YFILE3:in the room
ユカコは3階にある自分の部屋から外を眺めていた。
携帯は机の上の充電器に乗せている。
着ている服は制服のまま。
開かれた窓から流れ込む空気は生温く。
うっすら汗ばみ出す額を手の甲で拭いながらも、部屋のクーラーを点けようとは思わなかった。
時計のチッ、チッ、という針の音がやけに大きく聞こえる。
いつもはこんな音がこの部屋に響いていることにさえ気付かないというのに。
ユカコは視線を窓の外から部屋に移す。
アイボリーと焦げ茶で構成された世界。
アイボリーは壁紙の色で、焦げ茶は床と天井と窓枠と本棚と机とベッドとともかく全部。
5年前、家を新築するときに「シックな部屋が良い」と頼んだ結果だった。
なかなか悪くなかったので、家具は焦げ茶以外買わないことにしている。
この部屋で唯一浮いていると言えるものは、強いて言えば今着ているこの制服だろうか。
深緑に黒と薄緑のチェック模様が入ったジャンパースカート。
胸元には赤いリボン。
履く靴下は当然のように黒いストッキング。
絵に描いたみたいなお嬢様制服。
実際、ユカコがそれを着て通っている所はお金持ちばかりの私立高校だった。
「シュンタくんはどこの小学校に通ってんだろ……」
会うときはいっつも私服だから公立だろうか。
ユカコはこの近くにある小学校をいくつか思い浮べたが、どこもシュンタに似合うような学校には思えなかった。
というより、他の子供に混じるシュンタが考えられなかった。
そこにいるだけで、ぽっかり切り取られて存在を示す彼。
なのに、不思議なくらい全ての景色に馴染んでいて。
少しでも疑ったらそのまま消えていきそう。
あの日、手を伸ばして指が触れたとき、驚いた気がした。
最下層の意識が驚いていた。
気にも止めないくらい微かな驚き。
それでも記憶に刻まれたのは、シュンタに関わる全てを忘れてはいけないと知っていたから。
出会った瞬間電気が走ったとか、そんなドラマみたいなことはなかったけれど。
離れてはいけない。
何となく、分かった。
「こういうの、波長が合うって言うんだっけ?」
違う。
ユカコは自分で問いながら自分で答えた。
きっと波長が合う合わないよりもっと明確なはず。
もっと単純なはず。
それはきっとお互いの心が安定したのを感じたのだ。
一緒に居れば、崩れそうな足場が安定すると。
綺麗に言えば求め合い。
汚く言えば利用し合う。
そんな関係。
シュンタも、ここまではっきりとは分かっていないだろうけど、そう感じているに違いないとユカコは思った。
別に自信があるわけでもないけれど。
トントントン
階段をあがってくる足音が聞こえて、ユカコの思考はそこで途切れた。
足音は焦げ茶色の扉の向こうで止まる。
「ユカコ、夕飯だよ」
聞き慣れた姉の声に、ハイと短く返してユカコはのそのそと制服を脱ぎはじめた。
部屋着に着替えて、部屋の照明のスイッチを切る。
携帯は、赤いランプを光らせて充電中。