MFILE8:in the room
待ち合わせ
時間・午後6時
場所・南美術館前
勉強机の上に置かれたメモに書かれた内容。
三岡は椅子に座ってそれを眺めていた。
背もたれを腕の中に抱えて足をぶらぶらさせている。
そのメモは今日学校でシュンタに渡されたものだった。
無言だったがシュンタのその目は文句をつけたら許さないと語っていた。
事実、三岡は確かに昨日そっちで決めてと言ったのだ。
「何で南美術館? 市役所の方が花火打ちあがる川のすぐ隣だから近くていいじゃん」
文句のつもりではなかったが、メモを見て真っ先に出てきた疑問を口に出すと、シュンタはあからさまに嫌な顔をした。
「市役所の前は人が多いから美術館にしたんだよ」
煩わしそうに答える。
シュンタの、学校を含めた全ての三岡への対応はいつも冷たい。
嫌いだ、と以前三岡が直接言ったことも理由の一つだろう。
そして僕も嫌いだよと言い返してきたことも。
しかしそれ以上に、シュンタのあのそっけなさには他に理由があると三岡は踏んでいた。
確証はない。
何となく程度の勘だ。
それとほんの僅かばかり経験が混じっているのかもしれない。
参考にもならない程度のうろ覚えな経験が。
けれどもそれはしっかりと輪郭を保ち、自分の中に存在し続けてきた。
まるで土台のように。
「一ノ瀬……ユカコ……」
足のぶらぶらを止めて目を細める。
三岡は棚から青いノートを一冊取り出した。
表紙には下手な字で2と数字が書いてある。
一ページ目を開き、軽く読む。
次に二ページ目。
三ページ目。
四ページ目。
全部に一通り目を通して後、ノートを棚の元の位置に戻した。
息を深く吐き出して背もたれに顔を埋める。
見つけた。
唇が音を出さずに呟いた。
頭がぐらぐらした。
蛍光灯で明るい部屋に音はない。
目を瞑って視界を暗くしたら、もう自分は一人ぼっちだった。
何も聞こえないで、何も見えないで。
真っ暗闇に一人ぼっち。
覚えている。
自分はそこを歩いていた。
冷えきった手足を携えて、瞳を凍りつかせていたあの頃。
思い出す度にぶん殴りたくなる。
何て浅はかだったんだろうと。
幼かったから、幼かった分だけ恥ずかしい。
もしその頃の自分に会えるなら、その手を耳からどけてみろと怒鳴り散らし。
伏せた瞼をあげてみろと叫んでやりたい。
暗闇を作り出していたのは他ならぬ自分自身だった。
今なら分かるのに。
三岡は目を開けた。
顔を上げて蛍光灯の明るさに目眩みする。
汗をかいていた。
「暑い……」
見ればクーラーが点いていない。
学校から帰ってきてそのままイスに座ったから電源を入れていなかったのだ。
机の隅に置いてあるデジタル時計を見ると、かなりの時間をこの暑い部屋内で過ごしていたことに気付いた。
リモコンに手を伸ばす。
電源のボタンを押して冷たい風が吹くのを確認する。
白く小さなメモが揺れた。
息を吐いて三岡は滑るようにイスから床に落ち、ごろりと身を投げ出した。
夏用のカーペット越しに感じるフローリングのかたさ。
心地好い。
しかししばらくすれば体は痛みを訴え出すだろう。
まぁいいやと三岡は呟いた。
1年を通じて快適な環境にいられるのは先進国ならではの贅沢。
長兄がまだ高校生だったときそう言ってきたのを思い出した。
「贅沢だなぁ」
とろとろと眠気がわいてくる。
弟がこの共同で使っている部屋に戻ったとき、もしかしたら自分は寝ているかもしれない。
今の自分は汗だくで決して清潔とは言えない。
「…そうだ、風呂……風呂……」
入んねーと、と言う言葉がその口から続くことはなかった。
本人も気付くことなく三岡は眠りに落ち、意識を深く深くに沈めていく。
部屋に、音はなかった。
まるで死体を見付けたような弟の叫び声に目を覚ますのは、それから数時間後の話。