第48話 センメルヴェイス反射
フォノアさん達冒険者がハイネの町に入っていく。
俺は、フォノアさんの交渉を憂鬱な気持ちで待った。
フォノアさんは意外にもすぐに戻ってきた。
よしっ、断られたな。
俺はそう思った。
「領主のブランタン殿は、モンスター部隊全員を歓迎してくれた。
今日は、町の中でゆっくり休んで欲しいとのことだ。
あと、ガイン殿に是非会いたいと。」
フォノアさんが言う。
うげげ、まじかよ。
あの野郎、何を企んでやがる?
それに、今更俺に何の用だ。
この際だから、1発くらいぶん殴ってやるか。
俺達はハイネの町に入っていく。
あの野郎の手下と思われる町の人間が案内してくれるが、俺の知らない人間だ。
こいつに恨みがあるわけではないので、俺は黙ってついて行く。
戻ってきたんだなあと言う気にならない訳ではないが、懐かしいという感覚は余り沸かない。
町の中央広場を過ぎ、俺がかつて住んでいた館の北東のエリアの広場に来る。
広場の近く、館から遠い所に小さな森ができていた。
鳥族には、森で過ごしてほしいと案内人に言われる。
鳥族は地面の上で寝るのはきついだろうし、丁度いい感じの森だな。
あと、俺がエルモンドに来る前に、この辺りに商店街を拡張する話があった筈だが、何も変わっていない所を見ると立ち消えになったのか。
そのおかげで、この辺は衛兵隊の見張り台くらいしかなくて広いから、モンスター部隊全員が過ごせそうなのは好都合だな。
もうすぐ夕方だし、今日はここで休むことになるので、俺は隊長達に隊ごとに休むように指示する。
さて、あの野郎に会いに行くか。
とか思っていると、
「では、ガイン殿。ブランタン殿に会いに行くか?」
フォノアさんが言ってくる。
「フォノアさんも用事があるのか?」
俺が聞くが、
「ブランタン殿から是非ガイン殿の話を聞きたいと言われてな。
私とパワー殿が着いて行くことになった。」
フォノアさんと一緒じゃあの野郎を殴りにくいな。
しかも、兄貴まで着いて来るのかよ。
まあ仕方ない。あの野郎の言上くらいは聞いてやるか。
「ガイン、折角帰って来たのに、全然嬉しそうじゃねえな。」
兄貴が言ってくる。
「そうか?
あの野郎に文句の一つでも言ってやるのを楽しみにしているんだが。」
俺は答える。
「気持ちは分かるが、騒ぎだけは起こすなよ。」
兄貴にくぎを刺されてしまった。
流石にぶん殴るのはまずいか。
まあいい。言いたいことは山ほどあるからな。
フォノアさんについて行くとあの野郎が館の入り口で待っていた。
「ガイン、待っていたぜ。
立派になったって話じゃねえか。」
あの野郎は俺を見るなり言ってきた。
「やけに俺のことを気にしてるじゃねえか。
ハイネに帰ってきた俺が怖いのか?」
俺は挑発してみる。
「相変わらずだな。
折角、立派になったお前を祝ってやろうと思ったのによ。」
どこがだ?
「俺を縛り上げてエルモンドに送っておいて、今更よくそんな事が言えるな。」
「ガイン、お前はあの時の事をまだ恨んでいるのか?」
「当たり前だろ。
ノリクの軍からハイネの町を守ってやろうとしていた俺を、てめえの方針と違って気に入らねえからって無理やり縛り上げてエルモンドに送りつけた事は忘れねえぜ。」
「ガイン、エルモンドへ行く前のお前は本当にノリクと戦えたと思っているのか?」
ちっ、そこは否定できないか。
「確かに、無理だっただろうな。
だからと言って、他に方法はあるだろ。
無理やりエルモンド行きの荷物の中に押し込みやがって。
親父は契約してたみたいだが、俺はお前の所有物じゃねえぞ。」
「自分で認めたな。あの時点でお前にハイネを守る力はなかったと。
そして、ノリクに屈した時点でモンスターのお前は首輪付きだ。
お前の安全のために、お前をエルモンドに送ったことで、ここまで恨まれる筋合いはないと思うがな。
だいたい、お前が嫌がって暴れなければ大人数で無理やり取り押さえて縛る必要もなかったんだぜ。」
「俺の安全のため?
嘘つけ。
てめえの思い通りにならない俺を厄介払いしたかっただけだろ。」
「いいかげんにしないか。
ブランタン殿は、本気でガイン殿の事を心配しているのだぞ。」
フォノアさんが話を割ってきた。
「こいつが俺のことを心配?
な訳ないだろ。
こいつは俺達モンスターの事なんて所有物としか思ってねえぜ。」
俺は言い返すが、
「馬鹿野郎」
俺は兄貴に殴り飛ばされた。
「痛えな。
兄貴、何しやがる。」
「この男はな、本気でお前の事心配しているんだぞ。
お前のことを物扱いしているなら、わざわざ人手を割いてまで大匹数のモンスター部隊をハイネの街中で過ごさせるか。
それに、ノリクがどうこうする前に、お前を支配していたはずだ。
頭を冷やしてよく考えろ。」
兄貴が言う。
俺は兄貴とフォノアさんを見る。
どちらも、俺よりも今日会ったばかりのあの野郎の肩を持っている。
「分かったよ。
もう、用事は済んだだろ。
俺はちょっと頭でも冷やしに戻るぜ。」
俺はそう言って、館を後にした。
気に食わねえ。
兄貴までがあの野郎の肩を持つなんて。
だが、俺のことを分かってくれている兄貴があの野郎の肩を持った事実は重い。
あの野郎の言ってることが正しいのか?
俺は感情的に認めたくないだけなのか。
一度冷静に考えないとだめか。
違った視点から確認してみないとな。
俺がそう思いながら部隊のところに戻ってくると、ウィル隊長が待っていた。
「ガイン様、お話したいことがあります。」
ウィルが言ってくる。
ウィルから話があるなんて珍しいな。
「ウィル、どうした?」
「実は俺、ガイン様に謝らなければいけないことがあるのです。」
「どうしたんだ。急に改まって。」
「俺、実はエルモンドに来てからのガイン様の状況を定期的にブランタン様に報告していました。」
俺は驚いてウィルの顔を見る。
ウィルがあの野郎のスパイだったという話が信じられない。
「ウィル、お前があの野郎のスパイだったなんて嘘だよな?」
俺は何かの間違いに違いないと思って確認する。
「今言ったことは事実です。」
ウィルが答える。
事実を認めざるを得なくなり、俺はウィルを睨むが、ウィルは正面から俺の顔を見据えてきた。
俺の元子分の中でもゼルやアリサはともかく、ウィルだけは俺には逆らえない奴だと思っていたから、俺は余計に驚く。
「ガイン様のお怒りは分かります。
俺は殴られても文句は言えません。
ですが、ブランタン様はガイン様のことを常に心配していた事だけは分かってあげて下さい。」
ウィルが言ってくる。
ここでウィルをぶん殴ったら負けだよな。俺が馬鹿みたいだ。
落ち着いて、事実確認しなければ。
「ウィル、お前はずっとエルモンドにいたよな。
どうやって報告をしていたんだ?」
俺は落ち着いて、一つずつ確認していく。
「ブランタン様の密偵が定期的に俺に会いに来ていました。」
そうだったのか。全然気づかなかった。
「あの野郎が俺のことを心配しているというのは、何を根拠に判断したんだ?」
これを聞けば、真実が見えてくるかもしれないと思い聞いてみる。
「ガイン様が縛られてエルモンドに送られるときの事です。
ガイン様がエルモンドで他のモンスターに迷惑をかけて、エルモンドを追い出されるかもしれない。
そんなことにならないようにガイン様を支えてやってくれって。
ブランタン様、俺なんかに頭下げて頼んできたんですよ。
ガイン様の言うように、ブランタン様が俺達モンスターを物としか考えてないなら、そんなことするはずないでしょう。」
ウィルが言う。
「目的のために演技位いくらでもやる奴はいるだろ。」
俺が言うが、
「ブランタン様は、イヴェール様と違ってガイン様に契約関係を結ぶ事を強いていません。
俺は、ブランタン様の密偵だけでなくエルモンドで冒険者部隊の方にも話を聞きましたけど、契約を強いずに対等関係でモンスターと付き合うなんて話はどこにもないですよ。
ブランタン様が、ガイン様の事をそれだけ大事に考えていた証です。
それに、ガイン様がパワー大将とモンスター部隊を率いることになった報告をしたら、自分の事のように喜んでいたそうです。密偵からの又聞きですけど。
俺に聞いてくる話も、ガイン様の活躍についてとエルモンドで何か困った事がないかと言う話でしたし。
それだけじゃないです。
俺がエルモンドでホーク隊の鳥族が夜の居場所に困って近くの家の屋根の上で休んでいる話をしたら、ハイネでは木の枝で休めるよう小さな森まで作ってくれていたのです。」
ウィルが答える。
確かにあの森は、鳥族にとって助かる。
「ウィル、森の件についてエルモンドでは言わなかったのか?」
俺が聞くと、
「エルモンドに避難させてもらって、お世話になっているのに、さらにそんな事まで言えないですよ。」
ウィルが答える。
あの野郎が相手だから言えたという事か。
せめて俺に言ってくれれば、対処を考えることもできたのに。
俺はウィルと話して、少しだけ冷静になることができたが、違う視点から事実確認をしても、兄貴の言う通りだという事実を突きつけられただけだった。
俺はやり場のない怒りを何かで発散させたかったが、ここでウィルに当たるほど幼稚なことはしないぜ。
ちゃんと気晴らしをし直そう。
「ウィル、鳥族の件とか困った話は俺にも相談してくれ。
全部とは言わねえが、俺なら対処できる事だってあるからな。」
「すいません。」
ウィルは、何も悪くないのに俺に謝ってくる。
「今後気を付けてくれればいい。」
俺は、ウィルとの話を切り上げる。
「ガイン様、どこへ行くのですか?」
「気晴らしに散歩をしてくる。」
俺はそう言うと、ウィルと別れて部隊を後にした。
兄貴はまだ館から戻ってきていないな。
もうすぐ夕方だが、気晴らしに1匹でハイネの町を散歩してくるか。
俺は、すぐ近くの北門の方へ歩いて行く。
すると、知った顔を見つけた。
門番隊長のトムソンだ。
今は、北門の責任者をしているみたいだな。
「よう、トムソン。久しぶりだな。」
俺は、トムソンの近くまで歩いて行って話しかける。
「ガインさんじゃないですか。
エルモンドでモンスター部隊の副大将になったんですよね。
もう、ハイネの英雄ですよ。
あんなにたくさんのモンスターを率いて凄いです。」
そこまで言われると、流石にむず痒い。
「いや、俺がここまでこれたのは、
エルモンドでパワー大将やウル様、オーウェル様に世話になったおかげだけどな。」
事実なので俺はそう言っておく。
「隊長、この方が噂のガイン様ですか?」
俺を知らない新兵らしきトムソンの部下が聞いてくる。
「そうだ。持ち場離れるなよ。」
トムソンが言う。
「分かってますって。
俺達にもガイン様の武勇伝を聞かせてくださいよ。」
新兵が言ってくる。
「俺はまだ何も話してないぜ。」
俺が言うが、
「隊長は、ブランタン様からガイン様の活躍を聞いているんですよ。
隊長だけずるいです。」
「あの野郎、トムソンに俺の活躍の話なんかしているのか?」
俺が聞くと、
「こないだブランタン様が、ガインさんがノリクの特殊部隊を壊滅させた話を嬉しそうに話してくれましたよ。
話したくてしょうがなかったみたいで、俺達衛兵隊長全員集めて聞かせてもらいました。」
トムソンが言う。
まじかよ。
トムソンがここで俺に嘘をつく意味なんてないよな。
それに、トムソンは嘘が付けるような器用な奴じゃない。
視点を変えれば真実が見えてくるかもと思って相手を変えて話を聞いても、俺にとって不愉快な事実を突き付けられることに変わりはなかった。
あの野郎、俺が聞きこみをすることを想定してわざわざ隊長全員に話したのか。
さすがに、穿ちすぎだ。妄想を信じるようになっちゃ終わりだな。
そう言えば、エルモンドでもモンスターと会話できる衛兵は少数派だった。
それに対して、ハイネの衛兵はほぼ全員がモンスターと会話ができる。
あの野郎が新兵訓練のカリキュラムの中に初歩の魔法を入れたからだ。
あの野郎は、俺がハイネで過ごしやすくなるようにとやっていたのか?
認めたくないが、これだけ材料が揃うと認めざるを得ない。
「ガインさん、どうしました?
部下たちも聞きたがってるので、門の所でガインさんの武勇伝を聞かせてくださいよ。」
俺が余計な事を考えていると、トムソンにそう言われて俺ははっと我に返る。
「悪い。
ちょっと思い出した事があってな。
俺の武勇伝だったな。
よっしゃ。
門番の仕事をしながらでも聞けるように、門の所で話してやるぜ。」
俺は、そう言って門の所へ行って、ノリクの特殊部隊を壊滅させたときの話を始める。
そうだった。
俺はエルモンドで兄貴やウル様、オーウェル様に世話になってここまで来たと思ってた。
それはその通りだ。
だけど、俺がまだガキの頃に世話になったのは、他ならぬあの野郎だったんだよな。
それだけは認めないといけないか。
親父は俺に背中を見せて道筋を示してくれたけど、町の巡回とか山賊退治とかで忙しくて、俺が戦闘訓練を始めるまではあまり構ってくれなかったしな。
俺は話しながら、ハイネにいた頃のことを思い出していた。




