FILE4:そんなある日
移りゆく季節に、制服も合服からついに夏服へと変わった。
薄い生地と短い袖はまるで体が軽くなったような錯覚をあたしに与える。
実際は体も心も重みを増していっているだけなのに。
そんなある日、シュンタ君が言った。
「ユカコさんっていつも制服だよね」
あたし達が強まりだす日差しから逃げるように滑り台下のトンネルに入っているときだった。
「僕ユカコさんの私服姿見たことないや」
「え、そうだっけ」
「そうだよ。学校ない日でも制服着て来るし」
あたしはうーん、と顎に手を持っていって考え込んだ。
そういえば言われた通り、あたしは制服以外でシュンタ君に会ったことがない。
どうしって、大体学校の帰りに待ち合わせの場所に行くから。
休日も大抵、学校に勉強をしに行くため制服を着る。
こうやって考えてみると、あたしはほぼ毎日制服を着ていた。
「ユカコさんって明徳女子高校?」
ふいに指を差されてびくりとする。
幼い指先はあたしの深緑色の制服に向いていた。
「あ……、うん」
驚きつつもこくこくと頷く。
「やっぱり。ずっと気になってたんだ」
シュンタ君はにっこり笑った。
「よく制服で分かったね」
「うん、明徳女子って結構有名だし」
「でもあたしが小学生のときは高校なんて全然気にしてなかったけどな」
「へぇ? 僕たちのほとんどはもう大学まで決めてるよ」
「ふーん、そうなんだー……えっ?」
普通に聞き流しそうになって、あたしは素っ頓狂な声をあげてしまった。
目を丸くして見つめられたシュンタ君は少し困っていた。
「あの、ユカコさんどうかした?」
「…どうかって言うか、シュンタ君たちこんなに早くから進路決めてるの?」
「え、そうだよ。クラスに明徳女子高志望してる人もいるし」
「じゃあ、シュンタ君ももう決めているの?」
「うん。僕はエスカレーター式でこのまま大学まで上がるつもりだけど」
至極当然のように語られ、あたしは開いた口が塞がらなかった。
「……ねぇ、シュンタ君ってもしかして城北学院?」
恐る恐る口に出したのは、ここら辺で知らない人はいない超難関名門私立校。
小学校から大学まであるところと言えば、そこぐらいしか思いつかなかった。
「うんそうだよ。言ってなかったっけ?」
にこりと笑うシュンタ君。
眩暈がする。
「シュンタ君って、実は結構お金持ちなんだね……」
掌を額に添えながらあたしは言う。
「お金持ち? 何で?」
しかしシュンタ君は不思議そうに首を傾げた。
「だって城北学院って私立でしょ?」
「そうだけど、どうしてお金持ち?」
「私立ってお金かかるじゃん。実際あたしもすごくかかってるし」
「あぁ、そうなんだけどさ、城北って何か変わっててね。初等部に入学したとき中等部の分までの学費一切払うんだって」
シュンタ君は変だよね、とあたしの顔を覗いてきた。
話によると、学費はお父さんが生きているときに全部払ったらしい。
口には出さなかったけど、あたしはそのシステムにちょっと感心した。
多分シュンタ君みたいに、何かがあって途中で学費が払えなくなる子が出るのを見越しての制度なんだと思う。
払えるときに全部払っとけば、学校に通えなくなる心配はなくなるし。
それに簡単に転校とかも出来なくなる。
子供には『不思議』程度にしかとられないシステム。
「変わってるね」
あたしは微笑んだ。
何も大人の汚い考えを、シュンタ君に教える必要はないと思ったから。
それに、教えたくなかった。
「でも、ユカコさんは本当にお嬢様でしょ?」
シュンタ君は上目遣いに悪戯っぽく口元を緩めた。
「どうして?」
今度はあたしが聞き返す番。
「明徳女子はお嬢様学校って聞いたよ」
「……あー、でも、無理して通ってる人もいるから」
「うん。けど、ユカコさんって行動がさりげなく上品だよ」
躾がなってるって感じだな。
大きな茶色の瞳が細められた。
同じく茶色いその髪に、あたしは羨ましさを覚える。
あたしの黒い瞳と黒い髪はいかにも日本人特有の色で。
それでも染めるまでの勇気はなく。
いつもただ小さな焦燥感に駆られるだけだった。
「うーん、そう?」
「あ、ユカコさん照れてる」
「だって上品とか言われたの初めてだし」
「でも本当のことだから」
「うー、まぁそれなりの礼儀作法は習ったけどぉ……」
「ほらやっぱり」
勝ち誇ったように笑うシュンタ君。
普段小学生とは思えない落ち着いた雰囲気を持っている彼は、結局まだ小学生。
いつも対等な存在としてシュンタ君と接しているから、時々分からなくなってしまう。
シュンタ君はあたしをどんな風に見つめているのだろう。
聞きたくなったけど、やっぱり止めることにした。
外の日差しはまだまだ弱まらない。
また一年後。
こうしてこの中で二人でいること出来ていたら、その時聞こうと思ったから。
「何ぼんやりしてるの、ユカコさん?」
「うん? なんでもない。」
一つ目の季節が巡ってくる。