桜が散る前に 春が終わる前に
桜が散る前に君に伝えたいことがある。
ぼくは人の波をかき分けて、一直線に君の元へ行き、その細い腕をとった。
びっくりした顔でぼくを見つめる君は恥ずかしそうに少し顔を赤くしたね。
だけど、周りの冷やかす声が聞こえないくらいぼくは緊張してたんだ。
そっと手を引き、人気の少ない、桜の木の下にたどり着く。
察しがいい君ならこれがどういう行動なのかもうわかってるんだろうな。
いや、察しが悪くてもわかるよな。
そんなことを考えていると、君はほおを染めたまま、きれいだね。と桜を見て言った。
ぼくは、そうだね。と返す。
君の方がきれいだよとかクサすぎて言えるはずがない。
心臓がバックンバックン言ってる。だってこれからそんなクサいセリフよりもっと恥ずかしいこと言わなくちゃいけないから。
緊張で声が震える。どころか指先から足もガクガクブルブル震えている。
逃げてんだろうな。関係ない蛇足のような話だけが口からポロポロ溢れ出てくるんだ。
…ねえ、覚えてる?
この3年間いろいろあったよね。初めて会った入学式。助けてもらったテスト期間。海へ行った夏休み。みんなで行った修学旅行。ぼくが応援団長を務めた体育祭。そして、今日、卒業式。
楽しかった思い出がフィードバック。今思い出すとどれも微笑ましい。
一つ言えるのは、ぼくのすべての思い出は、結局君との思い出だったってこと。
蛇の足のような無駄な話でもぼくにそれを再確認させてくれたよ。
…決意は固まった。
待たせてごめんね。と言うと君は、頑張って。と返してくれた。
君の笑顔はいつでもぼくに勇気をくれた。もちろん今、この時も。
ぼく、大学は諦めて、就職することになった。だから、一緒に行けないんだ。
一息に言った。目を見開く君。お茶を濁すように薄く笑うぼく。
うちさ、貧乏だからさ、想像以上に苦しいみたいで…。僕も働かなくちゃきついみたいなんだ。ごめんね、勉強教えてもらったりしたのに…。
分かってるよ。
君は優しいから、悲しそうな顔をしてまるで自分のことの様に泣くんだ。
ぼくが受験勉強に当てた時間を知っているから。
君と一緒のとこに行こうと僕が背伸びしたのも知っているだろうから。
泣いても笑ってもぼくの青い春はもうすぐ終わってしまうってのは分かってるし、この卒業式でそれが最後だとも思う。
だけど、その最後が君の泣き顔なんてあんまりだ。
桜が散る前に君にもう一つ、伝えなきゃいけないことがあるんだよ。
…泣かないでください。よろしければずっと隣にいさせてください。一生かけてでももらった幸せを返します。
これもまた一息に言って、照れ隠しに思い切りお辞儀した。
今のぼくの顔は君の顔の比にならないレベルで真っ赤だ。
それを聞いた君は泣きながら笑い、なんで敬語なのよ…バカ。とつぶやいた。
そして、涙をぬぐってから、はっきりと、幸せにしてください、って言った。
桜の花びらが風に乗って天高く吹いていく。
唯一の後悔は好きって言えなかったことだけど、それはまたの機会にとっておこう。
桜は散った。ぼくの青い春は終わった。