FILE5:騒がしい教室
騒がしい教室はあんまり好きじゃない。
昼休みなんかは特にそうだ。
僕はみんなみたいに馴染めないから、いつも本を読んでいるんだけど。
「もっとみや!」
最近変なのがまとわりついてくる。
「何、三岡君」
僕は視線を本から動かさないで答えた。
顔を上げる気にもならない。
「みんなと一緒にドッジボールにしようぜ」
案の定、三岡君は僕を遊びに誘ってきた。
「僕は良いよ」
断ると、三岡君は不満そうに頬を膨らませる。
「えーまたかよー」
「うん、ちょっと気分が悪いんだ」
「昨日もそれだったじゃん」
「まだ良くならなくって」
本宮って病弱な方だったっけ、と眉を顰める三岡君に、僕はとりあえず笑っておいた。
他のクラスの子はすんなり信じてくれるのに、三岡君だとなんでか適当な言い訳もなかなか長続きしない。
……それに、引っかかることがひとつある。
「ねぇ三岡君」
「ん?」
「僕の名字、本宮じゃないんだけど」
とうとう本を閉じて顔を上げると、きょとんとした三岡君がいた。
「お母さんが結婚したから、藤堂になったんだ」
しぶしぶ説明する僕。
沈黙がしばらく。
「知ってるけど」
ややあって、先に口を開いたのは向こうだった。
その言葉に思わず僕は眉をひそめてしまう。
「なら、なんで……」
「さぁ? 何でだろな」
三岡君はあっけらかんと言ってのけた。
「本宮に分かんないんだったら俺にも分かんねーよ」
だから別にいいじゃん。
そう肩をすくめて笑う。
その動作がまるで子供をごまかす大人みたいで、何だか嫌な気分になった。
僕はこの動作をいっつも家で見てるから。
母さんと再婚したあの人がよく僕にしてくる。
そして同じ小学生でありながら、手慣れたようにそれをする目の前のクラスメイトに、僕はたまらなくイラつきを感じた。
もうこれ以上三岡君といたくない。
僕はそう思って無言で立ち上がって教室を出ようとした。
三岡君もいつもならここぞとばかりについて来るけど、僕の不機嫌さを察したのか動かない。
向こうの気が変わらないうちにさっさと行こう。
歩くのを早めようとしたとき、急に呼び止められた。
「本宮」
「……何?」
首だけ回して振り返る。
「俺、お前のこと嫌いだぜ」
軽い笑みを浮かべて三岡君は言う。
「むりやり子供のフリして、大人びた自分隠しててさ」
気が付けば誰もいない教室。
代わりに、開いた窓からきゃーきゃー騒ぐみんなの声が。
「安心して」
教室のドアに手をかけて僕も笑みを浮かべた。
「僕も三岡君嫌いだよ」
そうして思いっきりドアを閉めた。
冷たい心臓。
僕は太陽に照らされた廊下を逃げるように走り出した。
セミの鳴く声が、騒がしい昼休みをさらに騒がしくさせる。
それは13回目の夏すらも。