FILE2:会えて良かった
アスファルトで舗装された河川敷を僕とアナタで歩いている。
昨日の雨雲が残っているのか、空は曇っていて、影はない。
代わりに吹いている風は、穏やかに川の水面を揺らしていた。
「へぇ、じゃあシュンタくんは小学一年生からずっとお母さんと二人暮しなんだ」
隣でアナタが口を開いた。
「うん。家は父さんが生きてるうちに買った一戸建だけどね」
そっちは何人家族?
僕は二十センチ近く身長差のあるアナタを見上げる。
「あたしはお母さんとお父さんと、あとお姉ちゃんの四人家族」
「ユカコさん、兄弟いるんだ」
「兄弟っていうか姉妹だけどね」
「いいなぁ」
僕は足元の小石を蹴り飛ばした。
運動靴のゴム底に弾かれた小石は綺麗な弧を描いて飛んで行く。
けど、それは真っすぐ飛ばずに左にそれて、そのまま川に落ちて分からなくなった。
「シュンタくんだっているんでしょ? 新しい兄弟」
目線をあげると、隣にいたはずのユカコさんはいつのまにか僕の数歩先でローファーの靴音を鳴らしていた。
「戸籍上だけだよ」
呟くと、ユカコさんは立ち止まって僕を振り返った。
「……シュンタくんは、お母さんの再婚に反対なの?」
僕も立ち止まってユカコさんを見た。
「……嫌、じゃないよ」
というより、むしろ賛成なくらいだった。
「母さんがあの人と居て幸せなら、再婚してくれて良かったと思う」
でも。
僕は俯いた。
「だからって、あの人やあの人の子供は僕の家族にはならない」
僕に母さんと父さん以外の家族はいないし。
その父さんだって、5年前に天国に逝った父さん以外いない。
だから。
「家族じゃないあの人たちが家族面してるあの家にはいたくないんだ」
掌をぎゅっと握って顔をあげると、すぐ目の前にユカコさんが立っていた。
「シュンタくんって、すごいね」
ゆるやかな風が、ユカコさんの肩くらいまでの黒髪を揺らす。
「そうかな…」
僕を映す真剣な瞳も髪同様黒く。
僕は答えながらも、その色に引きずり込まれそうになった。
「すごいよ」
ユカコさんの目だけが笑う。
「きっとあたしだったらそんなにはっきり言えないもん」
でもね?
そうユカコさんが首を傾げる。
そして両手が伸ばされて、気が付いたときには僕はユカコさんの腕の中にいた。
「でも、泣きそう」
泣きそうなくらい辛そうな表情、と耳元で囁かれる。
「そんな顔しないで?」
そう言われて、僕はようやく自分が自分の中の迷路に迷いこんでいたことに気付いた。
しんと静まる空気。
新しい家族を家族と思えない僕は間違ってるのかもしれない。
けど、やっぱりあの人たちは『家族』じゃないんだ。
どうしようもない葛藤。
ずっと、僕を締め付けていた。
「……うん。」
目を瞑って頷いて。
ユカコさんの制服に顔を埋めた。
「泣く?」
「……まさか」
ユカコさんが冗談っぽく聞いてきたから、僕も笑いながら答えた。
さすがにそんな簡単には泣かないよ、と。
「ねぇ、ユカコさん」
「なに?」
顔をあげて瞳を見つめる。
子供っぽく見えないように。
できるだけ、真剣に。
「僕、ユカコさんに会えて良かった」
この思いが伝わるように。
「……あたしも」
昨日会ったばっかりなのにね。
ユカコさんの唇が言葉を紡いだ。
人知れず吹く風は僕たちを撫でる。
人知れず芽生えた感情は、まだ気付かれることなく育っていくだろう。
近づいてくる夏のかおり。