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カウンターの片隅にて 4

「おいおい、マジかよ」

 睨み合う二人を見てギルが立ち上がろうとカウンターに手をついた。それを横目で見たアンビエッタが僅かに笑う。

「いいのよぉ、二人は飲んでて」

 柔らかな髪がゆらりと揺れ、それを合図にしたように寒気が襲った。威圧されたのではなく冷気を感じたのだ。

 パキリ。

 その小さな音へ振り向くとカウンターに置かれた彼女のグラスの足元が凍りつき、液体を地面に叩きつけたように凍結部分が広がった。あまりにも一瞬の出来事だったので俺もギルも反応が遅れ、その凍結に片手を巻き込まれてしまった。

「なんだこりゃ」

 ギルが慌てて腕を引くが厚みを持ち始めた氷はびくともしない。俺の右手も煙草を持ったまま氷漬けとなったが煙草の部分だけは凍結が無い。

 仕方なく左手に煙草を持ち変えると氷に覆われたカウンターの眼前に繊細な細工の施された氷の灰皿が精製された。

 煙を吐き出したところでアンビエッタと目が合い、彼女はウインクを送ってきた。「おとなしくしていろ」と言うことだろう。

「くそ…っ、取れねえ!」

「疲れるだけだ、やめとけよ」

 尚も氷をどうにかしようとしているギルをたしなめ、傍観することにした。


「ずいぶんと洒落た意匠にしてくれたな」

 当然、マスターは面白くないだろう。そうしている間も氷は店内を埋め尽くそうと広がっていく。

「気に入ってくれたぁ?なんなら外観も…」

 マスターが片足を少し上げ、凍りついた床を踏み鳴らす。

 ビシリと音が走ると同時に氷面がひび割れ、床と壁、天井の氷が粉々に散った。

「悪いな、好みじゃねぇんだ」

 細かい氷片が店内を舞い、幻想的な風景を作り出す。その中で二人が睨み合う。

「客に対してそんな目付きで接客するのねぇ、もう来てあげないわよ?」

「いや、これから毎日来てもらう。客としてじゃないがな」

「じゃあ、何しに?」

「製氷機代わりに」

「なるほどねぇ、私の方が上手く作れるものねぇ」

 パキパキと軽やかな音を立て彼女の掌に氷が精製される。先程マスターが作っていたような球体だ。


 ーーーやるか?

 俺がそう思い、煙を吸うと同時にアンビエッタは宙に浮かぶ球体の氷をマスターへと放つ。

 が、直撃の寸前にマスターの持つアイスピックに貫かれる。弾丸の様な速度で弾かれた物体が突然静止した状態と表現するべきか。目視も遅れる程の早業だ。

 そしてアイスピックから手を放すと一瞬遅れて柄から針から全てが凍りつき、一つの氷塊となった。もしもそのまま握っていたなら腕ごと凍っていた、マスターは瞬時にそう判断したのだろう。

 一瞥もすることなくその氷塊をマスターが蹴り飛ばし、今度はアンビエッタの顔面へと向かう。

 しかし、既に精製されていた氷の盾によって砕かれる。

 砕けた破片と盾によりアンビエッタの視界が僅かに遮られたことをマスターは見逃さない。床板を吹き飛ばさんばかりの踏み込みで距離を詰め、右拳を降り下ろす。

 氷の盾は炸裂したかのように砕け散り、すぐ後ろに居たアンビエッタの胸元に拳が突き刺さった。

「うおっ」

 ギルが声を漏らす。文句の付け所のない一撃だ。

 ーーー生身であれば。

 アンビエッタの体が盾と同じように砕け散る。氷のダミー。

 拳の感触でいち早く察したのだろうか、マスターが舌打ちをしたように見えた。

 大袈裟なほどに散らばる破片の真後ろに無傷のアンビエッタが自分の背丈ほどもある仰々しい氷槍を振りかぶっている。

 今まさに放たれようとしている槍に対してマスターは渾身の拳を降り下ろした直後。アンビエッタはこの局面で初めて満面の笑みを見せる。

『零下の妃』『氷界の女帝』様々な異名を持つアンビエッタ。彼女が畏怖される所以と言うべきか、『本物』だけが持つ『凄み』をそこに見た。

 そして、槍が放たれる。


「舐めるな」


 空を裂くような速さの槍がカウンターを抉り、様々なボトルを並べた棚に突き刺さる。その衝撃でボトルは砕け散り、床へと散らばった。

 その騒音の中で確かに聞こえたのだ。マスターの声が。

 棚から最後のボトルが床へと落ち、砕ける。その音を境に静寂が訪れた。

 二人は向かい合っている。槍の直撃はなかったようだ。

 俺は煙を吐く。煙草の煙を吸い、吐き出す。ただそれだけの間に彼らはあれだけの攻防を行ったのだ。呼吸も忘れる程に密度のある攻防が終わり、今度は呼吸が出来ないほど張り詰めた空気が場を満たす。

 マスターの右腕は巻き戻したかのように振りかぶっていた態勢へと戻っている。ただ、違っている点があるとすれば手の甲に血が滲んでいることだ。

 振り上げるような裏拳で槍を弾き飛ばしたのだろう。至近距離で槍が投げられた後にそれを行うマスターも底が知れない。

 とは言ってみたが、正直驚いてはいない。俺達にとって、この世界において当然の結果だからだ。

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