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My last lover  作者: 琉珂
8/13

FILE7:道の上の小石

ヒコーキ雲が関係あったのかは分からないけど、昨日は雨だった。

夜まで降り続いた小雨は一晩明けても道の隅に水溜まりを残している。

学校からの帰り道、足元の小さな水溜まりに足を踏み入れた。

跳ね上がる水しぶき。

青空を背景に白いブラウスと茶色い半ズボンを着ている僕を、広がる波紋が歪ませる。

一昨日の土曜日。

ユカコさんはあの後すぐに電話がかかってきて、帰らないといけなくなってしまったみたいだった。

月曜にまた連絡するねと言われて、今日は月曜。

ポケットの中の携帯を確認しても新着メールは来てない。


「さっきから携帯ばっか気にしてどうかしたのか?」


隣を歩く疫病神から当然のように声をかけられた。

でも僕は前だけをしっかり見て疫病神の全てを無視する。


「おいおい本宮、俺のこといつまでシカトする気だよ」


しかしそれにも関わらず彼は喋るのを止めない。


「ねぇ、俺独り言のはげしい痛い子みたいじゃん」


住宅の並ぶここら辺は車が少なくて静かだから、彼の声はよく通る。


「そろそろ返事しよーぜ」


僕は背負っている通学鞄のベルトをぎゅっと掴む。


「あ、でもこれだと本宮が口きけない子にも見えるかもな」


「三岡くん」


足を止めた。


「何で僕についてくるの?」


ずっと前方に向けていた顔を三岡くんに向ける。

学校指定の革靴が道の上の小石を踏み潰した音がした。

三岡くんは一瞬目を細める。


「やっと口開いたな」


そしてにっと笑った。

今日の気温が暑いからとかそういうのじゃない理由で、ベルトを抱いた掌が汗ばんだ。

何でか分からないけど妙に嫌な気分になった。


「三岡くんは、僕が嫌いなんだよね」


僕は眉をひそませる。


「それで僕も三岡くんは嫌い。僕らはお互いが嫌いな同士なんだろ」


「……まぁ、確かに。」


「じゃあわざわざくっついて来ないでよ。学校内だけじゃなくて帰り道にだって。みんなに仲良しみたいに思われるじゃないか」


僕そういうの嫌なんだよ。

淡々と吐き捨てると、三岡くんは笑顔を引っ込めて口をへの字に曲げた。

片眉をつり上げる。


「嫌なら、嫌じゃなくなればいいじゃん」


「……え?」


「嫌じゃなくなれば一緒にいてもいいんだろ? じゃあ、嫌じゃなくなればいいじゃん」


三岡くんの言ってる意味が分からなかった。

耳から入った言葉を頭の中でなんども繰り返して。

それでもやっぱり分からない。

目に見えて困っているだろう僕を前に、三岡くんはまたいつもの飄々とした顔をしてみせた。

嫌だ、この感じ。

そのとき、携帯が鳴った。

ユカコさんにだけ設定した着信音が。

僕はその瞬間まわりの存在の一切を忘れ去って携帯をポケットから取り出した。

メールだと思った。

でも、メールじゃなくてそれは電話だった。

急いで左上のボタンを押す。

頬に画面を押し付けると、すぐにユカコさんの声が流れ込んできた。


『シュンタくん?』


ユカコさんに呼ばれて僕はそうだよと返す。

自然、頬がゆるんだ。


『ごめんね。今電話しても大丈夫?』


「うん。どうしたの? 電話で連絡してくるなんて珍しいね」


『ホントはメールしようと思ったんだけど、電話の方が確実だったから。花火大会明後日だし』


「あっそうか。じゃあ、何時頃待ち合わせにする?」


『学校が終わってからだしなー』


「花火大会が何時に始まるかによるよね」


「何、本宮花火大会行くの?」


飛んできた声に僕は携帯を落としそうになった。

ユカコさんからの電話が嬉しくて、ついこの場には僕しかいない気分になってたけど、実際は三岡くんがいたんだった。

ホントにすっかり忘れてた。


『どうかした?』


ユカコさんに聞かれて僕は慌てて首を振る。


「な、何でもないよ」


「っておいおい」


また俺シカトかよと、三岡くんがぼやいたのが聞こえたけど、背中を向けて無視した。


『まわりに誰かいるの?』


「えっと……同じクラスの子がいて、ちょっとうるさいんだ」


『友達?』


「まさか!」


思わず叫んで、口を閉じる。

電話越しにユカコさんが笑っているのが伝わってきた。

こっそり後ろを見ると三岡くんはきょとんとこっちを見ていた。


『ならその子も誘う?』


笑い声とともにユカコさんが言ってきた。

僕は目を見開く。


「な、何で?」


『だって人数多いほうが楽しくない?』


三岡くんなんかが来ても全然楽しくないよ。

喉まで出かかった言葉を辛うじて飲み込んだ。

せっかくユカコさんが考えてくれたことなんだからと、僕はうんと頷いた。

振り返ると三岡くんはまたきょとんとする。

嫌だ、誘いたくない。


「行く?」


携帯の下半分を押さえて僕は尋ねた。


「へ?」


「花火大会だよ。行く?」


来るな来るなと心の中で念じながらだからか、口調がぶっきらぼうになったのが自分でも分かった。

三岡くんなら行くと言いかねない。


「いや、行かねーよ。本宮が遊び行くんだろ」


しかし返ってきたのは意外な返答だった。

ちょっと驚いた後、塞いでいた携帯の口から指をどかす。


「あのね、行かないだって」


僕は嬉しい反面何だか期待を裏切られた気分でユカコさんにそう報告した。


『そう……残念』


「せっかく言ってくれたのにごめんねユカコさん」


「……ユカコ?」


ふいに三岡くんが肩を掴んだ。

僕の携帯を持つ手を押さえて下ろさせる。


「な、何」


「ユカコって、名字は?」


「え……?」


「名字はっ?」


「…一ノ瀬、だけど……」


あまりの剣幕につい答えると、三岡くんは軽く目を細めて手を放した。

突然のことに混乱しながら、僕は携帯を耳に当てるために腕を持ち上げる。


「やっぱ俺行くわ」


すると、いきなり三岡くんが言った。


「花火大会、俺も行きたい」


それも少し声を張り上げて。

一瞬遅れて、電話の先のユカコさんに間違いなく聞こえるよう彼は声を大きくしたんだと気付いた。


『あれ? 今行くって言わなかった?』


さっきのやりとりを知らないユカコさんの声。


「な、いいだろ本宮」


三岡くんが嬉しそうに笑って呼び掛けてくる。

そんな二人に挟まれた僕は携帯をぎゅっと握り締めた。

革靴で地面を踏みしめ、唾を飲み込む。


「やっぱり、行くだって……」


「おっしゃ!」


『あ、やっぱり?』


それぞれの反応だけど、ガッツポーズをとる三岡くんは悪魔にし見えない。

いや疫病神だった。

僕に害しか及ぼさない。

2人なら予定だってサクサク決めれるのに、3人じゃ中々決まらなくてめんどくさいし。


「三岡くん」


「じゃ、俺帰るから」


三岡くんの待ち合わせの希望を聞こうとしたら、先に遮られた。


「希望は特に無し。全部そっちで決めといてよ。そんで明日決まったこと学校で教えて」


早口でそれだけ言うと、三岡くんはもう一度じゃ、と言ってさっさと帰ってしまった。

残された僕。

ユカコさんがどうしたの?と聞いてくる。


「うん……僕にもよく分かんないや」


嵐の中を突き抜けたみたいな気分だった。

整然としていた胸中が小さく小さく乱されて、ぽつんと忘れ物が残っている。

その忘れた物が何かなんて僕には全く分からない。

そしてその後普通にユカコさんと話し始めてからでも、紛れ込んだ何かが分かることはなかった。




そうして変わり始めるのは季節だけじゃなかった。


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