第9話 遠い北の噂
事件が何もない日は、だいたい決まった流れになる。
俺は町の門を順番に回り、顔なじみの衛兵たちと挨拶を交わす。
この町には3つの門がある。東門、西門、北門。
一応、巡回だ。
その後、町の外も巡回する。
「おう、ガイン。また来たのか。」
北門の衛兵長のトムソンが、気軽に声をかけてくる。
俺の一番の雑談相手だ。
「暇だからな。」
俺はそう返す。
ゼルとアリサ、ウィルも自然に散らばり、周囲を見ている。
衛兵達は、それを特に気にも留めない。
「相変わらず頼りになるな。」
「用心棒が常駐してるみたいなもんだ。」
そんな評価だ。
今思えば、これがどれだけ異常か、俺はこの時まったく分かっていなかった。
西門を回った頃、ロウエン配下の若い衛兵が話題を振ってきた。
「そういえば、聞きましたか?」
「何をだ」
「帝都近くの北部地域の話です」
帝都近く?
ハイネからはかなり遠い。
人間が歩けば4カ月以上かかるだろう。
「大規模なモンスター襲撃があったそうです。」
「町が丸ごと危険になったとか。」
「へえ。」
俺は軽く相槌を打った。
モンスターの襲撃なんて、珍しい話じゃない。
対処できなかっただけだろ。
「最近、増えてるらしいんですよ。」
別の衛兵が言う。
「北の方じゃ、土地の開拓が進んでるって話ですし。」
「なるほどな」
ゼルが唸る。
「住処を追い出されたモンスターが暴れた、って感じなのか?」
「多分な。」
衛兵は肩をすくめた。
「詳しいことは分かりませんが。」
その口調は、どこか淡々としていた。
遠い地域の出来事。
自分たちには関係ない、という距離感だ。
「駆除されたらしい。」
「危険だから仕方ない、って話ですよ。」
俺は特に何も言わなかった。
暴れるなら、倒される。
それだけの話だ。
巡回を終え、屋敷に戻ると、ブランタンが執務室にいた。
「おかえり、ガイン。」
ブランタンが言う。
「戻ったぜ。」
俺が何気なく噂話を口にすると、
ブランタンの手が一瞬止まった。
「北部の話か。」
「モンスターが暴れたらしいな。」
「しばらく、軽はずみな行動は控えてくれ。」
遠出も、できるだけ避けてほしい。」
ブランタンは少し考え込み、ゆっくり言った。
「なんでだ?
情勢が、少し不安定だ。」
珍しく、言葉を濁す。
「別に、俺達は暴れたりしねえぞ。」
「分かっている。」
ブランタンは俺を見た。
真剣な目だ。
「だからこそだ。
目立つ行動は、今は避けたい。」
「大丈夫だって。」
俺は笑った。
「ハイネは平和だし、俺たちもいつも通りだ。」
「そうだな。」
ブランタンはそれ以上、何も言わなかった。
その夜、俺は特に気にせず眠った。
北部で何が起きていようと、ここはハイネだ。
衛兵は気さくで、住民は理解があり、俺達は自由に歩いている。
それが、当たり前だと思っていた。
だが、その”当たり前”が、どれほど貴重なのかをこの時の俺は知らなかった。




