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草食系も画策することがある

作者: akiyama

あれ以来、恥ずかしさのあまり避けていた恭太郎に連れ去られてしまいました。危うし?

 芸術の秋とか、食欲の秋とか、勉強の秋とか世間では秋にはどんなことでもできるという信望者が多い。

 確かに、身動きするだけで滴り落ちる汗が出る夏には体力も気力も削られるけど。

 私には、秋といえば、学園祭ではないかと思う。

 多くの学校や学園では、この時期になると学園祭が行われる。

 私の通うお嬢様学園も例外ではない。

 ただし、お嬢様学園なので、その費用のかけ方も凄まじい。

 多分に、見栄があるのか、学園で用意する費用よりもお嬢様達の実家の協力がすごいのである。

 例えば、我がクラスの出し物は喫茶店だとする。

 食品メーカーの会社の令嬢は、自分のところの自慢の逸品である、高級スイーツを売りにすることを提案する。もちろん善意の寄付なので仕入れは無料。

 他の令嬢が店内に置く、インテリアとして、自宅で倉庫にしまっておいたという高級アンティークを貸出してくれると言ってくれているし。

 もはやそこらへんの喫茶店ではたちうちできないほどの、高級感溢れる内装ができあがってしまったのだ。

 問題は、味である。スイーツはできあがっているものを使えても、コーヒーや紅茶を美味しく入れれなくては片手落ちというものだ。

 



 お嬢様達は、皆美味しく入れてもらえることに慣れていても美味しく入れることは不可なのである。

 そこで、この喫茶店を成功させるべく、特別なチームが作成された。

 学園祭の喫茶店の裏方班、クラスの中では比較的庶民派として普段から料理や自分自身でお茶を入れることになれている子を選抜したのだ。

 もちろん、父親が会社の社長でもない、私も選ばれた。

 



 お嬢様ではあるのだが、万里香嬢も一緒である。万里香嬢は、若手俳優の新垣大輔との婚約も決まったために、只今絶賛庶民の暮らしぶりを習っているのだそう。

 要するに、普通に家事を覚えているといったところだが。

 この裏方班で、お茶やコーヒーの専門家の講義を受けることになった。

 


 裏方班ではないのだが、私の親友である堂山レイナも参加はしている。

 というのも専門家というのが、堂山家のプロフェッショナルな執事である山崎さんだからだ。

 堂山家で、お茶やコーヒーをご馳走になるたびに私は感動していたので知っている。山崎さんの仕事は超一流であることを。

 香り、味とにかく、何もかもが素晴らしい。

 まあ、所詮付け焼刃ではあるし、私達が入れても山崎さんクラスになるには到底時間が足りないが……。それでも他のクラスとは違う呼び物が必要である。

 



 この講義は、あまり時間がない山崎さんに配慮して、堂山家で行うしかなかったのだけが、苦痛だっ。た。主に私だけだけど。恭太郎に会ってしまいそうで。

 実は、例の別荘での件以来、恭太郎とは会っていない。否はっきり言って避けていた。

 別荘では、最後まではされていない。それは確かだけど、それ以外の恥ずかしいことは、たくさんされた。

 もはや羞恥プレイと言って良いレベルであった。

 あれ以来、顔がまともに見れない。

 なので、今日も恭太郎が絶対に忙しくて昼間は家に戻ってこないといってくれた日を選んだのだ。

 レイナの情報は正確だったようで、山崎さんの講義も無事に終わり、裏方班はその技術を見させてもらい感動し、コツなどを教えてもらい何とか山崎さんも納得してくれるレベルにまであげることができた。




 喫茶店は、少々流行のピークを過ぎている感が否めないがメイドさんのいる喫茶店である。

 メイド用の衣装はすでに、人数分が用意されている。しかも一流のアパレル会社が用意してくれた。

 当然これもまた、善意による寄付であり費用はかかっていない。

 喫茶店が上手くいけば、相当の売上が予想されるのだが、別に自分達の利益にはならない。

 なのに何故こうも、各自で頑張るのかというとそれは、晩秋に行われる持久走大会というやたら地味でしかも辛くて苦しい大会を避けるためである。




 学園祭で貢献したクラスはこの持久走大会を見学していても許されるという。ただそれだけのために学園の多くの生徒が奮闘している。

 



 そして、明日はいよいよ前夜祭となっている。

 前夜祭とは、つまり生徒とその父兄のみが参加することが出来る、ちょっとした前祝いといったところ。

 とはいえ、演劇や舞踊といったものも喫茶店などの模擬店を含め、本祭と何ら変わらない力を入れることになる。

 


 毎年の習慣だ。

 レイナに確認したところ、恭太郎は当分の間は忙しいということだった。

 後、一ヶ月ほど会わずにいられたら、この恥ずかしい思いも少しは沈下し恭太郎とも平常心で会えるんだと思う。

 



 「セリっ!アールグレイとアッサムでミルクティーを一つづつお願い」

 「日向さん!オレンジペコを三人分オーダーお願いしますぅ!!」

 



 と、いった言葉が飛び交うことからも分かる通りに私は紅茶を入れる担当に任命された。

 山崎さんにも絶賛された私の紅茶は、他のお嬢様達からも高い評価を頂いた結果である。

 ちなみに、コーヒーの担当は万里香嬢であった。

 私も万里香嬢の入れてくれたコーヒーは絶品だと思う。何でも新垣大輔が無類のコーヒー好きらしいのだ。あーハイハイ。のろけられちゃったよ。

 しかし、こうして飲み物の担当を決めたのは、かなり時間配分と人的な無駄も省け、適材適所なことが実際にやってみて理解できた。

 


 このアイデアは、堂山家のメイドさん達からだ。私達のレッスン中の様子を見て何かと心配をしてくれていたようで。

 喫茶店は、開店と同時に店内がいっぱいになるほどの盛況ぶりで、やっと人が減り始めたのは何と夕方になってからだ。



 私と万里香嬢は裏方なので表には出ないこともあり、喫茶店を行なっている教室の隣にある給湯室で汗だくになりながら紅茶とコーヒーを入れたり、隙間時間には洗い物をしていた。

 


 お昼もゆっくりはできずに、結局は差し入れのサンドイッチをつまんだ程度。

 夕方になる頃には、二人共ぐったりして立っていられそうになかった。片付けものも残っていたが、他の子達がしてくれることになり、明日も飲み物担当することになっている私と万里香嬢は解放された。

 何か食べて帰りたい気もしたけど、それよりも早くシャワーを浴びて休みたい方が強い。

 エプロンを学校指定のバッグにしまいながら、万里香嬢と玄関で待っていた。

 万里香嬢の家の車で私を家まで送ってくれると言ってくれたからだ。私にしてもこの汗だくで、匂うかもしれない体で電車に乗るのも抵抗があったし。

 万里香嬢も遠慮しないでと言ってくれたしね。人の好意は素直に受け取らなくちゃ。

 


 「あら、あの車」

 


 その車に気づいたのは、万里香嬢が先だった。この学園は、良家の子女が多いことで有名でもあるし、皆が高級車に慣れている。

 


 それでもその車は格別だった。実は父親の影響で隠れクラシックカーファンなのである。

 撮影会には一緒に連れていってもらったりして実物を見る機会も数回あった。我が家の家計じゃ買えないし買えても維持していけるだけの余裕はないものね。

 


 と毎回二人して、クラシックカーのオーナーさんたちを羨ましく思っていた。

 その中でも、特に好きな一つがシルバーゴースト。イギリスの自動車メーカーロールス・ロイス社が1906年から1925年まで製造・販売していた大型高級乗用車である。

 未だに状態の良いもので、整備もしっかりしてあれば、走行状態が可能な物がある。これはとても頑丈に作られたことを意味する。

 


 私は、この頑丈でいながら、優雅極まりない車体を心から敬愛しているのだ。

 高級車が珍しくないこの学園でも、この車体は目立つ。すでに何人かの生徒の目が吸い寄せられていた。

 間抜けな顔をしていたかもしれない。憧れのシルバーゴーストが突然現れたのだ。察していただきたい。

 


 近寄ってくると運転している人の顔も見えた。純粋に驚く。恭太郎だったのだ。

 あれっ忙しいはずじゃ。これはレイナを緊急で迎えにきたとかかな?私は、精神的な逃避を試みた。

 無駄だったけど。車を優雅に降りた恭太郎は私をさっさと助手席に座らせ、さも親切そうにシートベルトまでしめてくれた。

 私も、嬉々として乗ってしまったかもしれない。だって憧れのシルバーゴーストだもん。一度だけでも乗ってみたかったんだもん。

 

 「あ、万里香様、また明日。ごきげんよう」と挨拶もそこそこに連れ去られてしまった。

 


 えっと、恭太郎がクラシック・カー・ファンだっていうのは知らなかったけど……。

 

 忙しさのあまり、身動きがとれないはずの!車に乗せてこれからどこに行くの?とはとても聞けない雰囲気を発していた恭太郎が。

 恐い、でも嬉しくもある。ああこの乗り心地。この触り心地。


 そうして、私は少しだけ憧れていたクラシックカーでドライブをする羽目になった。

 恭太郎が、激しい怒りの感情にとらわれているのはわかった。怒りが頂点に達すると無表情になるんだよね。ああ、恐い。何この恐怖のドライブ。行き先はどこだろう?ホーンテッドマンションとかだったら嫌だなあ。

 


 ついたら幸せが逃げていくため息を百回くらいした頃に到着したのは、可愛らしい家だった。

 イギリスの田舎の家風の佇まい。周囲には、鬱蒼とまではいかないけど適度に生えた樹木が趣を添えている。 

 小さいけど家の周囲を取り囲むように庭があってきちんと手入れがされているし、その周囲には鉄製らしい洒落たフェンスがあった。

 フェンスには可愛らしい蔦性らしい小さな花を咲かせている植物が這っている。

 



 ドアを開ければ、出てくるのは巻き毛の少女か魔法使いのおばあさんかが出てきそう。

 そんな印象をあたえてくれる家だった。

 決して大きくはないが、手入れが行き届いている分維持するのには手間と時間がかかる。それか費用がかかる。

 



 多分、恭太郎の場合は後者だろうな。だってコマメに草むしりとかしている姿は想像できないし。

 でも、少しだけそんな姿を想像するだけはしてみて勝手に笑ってしまっていたら、ガレージに丁寧に車をしまっていた恭太郎に不審がられた。

 


 可愛らしい家の中はやっぱり可愛らしい造りだった。

 窓にはレースのカーテンの上には小花柄の厚手の生地のカーテンがかけられており、ソファはあっさりとしたクリーム地の布張りだった。

 置かれている家具は、アンティーク調の落ち着いた風合いの物。

 随分と私の好みに近いという印象を受けるのは、恥ずかしい勘違いなのだろうか。

 これって……。

 


 「セリの好きな感じに造ってみたんだ。シルバーゴーストもセリが好きだって聞いたので、探して……」

 「えええ?」

 「ずっと避けていただろう!この前はやりすぎたと思っているよ。ごめん謝っても許してもらえないかもしれないけど、僕にはこれ以上どうしたらいいのか……」

 「まあ、避けていたのは確かだけど……」

 「セリに嫌われちゃったんだなあと思ったらどうにも辛くて……そんなに嫌なら婚約解消してもいいよ」



 婚約解消?え?聞こえたけど。何だか意味がわからなくて慌てた。恭太郎の寂しそうな顔とか声は凶器だね。

 今いる恭太郎が、本来の恭太郎の姿だと私も納得する。優しくて、気遣いが出来て繊細な。

 え、と私が嫌っているって勘違いしてるの。ずっと避けていたから??

 「恭太郎!私、嫌ってなんかいないわよ!!婚約解消するなんて言わないで!!!」

 思わずといった感じで、向かい側のソファに座っていた恭太郎の胸に飛び込む形で抱きついてしまったけど、嫌がられなかったし。

 まあ、いいや。少しだけ恥ずかしいけど。だって自分から抱きついてしまったし。今も離してくれない恭太郎に何故かお膝抱っこされているのだもの。



 頭を胸に抱え込むようにギュッと抱きしめられているので顔も見れないけど、恭太郎の心臓の鼓動が強く聞こえてくるのは、意外と心地良い。

 このポジション、気に入ったかも。人に見られている時は恥ずかしいけど、二人きりの時ならたまにこういうのもいいな。

 


 明日も、喫茶店があるのを思い出した。

 


 「恭太郎、明日も朝早くから準備あるんで、今日は早めに帰ろうね」

 


 恭太郎の顔は相変わらず見えないけど、体が硬直したのは分かった。

 どうやら不満らしいけど、紅茶を入れるのは私の仕事であることをしっかりと主張した。

 代わりに、学園祭が終了した後の代休は、ずっと恭太郎と過ごすことを約束させられる。

 まあ、いいか。こんな優しい恭太郎なら。

 私は、そっと耳元で囁いた。またシルバーゴーストに載せてね、と。





 「セリ姫がいないって?ああ、それは恭太郎だろう」

 「雅文さん、随分と落ち着いている……何か知っているの?」

 「恭太郎の奴、セリちゃんに避けられて相当煮詰まっていてね……あのままじゃもしかしたら犯罪者への道を走りそうだったので少しだけアドバイスをしたあげたんだよ」

 「それって、とっても良くなさそうな感じを受けるんだけど。セリに」

 「そんなことないよ。セリ姫好みの別荘を買い取って改装して、家具までセッティングしてセリ姫が好きだというクラシック・カーでお出迎えに行くっていうデートのセッティングのどこが良くなさそう?」

 まさに女子の理想のデートプランだと自負しているんだよと言われてしまった。

 確かにセリはクラシック・カーファンだし。そう言われると……。




 どうやら、自分の言うことに納得したのかレイナも静かになった。

 愛している婚約者相手でも、もらせない秘密はある。雅文はもうひとつのアドバイスである、後悔して、弱々しくみせて婚約解消を考えていることを匂わすように言ってあった。

 多分、強く出るよりは、この方がセリ姫には効果があるはず。

 レイナが、安心して紅茶を入れてくれている。どうやらすっかり信じたらしい。

 雅文は、愛するレイナに見えないようにしながら、黒い笑みを浮かべる。

 

 

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