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My last lover  作者: 琉珂
13/13

FILE12:溜息

出店の並ぶ通りにはすぐ着いた。

まだ7時もなってないのに行き交う人は多い。

狭い道を屋台が狭めて、そこをさらに人が通るなんて。

時間が経てば、ここはもっと人であふれるんだろう。

まさに、僕の苦手な人混みの出来上がりじゃないか。


「シュンタくん、今ちょっとげんなりしてるでしょ?」


僕の右側を歩くユカコさんがくすくす笑って話しかけてきた。


「えっなんで」


「だってシュンタくん人の多いところ嫌いそうだし」


「あ……うん」


「ていうか、ちょっと顔に出てたし」


「え、うそっ」


「ホント。顔っていうより、ここに皺がね」


ユカコさんは笑って自分の眉と眉の間を指差す。

僕は慌てて眉間に手を伸ばす。

当たり前だけど、もうそこに皺は残っていなかった。

そんな僕の様子を、ユカコさんはめずらしそうな目で見て、笑い声をもらした。

何をやってるんだろう僕は。

いつもならこんなこと、間違ってもユカコさんの前じゃしないのに。

自分に幻滅しつつも、僕はこんな失敗をしてまう原因にしっかり気付いていた。

僕の左側を歩く、こいつだ。

三岡くん。

疫病神。

三岡くんが近くにいると、何でだか調子が狂う。

いつもの僕じゃなくなる。

だから連れて来たくなかったんだ。

はじめは断ったくせに、いきなり行きたいとか言い出して。

そのくせ直前になってうだうだして。


「……三岡くん」


僕は小さい声でそっと呼びかけてみた。

横目で様子を窺ってみる。

待っても、まるで反応はなかった。

つまりシカトだ。

最終的にはこんな状態。

何とかして間を持たせてみてるけど、ユカコさんも少し困っているみたいだった。

ホントに、意味が分からない。


「あ、シュンタくん。ほらかき氷あったよ」


ユカコさんが肩を叩いてきた。

言われて、前を見たら確かにかき氷の屋台があった。

『氷』と書いてある。

そういえばさっき、勢いにまかせてかき氷が食べたいなんて言ってしまってたんだった。


「う……うんっ。ホントだ」


忘れかけていたコトを、なんとかごまかす。


「えーっと、どれにしよう」


「けっこういろんな味があるんだねー」


こんなにあったら迷っちゃうじゃんね。

ユカコさんが笑いかけてくる。

気付いてはいないみたいだった。


「そうだ、三岡くんも買う? かき氷」


僕は左を見て、もう一度三岡くんに話しかけた。

足元を見ていた三岡くんの視線が、屋台に向く。


「………たこ焼き」


ぼそり呟いた。


「え?」


「俺、たこ焼きが食いてーな」


思わず、僕はさらに聞き返しそうになる。

明らかにおかしい返事だった。

だって、なんで、この状況で、かき氷買うって、言ってるのに、いきなり、たこ焼きなんて言えるんだ。

いろんな言葉が頭の中を横切って、口に出す前に消えていった。

混乱する。

口を無意味に開いたり閉じたりしてしまった。

どうしてうまく行かせようとしてる流れを、三岡くんはここまで崩そうとするんだろう。


「あれ、じゃあ三岡くんたこ焼き先に買う?」


ユカコさんが僕越しに三岡くんに声をかけた。

三岡くんもさすがに無視しないで頷く。

僕は溜息を吐きそうになるのを堪えて、ユカコさんを見た。


「ねぇそれなら、僕もたこ焼き先に買うよ」


「えっいいの?」


「うん。よく考えたらそっちの方が食べたくなってきたから」


そもそも、別にかき氷が食べたかったわけじゃない。


「ちょうど向こうにたこ焼き屋さんあるし、あそこ行こうよ」


僕はちょっと離れたところにある出店を指差した。

いくらか人が並んでいるのが見える。

心なしか、他の出店と比べて並んでる人の数が多い気がする。

何となくで指をさしてしまったけど、あそこは買うのにちょっと時間がかかるかもな、と思ったとき、ちょうど道の奥にひっそり立っている自動販売機が目に入った。


「そうだ、ユカコさん。僕少し喉が渇いてるから、そこの自販機でジュース買ってくるよ」


だから、僕の分のたこ焼きも買っといて欲しいんだけど。

そう頼んだら、ユカコさんはああと頷いてくれた。


「うん分かった、先に行って買っとくね」


「ごめんね」


僕は、ユカコさんと三岡くんが人混みの中に入った行くのを見届けた後、自動販売機向かった。

ちょっと横道に入ったところにあるせいか、そこは表の通りより少しだけ静かだった。

お財布から小銭を出して自動販売機に入れる。

パッとあかりのついたボタンのひとつを押そうとして、僕はふと手を止めた。

自分のTシャツの裾に目をやってみる。

背中側の左腰あたり。

触ると、大きくしわが寄っていた。

さっき三岡くんに掴まれたからだ。

いきなり僕の後ろに隠れてしまった三岡くんに、わざわざユカコさんが回りこんで自己紹介をしてくれてたときだった。

背中を向けていた僕の服を突然三岡くんが掴んだんだ。

驚いて振り向いても、こっちを見ようともしない。

足元を見つめてるばっかり。

裾が伸びるだろ、と言ってやりたかったけど、何でかそのとき僕は言えなかった。

その代わり、この場をどうにかしないと、と思った。

ちょっとだけ三岡くんの顔色が青くなってたように見えたからかもしれない。

でも、どうしてあの状況で顔を青くする必要があるんだろう。

ユカコさんが話しかけただけなのに。

ていうかよく考えたらユカコさんに失礼じゃないか。

あんな態度とって。

カチャンと入れた小銭が出てくる音がした。

自販機が時間切れしたんだ。

僕は唇をへの字にして出てきた小銭をまた投入口に入れた。

三岡くんのおかしな行動のおかげで、こんがらがった頭を整理するためにこっちに来たけど、あんまり意味なかったかな。

気が付くと、僕は溜息を吐き出しそうになっていた。

それをぐっと飲み込んで、代わりに再びあかりのついたボタンの一つを力強く押した。

幸せが逃げるとかそういうのを信じてるわけじゃないけど、やっぱり溜息は吐きたくない。

せっかく楽しみにしてた花火大会をつまらないものにしたくなかった。




まるっきり蚊帳の外だってことにも気付かないで。

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