ 自らの罪を許されたと感じました


── そして 私は 生きる喜びを知りました

── そして 今 生きる苦しみ知ってしまいました


 感情が昂ぶる。咽が詰まり声がこもる。呼吸が不規則になり言葉が途切れる。本当はそっとしてあげた方が……、そんな思いがかすかに過る。だがそれでも続ける。今のニースにはそれしかなかった。クーロンともう一度……。それ意外の選択肢は考えられなかった。


── この世界を覆う大いなる意思よ この世界に散らばる小さな心よ 皆 聞いて下さい


 それでも頭は冷えていた。自分の力だけでは到底成し得ないことを悟り、ニースは己が護ってきた世界に訴えかけ始めた。僅かな手立てを紙縒りのように紡ぎあわせ、何がなんでもクーロンを生き返らせようとしていた。


── 無欲な人 優しい人 純粋な魂 無垢な生

── 自身をも蝕む力 深い闇 滅びの試練 残酷な運命


── 私は知っています あの人となら歩んでいけることを

── 私は知っています あの人となら永遠を共に出来る事を

── 平穏を与えたい 安寧を与えたい

── 護りたい そして護られたい 心穏やかに生を全うさせてあげたい

── だから私に 力をください

── 因果に漂うあの人に 私の力を届けて下さい

── あの人の心と体 この両腕に届けて下さい


 神とは思えぬ独りよがりな想い。歪で我儘な願望。矛盾を孕んでいることくらい、当然承知している。だがそれでも心を曝け出し願い請う。

 その時である、何らかの力が自分を押し上げたように感じた。


── ありがとう……ございます


 願いが届いたのかどうかは分からない。それに世界が応えてくれたのかも分からない。だが、ニースは感謝の言葉をぽつりと述べた。そして再びあらん限りの『力』を込め『式』を紡ぐ。

 『式』は小さな孔を穿つかのように、強く固く引き絞られてゆく。だが、未だ、遠い……。


 ニースは想い出す。何気ない会話。カップに立つ湯気。すする音。軽い嫌味。拗ねた笑顔。

 ニースは想い出す。四つの足音。白い息。冷たい手。草の匂い。風の匂い。背中越しの星の瞬き。

 ニースは想い出す。交わす怒声。崩れた大理石。緊張に滲む汗。固く握りしめられた剣。優しい瞳。

 ニースは想い出す。重なる手。交わる視線。鼓動の音。触れる吐息。

 ニースは想い出す。凍てつく吹雪。血の臭い。蹂躙する剣戟。そして……温かい背中。

 川面に浮かぶ落ち葉のように、ゆらゆらとふらつき浮き沈みを繰り返しながらも、ゆっくりと育ててきた男への想い。その一つ一つが力になることを信じながら、想い出を大事に大事に心に描いてゆく。徐々に近づくクーロンの気配。だがそれでも、遠い……。


── 私の『存在』 神の使命 世界の命運 今の私にはどれもが霞んでいます

── ただ あなたのそばに居たい

── 約束 忘れてませんよね?

── 私を 護ってくれるって言いましたよね?

── 結婚 してくれるのですよね? 本当に お嫁さんに してくれるのですよね?


 隠してきた恋慕。言い出せずにいた言葉。添い遂げたいという願望。人ではない後ろめたさから、想いを閉じ込めていた。今、その蓋を開け、詠唱として刻む。今度は自身の心を裸にし、ただ一人の人間に欲念を込め訴える。


「ここまで堕ちたか、ニース。約束? 結婚? たかが下らぬ人間の、たかが下らぬ風習。そんなもののために全てを無に帰す気か。止めよ。今すぐ『式』を解くのじゃ」


 『殲』発動後唯一意識を保っていた使徒エクバタナは、蔑む声を響かせ、本当に人などに中てられたのかと侮蔑した。だがそうしながらも恐怖に煽られていた。因果に届けども、矛盾を解消しない限り全てが滅する。高飛車に振る舞うも、必死だった。


── なら 戻ってきてください 私は ここにいます

── お願い お願い……


 エクバタナの言葉を否定するかのように詠唱は続く。

 特別なことは何もない。クーロンと共に重ねた何気ない日常。そこに零れる少しの幸せ。それさえあればそれでいい。それは、彼女のこの上ない希みであった。だがその希みは、今、あまりに遠い。


── 声 聞こえてますか?

── 想い 届いてますか?


 それは、もう詠唱と呼べるものではなくなっていた。舞も終わっていた。両手の拳を固く握り、遥か空を仰ぐ。一人に向ける強い想いが、飾らない言葉となる。


── 聞こえているのですよね 届いているのですよね

── だったら……


 飾らない言葉が、淀みない力となる。淀みのない力が、とうとう因果を穿ち始める。

 カイムは使徒と対峙しながら、ひりつくようなニースの『力』を全身で堪能していた。そして、無意識に口を横に大きく開き笑顔を見せていた。


「だったらさあ、黙ってないで助けてよ。何とかしてよ! あなたがいないと寂しくて、がまんできないよ!」


 それは、狂おしいほど悲痛な叫びだった。ニースは咽を嗄らし、千切れんばかりに右手を伸ばす。しかしもう少し。あと少しが届かない。手詰まりに、眼の色が絶望に染まりかけた。その瞬間だった。ふわりと背中を押す力を感じとった。緩やかに穏やかにニースを押す優しい力。芯から自分を温めてくれるような、そんな力だった。そしてその力に覚えがあった。

 掌に、節くれ硬くなった分厚い掌の温かい感触がした。握りしめるも、強い力に引き剥がされてするすると滑ってゆく。あっという間に指先まで到達し、抵抗むなしく指先がするりと抜けてゆく。

 ニースは諦めきれずに、虚空を何度も(まさぐ)った。その時だった。自分の手をがっしりと握りしめられたのは。


 ニースは力を使い果たし、そのままその場に崩れ落ちた。仰向けに倒れ、伸ばしたままの震える右手を左手で握り胸に抱く。大切な何かを抱きしめるように。

 どさり、音がした。ニースの傍らで、胸から下、砕けたように体の大凡を失ったカイムが、同じように仰向けになり倒れていた。手に握られていた二つの剣はそれぞれ離れた場所で、役目を終えたかように地に突き刺さっていた。


「カイムさん、無茶が過ぎます」

「今更だよねぇ。ボク達は三千年の(あいだ)、ずっと無茶ばかりしてきたじゃないか」


 ニースのか細い声に、カイムの弱々しい声が返る。互いに力尽き、互いに動かずに、互いに空を見詰めながらそれぞれ言葉だけを交わした。

 上空では主神が式を組んでいた。再度発動される『神鎚』。神をも滅ぼす膨大で煩雑な式をニースは仰ぎ見ていた。そしてカイムに小声で言った。


「そうかもしれませんね。ですけど、カイムさん、本当にありがとうございます。あなたのお陰です」

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