乱神再び
「【乱神】バンファン・ディグルス...。こんなに早くまた会うことになるとはね...」
僕らはそれほど遅くないペースで山道を歩いてきた筈だ。まさか先回りされているとは思わなかった。疑問なのは、先回りしてまで僕らを待ち伏せていることだ。
もしや、僕が右目を刺した事を恨んでいるのか。
「こいつがあの【乱神】だと...?」
エルフォードは圧を感じ取ったのか、剣を向けたまま一歩後退する。
「バンファン・ディグルス!こんなところまで一体何の用だ!」
【乱神】はため息を少し吐いた後に言葉を続けた。
「我々は帝王より鼠狩りを仰せつかった...。私はその中でも薄汚く動き回るドブネズミの始末を任されている」
話すにつれて言葉に苛立ちを募らせていく。
「消えぬ傷を残されたまま。鼠の始末もできぬとなれば、我が国の敷地を跨ぐことなどできんッ!」
「うっ...!」
【乱神】は右目の近くを撫でるとその冷たい瞳で僕を睨み付けてきた。
「大人しく這いつくばって死ねいッ!」
【乱神】は隣にあった大岩を頭上に掲げ、こちらへものすごい速さで投擲する。
「嘘だろッ...!」
三人が散り散りに近くの岩の影へ飛び着いて回避する。
「クソっ...!カイン!手筈通りに動くぞッ!」
エルフォードの声でカインが【乱神】の前へと飛び出す。そして、エルフォードは【乱神】の視界の外へ逃れるように岩影から岩影へ移動して行く。
道中、時間はいくらでも有った。
敵と遭遇した時の動きを事前に決めておいた。
【乱神】は、近くの大岩をハルバードで横に叩き割り、カインへ向けて特大の礫をショットガンのように打ち付ける。
流石のカインも『守人』の加護を使い全身を壁で守る。盾で防ぎきれていない、腕や足を礫が貫こうとしても『守人』の加護で作られた壁が礫を弾く。
そこからは、前回の森で見たようなほぼ互角の戦いを繰り広げる。【乱神】の攻撃をカインが受け流し、反撃する。そのカインの攻撃を【乱神】が悉く躱す。だが、徐々にカインが押し負けていき反撃の手数が減っていく。
そこへ後ろからエルフォードが【乱神】の背中を突きに掛かる。
それを回避しエルフォードへハルバードの先端を突き付けてくる。
透かさず、カインがフォローに入りその突きを盾で受け流す。
怒涛のやり取りの末、体制の崩れた【乱神】へエルフォードは剣を斬り付けに掛かる。
【乱神】は前足で踏ん張り、後ろへと回避する。
しかし、致命傷には至らなかったが、エルフォードの剣は【乱神】の左大腿を大きく切り裂いた。
「チッ!しくじったッ!」
お互い体制を取り直し、睨み会う。
先に動いたのは【乱神】だった。
エルフォードへ向かって、大きく振りかぶったハルバードを高速で投げつけた。
「エルフォードさんッ!!!」
カインが『守人』の加護で受けに行こうと一歩踏み出した時には、ハルバードがエルフォードの左肩を貫き、ものすごい勢いで後方へと吹き飛ぶ。
そして、そのまま岩の壁へ突き刺さる。
エルフォードの左肩は鮮血が流れ出ている、出血のせいか壁に打ち付けられた衝撃か、既に意識は無い。
「くっ...!」
手ぶらになった【乱神】へカインから仕掛けに行く。
姿勢を低くして渾身の突きを放つ。
だが、甲高い音が鳴り響き何かに弾かれ、カインの攻撃は失敗に終わる。
カインが【乱神】の方へ向き直るとその手には、一回り大きいロングソードが握られていた。意識していなかったが背中に背負っていたようだ。これほど大きな武器を二つ持ち歩くのは『平定』の加護を持つバンファンこそだろう。
またもや、カインと【乱神】の打ち合いが始まる。お互い一歩も引かない攻防。
だがやはり、打ち合っている内にカインが反撃の手数を失っていき、防戦一方になる。
「ぐあァッ!!!」
突然、【乱神】が呻き声をあげる。
下をみると、血まみれのエルフォードが腹這いの状態で、既に傷ついている大腿へ剣を突き刺していた。
【乱神】がハルバードの方へ目をやると、やはり血の付いたハルバードが地面に落ちているだけで、エルフォードの姿はない。
【乱神】は思わず片膝をつく。
その隙をカインは逃さず、突きに掛かる。
しかし、剣先が自分の顔へ迫るより速くロングソードの剣先をカインの喉元へ突き付ける。
カインは、思わず身を引き、盾で弾く。
「小賢しい鼠共がッ...!」
一瞬できた空白
【乱神】の右肩へ槍が刺さる。
右目が死角となり、防ぐことができなかった。
(これが僕の役割)
【乱神】は僕のことを睨み付け、槍を抜いて放り投げる。
(ほんの少しでも気を引き付けることッ...!)
その一瞬の隙。
カインが盾を前に突きだし、全身全霊の体当たりを繰り出す。
「ぐ......ガァァァァァァァァァァァァッ!!!」
【乱神】の体が宙に浮く。
後ろは崖になっている。
掴む物が無く。自慢の怪力を発揮できず、断崖絶壁から下へ落ちていく。
「...ハァ......ハァ...」
カインは顔から滴り落ちるほどの汗をかいており、両手を膝に突いて、疲労困憊の様子を示している。
「エルフォードさんッ!大丈夫ですか!」
僕とカインは急いで、倒れているエルフォードの元へと駆け寄った。
カインは、腰に付けてある鞄から包帯を取り出し、エルフォードの腕をきつく縛る。
「肩は大したことねぇ...。それより頭を強く打っちまった...肩かしてくれ...」
カインとエルフォードの見立てでは【乱神】があれでくたばってくれるとは思えないと言う。とにかく急いでその場を後にした。
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その後、できるだけ痕跡を消しながら距離を稼ぐように歩いていた。だが、エルフォードに限界が来て気を失ってしまい、適当な場所で歩を休めることになった。
カインも【乱神】との真正面からの打ち合いで、体力を使い果たしていた。
結局、その日はそのまま次の朝まで待つことになり、半日分にも満たない距離しか進むことはできなかった。
動けるのは僕しかいないので、二人の為に狩りに出掛けて何とか兎を二羽捕まえてくることができた。昨日は全然だったのに前より集中出来たのか、夜が更ける前に帰ってこれた。
「悪いねアオ...」
「いいんです。ただカインもこんなに動けなくなるとは...」
カインに目立った外傷はないが、見た目以上に体力を消耗していた。
「魔力を使いすぎたね...殆ど空さ...」
「魔力の消費が体調に影響するんですか?」
「大いにね。魔力は自分自身にとって生命の泉みたいなものさ。放っておけば体が勝手に魔力を作り出してくれるけど、その前に全て失ってしまうと...」
命も尽きると言うことか。
カインと【乱神】の打ち合いは確かに激しかった。だが、時間にすれば一瞬の出来事だった筈だ。
「バンファン...彼の攻撃を一撃受ける度に命が削られていく感覚だよ...」
同じく加護を授かっているカインですら、ギリギリの状況とは、その脅威が感じられる。
「...あー...腹の減る匂いだ...」
エルフォードが咳払いしながら肉の匂いに誘われ目を覚ました。
「体の方は大丈夫ですか?」
「腕は動かせねぇがきれいに貫通してくれた分まだマシだ...それより脳ミソが揺すられてるみてぇだ」
強がってはいるが、見た目以上にダメージを負っているのはわかっている。早く食べて良くなるまで寝て休むしかない。
「アオバ...。お前良く槍を当てられたな」
エルフォードは、僕が人に向けて槍を投げるのを直前で怖じ気づいてやめるかもしれないと思っていたらしい。
「そうだね。あれのお陰で上手く逃げられたよ」
「エルフォードさんと狩りに行ったお陰ですね。その時は別に当てた訳じゃないですけど」
本当にその通りで、生き物に向かって槍を投げる経験をしていなければ到底できなかっただろう。
とにかく体調が良くなれば、また明日から町を目指さなければならない。食べ終わると全員が静かに眠りについた。




