カウンターの片隅にて
「なぁ、カンザキ」
暖色の店内、長い木製のカウンターの隅で静かに飲み始めてしばらく経った後、隣に座っている男が口を開いた。
「…なんだよ、ギル」
俺は7本目の煙草を灰皿に押し付け、宙に煙を吐き出して隣の彼、ギルティスに視線を送る。が、いざ話に乗ってみると彼はグラスを傾け、中の氷が滑る様を見つめていた。
何も言わず胸ポケットから煙草を出し口にくわえるとギルが黒い紋様に埋め尽くされた手を伸ばし煙草の先で指を鳴らした。
刺々しい破裂音と共に黒い、自然界では有り得ないだろう塗り潰したような黒色の雷光が眼前で走った。俺はゆっくりと息を吸い、煙を肺に送る。
「昔は加減が分からずに消し炭にしてばっかだったよな。覚えてるか?」
「1カートンじゃ足りないくらいにはその練習に付き合ったのは覚えてる」
掌を見ながらしみじみと語るギル。俺は黙って煙を吐き出す。
「何度かお前の顔を焼いたこともあったよな」
「…そんな話をしたかったのか?」
この一言が沈黙を生んだ。
空気が悪くなった訳でも険悪なムードになった訳でもない。ただ、本題を話すのかそうでないかをはっきりさせたかった。
「わかってるだろ、カンザキ。シリアスな話だ。相応の準備とか、心構えってのが必要なんだ」
ギルは先程と同じように空いたグラスを見つめて自分に言い聞かせるような口調でそう言った。そしてマスターに視線を送り「同じのを」と告げ、グラスを置いた。俺を横目で見て俯きながら頭を掻き、それから溜め息と共に口を開く。
「…俺達の世界じゃそれは仕方の無いことだ。身内でもそれを聞くのは暗黙の了解として禁句の一つになっている。だけどな、聞かせてくれよカンザキ」
腹を括ったように俺を見据える。俺の返答を含め、ここからは早かった。
「ああ、早く言えよ」
「…お前、最近仕事したか?」
「してない」
「だよな!良かったぁ… 」
一転して緩みきった顔になったギルはマスターからグラスを受け取り大口で飲み始めた。
「…美味いのか?それ」
「俺は好きだね。マスターのセンスが良いんだ。飲んでみるか?」
「いや、梅酒だろ?甘いのは苦手なんだ」
自分と同じ境遇だと知ったギルは上機嫌になりいつものテンションへと戻った。生来のお調子者である彼が神妙な面持ちで話をするときは殆どこの話題であり既に何度も同じような会話をしてきている。
「大体よ、おかしいんだって。本当に俺らボスなのかよ。他の奴等と比べて威厳っつーかオーラが無いんだよ」
この話を始めて導入部分が終るとギルの愚痴が始まる。ここの内容も殆ど代わり映えがしない。灰を落としてから煙草をくわえ、適当に相槌を打つ。いつもと同じの簡単な作業だ。
彼が言うように俺達は「ボス」である。ボスと言っても「首領」という意味ではなく、物語の節目節目に立ち塞がる越えるべき障害という意味のボスというものだ。尤も、ここにいる連中は全員同じようにボスであり、この世界はボスしかいないボスの為の世界だ。物語というのは小説、アニメ、ドラマ、ゲーム等あらゆる媒体を差し、それに参加することを「仕事」と呼んでいる。
しかし物語と同時に俺達が生まれるのではなく、クリエイターと呼ばれる大きな力、我々にとって神や創造主と言っていい存在が我々を創るのだそうだ。そしていざ物語が出来上がった時に俺達の中からその話の敵に相応しい者が選ばれるという訳だ。
つまりこの世界はボスの待合室であり、俺達はただ選考に受かるのを待っている形になる。時間の概念が無く、娯楽に困ることは無いがそれでも仕事が無いと言うのは退屈なものであり、まさにギルがその状態だが仕事から離れすぎていると自身の存在理由等を考えてしまうのだそうだ。
無限に広がるこの世界で無限に生まれるボス達の中から選ばれるのに必要な要素は何を置いても生まれだろう。自分を作ったクリエイターがどれだけ自分を作り込んだかが重要となる。所謂自身を形作る設定と言うもので、仕事が少ない者はこの要素に魅力が無い場合が大半だ。
俺もギルもそんな魅力無いボスなのである。
初投稿となります。何となくの思い付きが全ての作品ですが読みやすい短編集を目指して書いていきます。