FILE9:友達
美術館前行きのバスはまだ来てない。
さっき携帯を見たとき時間は5時40分だった。
向こうに行くのに10分とかからないから、待ち合わせの時間には十分間に合うだろう。
停留所にはあたしの他にも何人かバスを待っている人がいた。
もしかしたらみんな花火大会に行くのかもしれない。
時刻表を確認してみたら、バスが来るまであと2分あった。
履いているミュールのヒールをかつりと鳴らす。
早く来い、と気が急いているのが自分でも分かった。
早くシュンタくんの友達に会ってみたかった。
一昨日、電話の先で聞いた二人の声は幼く。
いつも穏やかなシュンタくんがそのときだけはやけに子供らしく感じられた。
実のところ、はじめその友達を誘わないかとシュンタくんに言ったのは、あたしがその子に会いたいと思ったからだった。
一度は断られて、そのすぐに行くという声が聞こえたとき、正直けっこう嬉しかったのはシュンタくんには内緒。
だってこんなこと言ったらシュンタくん怒りそう。
それでも会ってみたい、と思った。
シュンタくんをそんな風にしてしまえるその子に。
あたしは会ってみたい。
また時間を確かめようと携帯をバックから取り出した丁度そのとき、シュンタくんからメールが来た。
『ごめんユカコさん。ちょっと遅れるかも。』
絵文字も何も使ってない、いつも通りの質素なメール。
その内容にあたしは笑みをこぼした。
まだ待ち合わせの20分近く前なのに、わざわざメールしてくる几帳面さがおかしかった。
あたしは返信画面を表示して文字を打つ。
『あたしもまだ着いてないから大丈夫だよ』
送信ボタンを押して、スカートのポケットに携帯をしまった。
昨日メールしたときシュンタくんは自転車で行くと言っていたけど、道でも混んでいるんだろうか。
市役所に行く人で自転車を進められないなら待ち合わせを美術館の前にした意味がない。
「悪いことしたかなぁ……」
口元に手を当てて呟くと、着信音が鳴っているのが聞こえた。
ポケットに手を突っ込んで携帯を掴む。
新着メールは予想通りシュンタくんから。
『一緒に来る人がなかなか来ないんだ。ゆっくり行っててよ。』
バスにゆっくりも何もないんだけどな。
思わず苦笑して、やっぱりシュンタくんが普段と違っているなと思った。
あたしがバスで行くことは伝えてあるから、ゆっくり行っててなんていつもなら絶対言うはずがない。
このことを本人に教えようか少し迷ったけど、今教えたらもう二度とこんなシュンタくんを見れないような気がして、あたしはただ気を付けてねとだけ返事をしておいた。
もうそろそろバスが来る。
道路を覗いてみたら、吹いた風に髪を一瞬さらわれた。
せっかくセットしたのにとあたしはすぐに髪を撫でつける。
ついでに鏡で化粧が崩れてないかも確かめた。
今日はいつもよりちょっと気合いが入っている。
結局、シュンタくんの友達に会えることを抜きにしても、あたしがこの花火大会を楽しみにしていたことに変わりなかった。
早く会いたい。
その子だけじゃなくて、シュンタくんにも。
それで早く元気になってくれればいい。
バスがやって来るのが遠くに見えた。
いつになく、心が弾む。




