カウンターの片隅にて 3
「俺が口出す事じゃねぇんだけどさ」
いきなりギル以外の声がしたので顔を上げる。カウンター越しにマスターがロックグラスを拭きながらニヤリと笑った。
「人型ってのも悪くは無いんじゃねぇの?」
「何言ってんすか…劣等感しか感じませんよ」
ギルが毒づくもマスターは意味深な笑みを浮かべたままグラスを棚に並べる。
「人型だったらこの店に来てくれるからでしょう」
「…カンザキ、お前は本当に可愛いげが無ぇな。まあその通りだがよ」
俺が茶化すとマスターは少し顔をしかめた。
「ギルティスよ、確かにドラゴンやら魔神やらは俺達から見ればデケぇよな。到底敵いそうもない、圧倒的な力の差。同じボスであるお前さんから見てもそう思うだろ?」
「そりゃあ…もちろん」
「しかし、だ」
マスターが煙草を取り出し火を着ける。今から格好良い事を言う時の合図だそうだ。以前本人からそう教わったのだがそれを人に教えてる時点で格好悪い。
しかしそれを知らないギルは若干目を輝かせながらマスターを見ている。何となく話の流れからマスターが渋いアドバイスを授けてくれるのではないかと期待している目だ。
そういえばマスターはこうも言っていた。ギルティスは単純だから俺も気持ち良く持論を話せる。お前はひねくれてるからダメだ、つまんねぇ。と。
こんな話もしたなぁと思い出せる程にマスターはゆっくり煙を吸い、同じくらいゆっくりと煙を吐き出した。それから俺達を交互に見てからギルに告げる。
「そんな化物級の奴等を倒すのはいつだってこういうちっぽけな存在だろ?」
ギルはその言葉に唖然とし、マスターは自己陶酔中。俺は煙草に火を着けた。そしてしばしの沈黙。
「…あ?何か言えよ」
若干笑みがひきつったマスターがそんなことを言い出した。溜め息と共にギルが毒づく。
「俺達はボスなんですって、主人公じゃ無いんですよ…」
「…んなこと分かってるよ。お前らもう帰れ」
単純だと舐めていたギルに噛み付かれ面食らったマスターは乱暴に煙草を消し、捨て台詞と共に離れていった。
「でも…俺達人型にしか無いチャンスってのもあるんだよな」
「あぁ、あるな」
「お前も俺もそれに乗れる可能性はあるよな」
「あると思うぞ」
「よし、よしよし。少しモチベーションが上がったぞ…」
何やらやる気を出したギルに「俺達は待つことしか出来ないけどな」とは言えなかった。彼が言うチャンスと言うのは少々特殊なケースの仕事であり、ボスとして創られた俺達が主人公や仲間、もしくはライバルとしてスカウトされる事だ。
もちろんボスの世界があるように主人公の世界やライバルの世界というものもある。基本的にはその通りに配役が選ばれるのだがごく稀に変則的なキャスティングがあるのだ。例えば、ある物語の外伝としてボス側から描かれるものがそれにあたる。何度も言うがこれはレアケースだ。
「俺らのナリだったら主人公は無くとも仲間…ライバルくらいだったら出来そうだよな」
「そうだな」
「これがマスターの言いたかったことかなぁ…やっぱ渋いぜ」
「それは違うと…いや、そうかもしれないな」
否定しようとしたが無言で氷を削っているマスターが妙な圧力を放ってきたので止めた。
「ただ者じゃねぇとは思ってたけど言葉の深みが違うよな、きっととんでもねぇ仕事をしたんだろうな」
知ってるか?とギルが俺を見るがマスターの素性と言うのは俺も知らない。この世界に居る以上ボスなのだろうが古参ということしかわからない。
「マスターって」
「仕事の話はしねぇよ。過去の話だ」
興味津々にギルが聞こうとしたがすぐに遮られた。ギルは口笛を鳴らすと「やっぱ渋いわ」と感心していたが俺はマスターのアイスピック捌きに少し動揺が見えた。
「何の話ぃ?私も混ぜてぇ」
木製のドアが開き、妖艶な美女が滑るように店内に入ってきた。重力を感じさせない程に(実際宙に浮いている訳だが)掴み所のない動きでカウンターの上に腰かける。
「あ、姐さん」
「あら、ギルちゃんにカンザキちゃんじゃない。おひさー」
ねっとりとした口調で手を振る彼女はまさに悪魔と言える風貌をしている。深い海のように蒼くウェーブのかかった髪に湾曲した角。布なのか何なのか良くわからない物でその扇情的な肢体の隠すところだけを隠している。それでいてとろんとした眠そうな垂れ目と悪戯っぽい八重歯があどけなさを感じさせアンバランスな色気を醸し出していた。尤も、この世界で彼女は古参であり、それ故に全員が見慣れているため今更そこに注目することはないのだが。
「何の用だ、アンビエッタ」
「何ってぇ、飲みに来たに決まってるでしょ。ワインちょうだい」
彼女はそう言うとカウンターを指で叩く。するとパキパキとその部分が凍り出し、みるみるうちに氷のワイングラスが出来上がった。
これが彼女の飲み方だと知っているのか驚いた様子もなくうんざりとした様子のマスターはワインを注ぐ。嬉しそうにグラスを持つ彼女の小指はすらりと伸び、その芸の細かさに感心した。
「二人とも飲んでるー?」
するりと宙を滑り俺達の間へと入ってくる。カチンカチンと乾杯をすると彼女は非常に満足そうだ。
「私に遠慮しないで付き合ってくれる子は君達くらいのものよぉ」
同じ人型でも彼女はベテランであり未だに売れっ子である、出演作品がシリーズ化され、主人公勢とも交流がある立ち位置が幸いして息が長い。更には『魔女の茶会』と呼ばれている一団(厳密には魔力を有する女性型のボスの集まりで少数ではあるが絶大な能力を持つ者達のみで構成されている)に名を連ねているのだ。
大半はそんな彼女を見て畏れ多いと距離を置くか、人懐っこい性格が仇となり疎まれるのだという。
「お前の同期に人型は居ないんだもんな」
マスターがまた氷を削り始める。
「そうなの。みーんなドラゴンとか魔神とか、すごい大きい樹ってのもいたわぁ」
そう言って挙げられた名前はボスの中でも大御所と言って良いものばかりだった。さすがに古参は強いと再認識せざるを得ない。
「それでぇ?何の話してたの?」
ガリッ。
マスターの削っていた氷が抉れた。もう少しで綺麗な球体が出来上がる直前だったが、失敗するのは珍しい。
「マスターの仕事についてですよ。俺達も長いことここに入り浸ってるけど知らなくて」
「ふぅん?」
ギルがそう言うとアンビエッタは悪戯っぽく笑う。
「マスターは結構昔からいるからねぇ、ここの住人の半分以上は後輩のはずよぉ」
「え、そんなに?」
「私より少し遅れてここに来たの、懐かしいわぁ」
ギルが驚く。俺も内心驚いた。アンビエッタと同じ位だとすれば相当な古参であり、マスターがそこまで長くいたとは思わなかったからだ。
「本人は隠したがってるみたいだけどぉ、初仕事、私は知ってるんだなぁ」
ぺろりと唇を舐め、アンビエッタが笑う。
「えっとねぇ…」
口を開くや否や俺達の間のカウンターにアイスピックが振り下ろされた。直前までそこに腰を下ろしていたアンビエッタの姿は既にそこには無く、カウンターから離れたテーブルに座っていた。
「やっぱり怒ったぁ」
さぞ楽しそうに笑うアンビエッタ。
「お前な、カウンターは座る所じゃあ無いんだよ」
怒気を滲ませマスターがホールへと出てきた。
恐らく二人はやり合う気だ。正直、非常に面倒なことになってしまった。ギルを見ると「俺のせいか?」とおどおどしている。
ボス同士の喧嘩はある理由から厄介な結果になることが多い、止めることは出来るが…。
さてどうするか。