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黄金の帝国  作者: 亜蒼行
漂着篇
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第三話「山賊退治」



 シャバツの月の下旬。その日竜也は山賊退治の軍勢に加わっていた。山賊の元へはルサディルから歩いて二日の行程だ。


【何だってこんなことに……】








 槍を手にした竜也は、死人一歩手前みたいな虚ろな表情で歩いている。槍の柄は二メートルほどの長い木の棒で、その先には古い錆びた包丁が縛り付けられている。仲良くなったメイドから、アニード本邸の厨房で一番古くて要らない包丁を譲ってもらったものである。五〇人ほどの軍勢の中で、竜也の持っている武器が一番貧相で見劣りしていた。


「だ、大丈夫ですか? タツヤ」


 並んで行進しているハーキムが竜也を気遣う。竜也は「大丈夫大丈夫」と強がって返事した。もっとも、ハーキムこそが竜也を山賊退治なんてことに巻き込んだ元凶なのだが。

 竜也は片言を駆使してハーキムから情報を仕入れようとする。


「山賊、誰? 何?」


「敵はエレブから流れてきた山賊です。ルサディルの近郊に居座ろうとすることが、何年かに一回はあるんです」


 そんなに頻繁にあることじゃないのか、と竜也は安堵した。


「エレブ人はネゲヴを『魔物の地』と呼んで怖れていますから。よほど追い詰められないとこっちには流れてこないんですよ」


(そう言えばあのガレー船の船員等もネゲヴのことを怖がっていたな)


 と竜也は一人納得する。でも、と竜也は軍勢の面々を見回した。

 五〇人の軍勢のうち腕が立ちそうに見えるのは多くても一〇人くらい、残りは町中でその辺にいる人を連れてきただけという感じである。隣を歩くハーキムにしても、小学校の教師がお似合いの優男だ。正直言って軍勢と言えるほど上等なものじゃない。


「勝てる? みんな?」


「まあ油断さえしなければ大丈夫でしょう。今回も山賊は全部で一〇人くらいと聞いていますし。戦い自体はムオードさん達に任せておけばいいんですよ。私達の役目は威圧のための頭数と、山賊を町の方に逃げさせないことです」


 ムオードはこの軍勢の責任者となっている、雄牛の角を持つ男である。一番色の濃い黒人と同じ肌をした巨漢で、年齢は四〇代くらい。


「……軍隊、ない? 仕事しない?」


「あなたが前にいたところは軍があって、山賊退治は軍の仕事だったんですね」


 ハーキムの確認に竜也は「はい」と頷いた。


「まあ、山賊なんて滅多に出てきませんし、出てきてもこういう有志の集まりだけで充分対応できるんですよ。だから軍というのは不要なんです」


 ハーキムが何を言ったのか、竜也は最初理解できなかった。


「軍隊、ない?」


「ありません。まあ、エレブやアシューの方は驚くと思いますけど、ネゲヴでは軍がない町の方が普通です。二百~三百年前までは軍もあったんですが、そのときあった軍も海軍中心ですし、陸の敵は傭兵で対応していました。海洋交易が廃れて大げさな海軍を持つ必要がなくなり、傭兵も雇う理由がなくなり、いつの間にか全廃に近い状態になったんです」


「で、でも敵、来る――」


 竜也の戸惑いに対し、ハーキムは柔らかに説明する。


「攻めてくる敵というのがいないんですよ。エレブからは山賊がやってくる程度だし、他の町にも軍はありませんから。ルサディルや他の町でも、収入に対する税率は多くても一割程度ですが、こんな税収では軍を維持できません。軍を持つには税を上げる必要がありますが、そんなこと誰にもできませんよ。こう反対されて潰されるに決まってます。


『他の町にも軍はないのに、誰もどこからも攻めてこないのに、何で税を上げてまで軍を持つ必要があるんだ?』


『どうしても必要なら傭兵を雇えばいいだろう?』って」


 どの町もそんな状態だから、どの町にも軍はないんですよ、とハーキムは話をまとめた。竜也は不明な点を確認しようとする。


「ちょ、ちょっと待って。税集める、誰? 王様?」


「ケムトの方には王様がいて、形式上ルサディルはケムト王に臣従しています」


 ケムトとは元の世界で言えばエジプトに相当する国である。


「ルサディルはケムト王から認められた自治都市……という建前ですが、税を納めているわけでもないですし、ケムト王なんていてもいなくても同じですね。ルサディルも含めてネゲヴの大抵の町はそんな自治都市です。民会で選出された長老が寄り合い、税を集め、町を治めています」


 なお、民会は一定以上の納税または軍務、いずれかの義務を果たしている成人男子が全員参加できる組織である。日本国に例えれば、民会が国会、長老会議が内閣に相当すると言える。


「税集める、仕事それ、人、いない?」


「それが専門の役人ですか? もちろん何人かはいますよ。私もそういう人に雇われて事務仕事をやったりしていますが、それが専門ではありません。まあムオードさん達くらいになるとこういう荒事がほぼ専門ですが、それでも役人や軍人とはちょっと違いますね。むしろ傭兵に近いです」


 つまり、役所は一応あって役人も数は少ないがいる。役人だけで対処できない仕事はパートタイマーを雇ったり、有志を募ったりして対処する、というところだろうか。そして、事務仕事のパートタイマーがハーキムで、荒事を専門に請け負っているのがムオードというところなのだろう。


「泥棒、人殺し、捕まえる、誰?」


「そういう治安担当の役人も長老会議の下にいます。その役人が情報収集を担当する人を個人的に雇っていて、実際の捕縛等の荒事担当はやはりムオードさん達ですね。まあ、そんな事件は早々起こりませんが」


(江戸時代の日本の岡っ引きみたいに、「情報収集の担当者」にはヤクザ者や犯罪者崩れを引き込んで使っているんだろうな、多分)


 ハーキムはそこまでは言わなかったが、竜也はそのように想像した。

 竜也は時間をかけてハーキムの言うことを咀嚼し、ネゲヴの社会を、ルサディルの有り様を理解し、腑に落とし込もうとした。考えるに、治安だけではなく社会全体のあり方が江戸時代の日本に近いのではないだろうか?


(江戸時代の日本だって、戦国時代から離れれば職業軍人と言えるような人はほとんどいなくなっていた。武士の大半はただの役人だったわけだし。日本がもっと広くて、幕府の目が国土の末端まで届かず、そもそも幕府にそれだけの力がなくて、それぞれの地域を治めている藩同士も距離があって、滅多なことでは戦争にもならない……そんな状態が何百年も続けばこんな風になるのかな)


 そんなことを考えているうちに、軍勢は――正確には「山賊退治の有志一同」というところだが――郊外の山腹にやってきた。その洞窟に山賊が居着いているという。

 こちらの接近に気が付いたのだろう。洞窟からは山賊がぞろぞろと姿を現した。


【……っ、多い】


 山賊は二〇人はいそうだった。薄汚れた革製と見られる鎧をまとい、槍や剣を手にしている。それを眼にした竜也の膝が震える。先ほど小便に行っておかなかったことを後悔した。


(安全な今のうちに覚醒せよ『黒き竜の血』! というかお願い助けて!)


 竜也が内心テンパっている間に戦いが始まろうとしていた。

 牛角のムオードが軍勢の前に進み出る。そして、その辺に転がっている一抱えもある大きな岩を持ち上げ、山賊へと投げつけた。


【は?】


 竜也はぽかんとしてしまう。ムオードが投げた岩は、最低でも百キログラムくらいはありそうな代物だ。それをムオードは二〇~三〇メートルもぶん投げてしまった。運悪く、山賊の一人がその岩に押し潰されてミンチと化した。

 混乱する山賊の中に獣耳の男達が突撃していく。虎耳の男が手から雷を発して山賊の顔を焼き、怯んだところを剣で斬りつける。犬耳の男が長剣で山賊をなぎ払い、倒れた山賊に犀角の男が鉄槌を食らわせ、文字通り叩き潰した。山賊の数はあっと言う間に半減した。


「悪魔! 化け物!」


 生き残った山賊等が悪態をつきながら逃げ出していく。ムオード達は深追いはしなかったが、潰せる連中は潰しておこうとした。ムオード達に追われた山賊のうち二人が竜也達の方に逃げてくる。


(うぉぉっっ?! こっちに来んじゃねーよ?!)


 竜也は足がすくんで逃げ出すこともできない。立ち向かうなど論外だ。震える竜也の様子を見て取り、ハーキムが山賊へと進み出て立ち向かった。山賊が振り回す剣を自分の剣で受け止める。両者が鍔競り合いをする中、山賊のもう一人がハーキムの背後に回って剣で斬りつけようとする。


【ハーキムさん!】


 竜也の身体は勝手に動いていた。山賊の首めがけ、粗末な槍を突き出す。


「ぐああっっ!!」


 包丁の穂先が首に刺さり、大量の血が流れた。だが山賊は竜也の槍を掴み、首から穂先を引き抜いた。竜也は槍を引き戻そうとするが、山賊が握りしめて離さない。


【ひ、ひいいっっ!】


 竜也の視界は汗とも涙ともつかないもので遮られた。だが、不意に槍が軽くなる。見ると、山賊は他の市民等の何本もの槍に串刺しになっていた。


「タツヤ、大丈夫ですか?」


 ハーキムが対峙していた山賊も既に斬り伏せられていた。ハーキムが竜也に駆け寄り、声をかける。竜也はその場に座り込み、


【は、は……】


 と痴呆じみた様子で返事をするのが精一杯だ。自分が小便を漏らしていることにも気付いていなかった。

 山賊退治は終わり、ムオード達は残務処理に動き出していた。








 その日は洞窟やその周囲で一夜を明かし、軍勢は町への帰路に就いた。帰りの行程も徒歩二日間だ。


「だ、大丈夫ですか?」


 竜也は往路以上に臨死の表情となっていた。ハーキムの問いに、竜也は「大丈夫大丈夫」と生返事を返す。

 人一人を殺したことは、想像以上に竜也の精神を苛んでいた。竜也はそれを誤魔化すためにハーキムとの会話に集中することにする。


「……あー、聞きたい。あれ、あの力、何?」


恩寵プラスのことですか?」


「プラス?」


「ええ。それぞれの部族の守神様から授けられる、特別な力のことです。ムオードさんは鉄牛族ですから剛力の恩寵。赤虎族には雷撃の恩寵」


 あれを見たかったのではないのですか?と問われ、竜也は何とも言い難い顔をした。あの力は確かに凄いが、竜也が探していたものとはかなり外れていた。


(あれじゃ、魔法と言うより超能力じゃないか)


 とは言うものの、それはそれで興味深い竜也はハーキムに訊ねる。


「ハーキムさん、恩寵、何?」


 その問いにハーキムは苦笑して見せた。


「私が使えるのは多少の身体強化くらいです。――ムオードさん達ほど強い恩寵を得られる人は少ないんですよ。部族に属していても恩寵を得ていない人の方が多く、得られたところで大した力じゃないことがほとんどです」


「その角、あの耳、部族の印?」


「ええ、そうです。私の一族の鹿角族は、鹿の守神を先祖に持っています。私達は鹿の守神の末裔であり、その印で身を飾るのです」


 とハーキムは誇らしげに語る。そのあり方はトーテム信仰の典型例と言うべきものだった。元の世界と少し違っているのは部族に属する者がトーテムに関したコスプレをすることであり、大いに違っているのは信仰する部族神が本当に神秘の力を授けてくれることである。

 竜也は今の話を聞いて、ある一人の少女のことを想起していた。竜也はおそるおそるという感じでハーキムに問う。


「……ウサギの耳は? 恩寵、何?」


 ハーキムは何でもないことのように返答した。


「白兎族ですか。白兎族の恩寵は人の心を読むというものだそうです」








 翌日の夕方、竜也達はルサディルに戻ってきた。

 ラズワルドにどう接するか決められないまま、竜也はアニード邸に到着する。そのまま惰性でラズワルドの住むコテージへと向かった。


「タツヤ!」


 竜也の姿を認めたラズワルドがコテージから飛び出してきた。竜也に抱きつこうとするラズワルドだが、一歩手前でその足が止まってしまう。ラズワルドは今にも泣き出しそうな瞳を竜也へと向けた。


【――っ】


 気が付いたら、竜也はラズワルドの腕を掴んでいた。竜也の心の中に、自分のものではない感情が流れ込んでくる。知られたことへの絶望。嫌われることへの恐怖。捨てられることへの不安。

 確かに竜也の中には、ラズワルドが自分の力を隠し、竜也の心を勝手に覗いていたことへの怒り・不快感があった。だが、ラズワルドの心を知ってその怒りも収まってしまった。彼女の立場になれば、力のことを言い出せなくても無理はないと思えてしまう。


(見てない! タツヤの心は最初の頃に少しだけ深いところを見ただけで、それからずっとほんの浅いところしか見てない!)


 ラズワルドが必死になって自分の心を竜也へと伝える。言葉ならいくらでも偽れる。だがラズワルドの心に嘘偽りは微塵もなかった。ラズワルドは竜也の胸に顔を埋める。


(タツヤの気持ちを感じてた。温かい気持ち、優しい気持ち、すごくすごく嬉しくて、ずっと感じていたかった)


 今ラズワルドは竜也に対し、全ての心の扉を開け放っていた。竜也の心にラズワルドの心が奔流となって流れ込んでくる。その経験が、その感情が、竜也の心を押し流そうとする。竜也は自分を保つために精神力の全てを使わなければならなかった。


(――ごめんタツヤ!)


 自分が何をしているのか気付いたラズワルドは心の壁を再構築した。それでようやく竜

也は一息つく。


「ご、ごめんなさい」


 口に出して謝るラズワルドの頭に、竜也は軽く拳骨を落とした。そしてラズワルドの頭を撫で、微笑みかける。ラズワルドは竜也の胸に頬をすり寄せた。

 心をつなげた二人に言葉は必要なかった。二人はいつまでも身体を寄せ合い、互いの体温を、心を感じ合っていた。






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