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My last lover  作者: 琉珂
11/13

FILE10:遅刻

携帯で時間を確認する。

6時まであと10分ちょっとしかない。

僕は思わず舌打ちしそうになって、何とかそれを押しとどめる。

舌打ちはガラが悪く見えそうで好きじゃない。

慌てて携帯をズボンのポケットにしまい、代わりに歩くスピードを速めたとき、隣に彼がついてきていないことに気が付いた。

僕はいい加減げんなりした気分になって、肩を落として足を止める。

待ち合わせの美術館まであと少しなのに。


「三岡くん!」


僕は後ろでのたのた靴紐を結んでいる三岡くんを振り返った。

へ?と間の抜けた顔がこっちを見る。


「早くしてよ三岡くん! 靴紐なんて向こうに着いてからでも結べるだろ」


「いやこのままじゃ転ぶかもしれねーじゃん」


「なら転べば?」


「怪我するって」


「そのときは帰ればいいんじゃないの」


ていうか、今すぐ帰ってほしいんだけど。

そう告げると三岡くんは大げさに顔をしかめた。


「…………」


三岡くんは少しだけ押し黙って、お前さぁ、と何か言い始めようとした。

僕は言葉の続きを聞かないよう即座に前へ向き直り歩き始める。

戒めるような、たしなめるような、そんな口調だったのが気に食わなかった。

三岡くんに常識だとか良識だとかそういうものを教えられるなんて絶対に嫌だ。


「ちょっ、ちょっと、待てって」


焦ったような声が後ろから聞こえてきた。

でも待てと言われて待ってたらそもそも歩き出してない。

振り返って肩越しに小さく一瞥をくれると、三岡くんはむうと唸って手早く靴紐を結び直した。

こっちに走ってくる彼に僕は溜息を吐く。

なんだよ、あんなに早く結べるんじゃないか。


「つーかさ、待ち合わせまでまだ10分はあるんだし、そんな急ぐ必要ないんじゃねーの?」


ようやく隣に並んで、足早な僕に遅れを取りそうになりながら三岡くんが言ってきた。

僕は眉を潜めて三岡くんを見る。


「……僕、いっつもユカコさんと会うときは必ず待ち合わせ時間の10分前には行くようにしてるんだよね」


「あ、そうなんだ」


僕はその悪びれるとかそういうものを全く考えてない答えに、無性に苛立ちを感じた。


「そうなんだじゃないよ」


「え?」


「もう10分前だっていうのに、三岡くんが遅刻してきたから僕はまだ美術館に着いてないんだ」


「いや、だから遅刻したのはホントごめんって。そんな怒んなよ本宮」


三岡くんは片手を上げて謝るけど、僕はそれとは別の理由でまた眉を潜めた。


「ねぇ三岡くん」


今から言う言葉は前にも彼に言ったことがある。


「僕の名字、本宮じゃないんだけど」


三岡くんはきょとんとした表情。

あのときと全く同じ反応。

最近気付いたけど、三岡くんは何か言われてもすぐに相手の意を読み取れないみたいだ。

やたらきょとんとする。


「だからぁ」


僕は溜め息を吐いた。


「ユカコさんの前で本宮って呼ばないでほしいんだけど」


南美術館が見えてきたので、一旦足を止める。

ユカコさんに会う前に、このことはちゃんと言って置かなくちゃいけない。


「何でだ?」


すると三岡くんはとんでもないことを聞いてきた。


「何でって……」


当たり前じゃないか、と言おうとした。

だってユカコさんは僕の両親が再婚していることを知ってるし。

僕の名字が藤堂だってことも知ってる。

なのに本宮なんて前の名字を呼ばれてたら、ユカコさんだって絶対おかしいと思うだろう。


「あたりまえ……」


そのとき僕はふと気付いた。

三岡くんは、分かってるんじゃないかって。

理由はないけど、どうしてか僕には三岡くんがまるで時間稼ぎをしてるように感じられた。

わざと分からないフリをして僕たちが美術館に着くを遅らせてる。

そんな気がした。


「とにかくっ、僕のこと呼ぶときは藤堂って呼んでよね」


「えー、本宮でもいいじゃん。それ何か呼びづれーよ」


「うるさいなぁ。もう52分になったし、行くから」


「えぇー」


まだ不満を言おうとする彼を置いて僕は美術館に足を向けた。

小走りに行けば1分とかからない。

ユカコさんが来る前に早く行かないと。

数歩歩いて、僕は三岡くんを振り返った。

今度は靴紐もほどけてないのに何でこんなにぐずぐずしてるんだ。


「三岡くんっ!」


急かすように言うと、三岡くんは俯いてううだとかああだとかよく分からないことを呟いた。

かと思ったら、いきなり顔を上げて誰に言うでもなくそうだなと答える。


「ああそうだよな。美術館まであとちょっとだし、もう行くしかないよな。そうだそうだ」


独り言みたいに言ったあと、三岡くんは何かふっきれたように走りだした。

僕の横を通り過ぎ美術館目指して走っていく。

あれ、何だろうこのかんじ。

ついこの前もにあった気が……。


「早く行こうぜシュンターっ」


三岡くんの行動に呆けていた僕を、今度は三岡くんが急かすように呼んだ。

一瞬遅れてシュンタは自分であることを思い出す。

今三岡くんは僕をシュンタって呼んだ。

名字で呼びたくないから、代わりに下の名前らしい。

どう違うんだろう。

よく分からないままとりあえず僕は歩き出した。

携帯を開いて時間を見たらいつの間にか54分になっていた。

10分前に行く予定だったのに。

ユカコさんが先に着いてたらどうしよう。

僕はそんなよく分からない三岡くんよりユカコさんのことを考えて。

なんとか気分を本調子に戻し三岡くんを追いかけた。

昼間晴天だった空はまだ明るい。




今日の花火はきっとよく見えるだろう。


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