第8話 限界突破種
その日、俺達は町の郊外をパトロールしていた。
昼を少し回った頃、街道で悲鳴が聞こえてきた。
「た、助けてくれ。」
木立の向こうから飛び出してきたのは、人間の男。
商人風の身なりで、肩から下げた袋を抱えたまま必死に走っている。
その背後には、盗賊らしい連中が数人。
「またか。」
俺は足を止め、状況を見た。
盗賊が出てくるのは珍しい話じゃない。
だから、商人の方も普通は護衛を雇うのだ。
「大将、盗賊だぜ。」
ゼルが低く唸る。
「やるわよね。」
アリサも爪を立てた。
「当然だ。」
俺は答える。
ウィルは少し緊張した様子で俺の横に並ぶ。
俺達が姿を見せた瞬間、盗賊たちは一斉に動きを止めた。
熊型モンスターが四匹。しかも隊列を組んでいる。
「な、なんだ。」
「モンスター使いか?」
違うが、訂正する気はない。
俺は一歩前に出た。
盗賊たちが何か叫んでいるが、人間の言葉は分からない。
意思疎通魔法を使っていないようだ。
ただ、恐怖と動揺だけは空気で伝わってくる。
ゼルとアリサが左右から圧をかけ、ウィルが俺の後ろで構える。
それだけで十分だった。
盗賊たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
商人の男は、腰を抜かしたまま何度も頭を下げている。
その視線は、明らかに俺に向いていた。
俺が首を傾げると、
商人は慌てて額に手を当て、魔法を起動させた。
意思疎通魔法だ。
「あ、ありがとうございました。
聞こえますか?」
商人が話してくる。
「ああ。」
俺は短く答える。
商人はほっとしたように息を吐いたが、その直後、目を見開いた。
「それにしても。」
俺だけでなく、ゼル、アリサ、ウィルを順に観察する。
警戒と、戸惑いと、強い興味が混じった目だ。
「噂は聞いていましたが、実物を見るのは初めてです。」
商人は言う。
「何の噂だ?」
俺が聞くと、
「ハイネには、特別なモンスターがいると。」
特別?
意味が分からない。
「モンスターが言葉を話すこと自体は、珍しくありません。
意思疎通魔法を使えば、餌や縄張り、危険の有無くらいは分かる。」
商人は落ち着いた声で続ける。
それはその通りだ。
「ですが、」
商人の視線が、再び俺に戻る。
「あなたは、人間の社会を理解している。
助ける理由を理解し、敵とそうでない者を区別し、交渉の流れを読む。」
「それは、驚きです。」
「ガイン様」
ウィルが小さく息を呑んだ。
「失礼な言い方になりますが、悪い意味ではありません。」
商人は慌てて付け加える。
「あなたのような存在は、限界突破種と呼ばれます。」
限界突破種。
聞いたことのない言葉だ。
「知性が、本来の限界を越えたモンスター。
極めて希少で、私は初めて見ました。」
初めて?
そんなに珍しいのか。
「それと、もう一つ。」
商人は周囲を見回し、言葉を選ぶように続けた。
「普通、人間と暮らすモンスターは飼い主の近くから離れません。」
「命令がなければ動かず、自由行動などあり得ない。」
「ですが、あなた方は、」
そこで言葉を切り、苦笑する。
「自由すぎる。」
「大将、俺達、変なのか?」
ゼルが首を傾げた。
「さぁな」
俺は答える。
商人は深く頭を下げた。
「命を救っていただいたことに、変わりはありません。
感謝します。」
それだけ言って、彼は街道の先へと去っていった。
「限界突破種ね。
初めて聞いたわね。」
アリサがぽつりと言う。
「俺もだ。」
俺は答える。
ウィルは不安そうに俺を見上げる。
「ガイン様、僕、変じゃないですよね?」
「当たり前だ。」
俺が即答すると、ウィルは少し安心したようだった。
だが、俺の中には、微かな違和感が残っていた。
「まぁ、どうでもいい。」
俺は歩き出す。
今は、ハイネがある。
仲間がいる。
それで十分だ。
この時俺はそう思っていた。




