序幕
幾多もの声が、谺していた。
其の大半を占める鬨を初め、応、哀、怒、鳴。そして、静。様々な声が、其処で飛び交っていた。
元は確かに言葉だったのだ。しかし、万を超える其れ等は、まるで意志を持つかのように、一つで在る事を拒んだ。
生死が容易く流転していく、戦場という此の地で――。
* * *
元亀元年四月二十日。
今や激動する時代の中心と成りつつある織田信長が、盟友三河の徳川家との三万もの連合軍を率い、京を出陣した。
連合軍の進軍先は、越前。
織田信長は同年の一月に、将軍・足利義昭に対し九ヶ条に亘る覚書を承認させ、天下の実権が自身に有る事を示す。
しかし、そんな信長による上洛命令を幾度に亘り無視する大名が居た。
其れが越前国を支配する、朝倉義景だ。
当初は、義景の此の行為に目を瞑っていた信長であったが、桜の花が咲き始めた此の月。ついに堪忍袋の緒が切れた信長は、越前への侵攻を表明。
そして来る二十五日。
織田信長は越前国・敦賀へと攻め入り、手筒山城と金ヶ崎城を連日で陥落させる。正に、鬼人ともいえる強さと勢いを世に知らしめた。
連合軍は然る事ながら、敵側朝倉勢までもが、既に信長の勝利を確信する程の戦況。此れが覆る事になろうなぞ、一体どれだけの人間が考えていただろうか。
時代の力を振るう者。そして、其れに抗い足掻く者。
後者に属する彼もまた、自身の流転する運命に縛られ、其処に居た――。