第11話 技の習得
ハイネの門は今日も静かだった。
俺はいつものようにトムソンと他愛のない話をしていた。
町に出入りするのは、旅人か商人くらいだ。モンスター使いが来ること自体は珍しくない。
ここは理想郷ハイネで、モンスターが町で暴れることはないと皆が知っている。
その日も、門の外から一組の旅人が現れた。
モンスター使いと、その手下らしきモンスター。
いや、でかい。
狼族だとはすぐに分かったが、俺がこれまで見てきたどの狼とも違った。体長は五メートル近くある。俺ですら二メートルほどなのに、それを優に倍以上は超えている。
今まで見てきたモンスターの中で、一番大きかった。
自然と背筋に力が入ったが、それ以上のことはしなかった。
モンスター使いの手下が、町で暴れることはない。それはもう経験で分かっている。
だから俺は、ただ目の前を通り過ぎていくのを黙って見ていた。
……はずだった。
狼が、俺の目の前で止まった。
金色の瞳が、じっと俺を見下ろしてくる。威圧感がないわけじゃない。だが、不思議と敵意は感じなかった。
「私を見て怖がらないとは珍しいな。」
狼が、そう言った。
モンスターの言葉だったが、意味ははっきり分かった。
「モンスター使いの手下のモンスターは暴れないからな。」
俺がそう答えると、狼は少しだけ口角を上げたように見えた。
「主人はいるのか?」
狼は聞いてきた。
「そんなものはいない。」
そう俺が答えると、
「珍しい奴だな。」
狼はしばらく俺を見つめ、それから楽しそうに言った。
「面白い。今夜はこの町に泊まると主人が言っていた。そこで、少し話でもしないか?」
狼は聞いてきた。
「ああ、いいぜ。」
俺は答える。
それだけのやり取りだった。
「フィル、そろそろ行くよ。」
後ろからモンスター使いが声をかける。
「今行きます。」
フィルと呼ばれた狼は、素直に踵を返し、主人の後を追っていった。
変わった奴だ。
そう思いながら、俺は二人を見送った。
ハイネには宿がいくつもある。
だが、あの狼の匂いを追えば、どこに泊まっているかなどすぐに分かる。
夜になり、俺が宿の近くまで行くと、外にフィルが出てきていた。足音で気づいたのだろう。
「待たせたな。」
「いや。」
フィルは短くそう答え、俺を見下ろした。
「ところで、お前は何の技が使える?」
いきなりそんなことを聞かれて、少しだけ面食らった。
「肉体技は……」
俺は、今使えるものを一通り説明した。
それを聞き終えると、フィルは首を傾げた。
「スタミナは使えないのか?」
「知らないが。」
「そうか。なら、教えてやる。」
あっさりと言われた。
「せっかくだ。覚えていけ。」
俺には断る理由はなかった。
教え方は簡潔だった。
だが、不思議なことに、
何故か、この技は前から知っていたような気がした。
感覚が、すんなりとはまる。
五分もしないうちに、形になった。
持久力を高める技なので、すぐには効果を実感することはできない。それでも、成功しているという手応えはあった。
「すごいな。こんなに早く覚えられるなんて。」
俺がそう言うと、
「簡単な技だったからだ。」
フィルは淡々と答えた。
「回復系は大事だ。次は難しいぞ。」
次に教えられた技は、さすがに簡単ではなかった。
精神集中の時間は、さっきとそれほど変わらない。
だが、感覚の掴みにくさがまるで違う。
それでも、一時間ほどで、どうにか形にはなってきた。
本来なら、ここから細かな調整が必要になる。
だが、
「時間がない。次へ行く。」
フィルはそう言って、先に進んだ。
こうして、俺は次々と技を教えられた。
すべて「完成」ではないが、「形」にはなる。
今までで、初めてと言っていいほど、濃密な時間だった。
「それじゃあ、技を身につけて、自分の身は自分で守れるようにしろ。」
最後に、フィルが言った。
「フィル、終わったかい。」
いつの間にか、主人が外に出てきていた。
「ちょうど終わったところです。」
「それじゃあ、そろそろ寝ようか。」
そう言われると、フィルは素直に尻尾を振り、宿の中へ入っていった。
色々と技を教えてもらった。
ありがたいと思う気持ちはある。
だが、それでも、
あんなふうに、人間に飼われるのは、嫌だな。
俺はそう思いながら、夜のハイネを後にした。




