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ダモクレス  作者: キロ・シエラ3等陸士
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第4話「目的」

『国際保護部隊(北大西洋条約機構即応軍団国際緊急遠征救出部隊)、2032年9月11日、実戦投入準備が完了』

そのメールを受け取ったNATO安保理は、これからの世界情勢について議論していた。

———国際保護部隊、通称IRUは、NATOの中でも特異な存在とされている。理由は国家との関係性だ。 現在、NATOにはアメリカ、イギリス、イスラエル、日本などヨーロッパ諸国だけではなく東アジアも参加し48ヶ国が加盟している。これはアメリカが2029年に突如として発表した、「海外展開中の米軍を一斉に撤退させる」という声明に端を発する。実際は必要な場合にのみ、特殊作戦軍(ソーコム)を投入するというものだったが、世界への影響は大きかった。平和維持軍の投入されていた地域を中心に攻勢に出始めた過激派勢力が世界各地で事件を起こし、中露の行動も活発化している。それらを受けてNATOは規模を大幅に拡大、2029年時点で30ほどだった加盟国は東アジア地域の参加で48ヶ国にもなったのだ。


「今からでも遅くはない、対ロシア戦略に予算を振るべきだ!なぜこんな未成年の兵士なんぞに......」

そう発言するのはバルト三国が一つ、リトアニア首相のカルヴァウスキスだ。彼らも米軍撤退の影響を受けた国家の一つである。ロシアの同盟国であるベラルーシや、飛び地のカリーニングラードに国境を接する彼らは、近年不穏な空気を発するロシアに頭を悩ませているのだ。

「お気持ちはわかりますが......カルヴァウスキス首相。IRUはうまく扱えれば我々にとっても利はあるのですよ?」

「バートン君、勝手な発言は慎みたまえ!」

すかさず、各国首脳が座るオーバルテーブルの後ろから反論したのは、黒みがかった青の軍服に身を包んだ大男だった。議長から注意されバツが悪そうな顔をしている彼こそ———IRU創設提案者、ジョン・バートン大佐その人だ。

「よい、発言を認める」

「ありがとうございます。」

マイクを取ったバートンは、真剣な面持ちで語り始める。

「戦争とは、一種の無法地帯です。ソマリア、コンゴ、アフガン......その中には当然ですが、民間人が理不尽に殺されることもありました。しかも、敵ではなく味方によって、です。アブグレイブやグアンタナモの、冤罪による捕虜虐待はその典型でしょう。グアンタナモの内情は自分も見たことがありますが.....口に出すのもおぞましいようなことが平気でされていました。しかし、それで有罪判決を受けたのは片手で収まる程度です。」

会場が静まり返る。だが、バートンは話すのをやめない。

「我々は同じ穴の狢なのです。旗の色が違っても、民間人を巻き込んだ瞬間に、正義は瓦解する。」

「貴様ぁっ!!我が国をあの蛮族どもと同類と言ったか!!」

「我々とテロリストは同じ穴の狢だと?!!取り消せ!!!」

「静 粛 に!!!!」

すぐさま各国首脳から怒声が聞こえる。しかし、バートンはそれにさえ動じない。

「奴らもまた、自分たちの犠牲にした民間人の命を棚に上げて我々を批判するでしょう。そこで彼らが必要になるのです。秘密組織とはいえ、奴らの情報網にも情報はリークされているでしょう。そのうえで我々は『国家に属さず、民間人の保護のみに尽力している組織を我々は保有している』というアピールができるのです。」


議場のざわめきが遠のく。映像のノイズが走り、暗転する。

代わりに、薄暗い部屋の蛍光灯がパチ、と明滅した。

「———っていうことみたいね。」

NATO安保理の議場をライブ中継で見ていた綾目が、IRUについての議論を見つけたらしい。

「道理で人員が少ねぇわけだ。裏でこんな取引してるとはな。」

「全く.....最近の年寄りはこういうところばかり頭が回りやがる。」

ハリソンとヘンリーも呆れ返っていた。

「こんな少人数だけで世界中の民間人の保護とか無理があるしね。まあ、若造8人で東側の国とかテロリストに攻め込む口実が作れれば安いものっていう感じなんでしょ。」

後ろで刺繍細工をしていた一希がパチン、とほつれた糸を切りながら言う。その後ろでダグラスとヨセフが山積みの書類を机に並べていた。

「それはいいッスけど、そろそろ初任務何にするか決めた方がいいと思いません?」

「同感だ。手芸してる暇があるなら、この書類でもやってくれ。」

机の上に山のように積まれた封筒が、テーブルの端から端までずらっと並んでいた。封筒にはハクトウワシにライオン、三色旗とどれも映画でおなじみの紋章ばかりだ。でもこれは映画なんかじゃない、"本物"なのだ。封を切れば、どれも厚さ数センチ。写真、状況報告、衛星画像、電話の書き起こし──どれも「民間人保護」を錦の御旗にした案件だ。だが内容は、一枚たりとも軽くない。

「いい加減、コレどうにかしなさいよ。机がほとんど使えないんだけど。」

マルゴットが投げやりに言うと、ダグラスが書類をダブルクリップで挟み込む。一希は、それに合わせて静かにページをめくる。

「ホンジュラス、シリア、南スーダン、アフガン……相変わらずここらなのね。」

綾目は淡々とした声で、地図を指差す。彼女の指先が示すのは紛争の集中地図ではなく、“誰が既に手を出しているか”の欄。欧米や大国の影が薄い地域に項目が偏っているのが見て取れた。

「これ、どうする──?」

ハリソンが一枚の写真をテーブルに滑らせる。白いコンクリートの壁に深いえぐれ、割れた窓。地面に散らばった黒い塊は、シャツか――いや、人影だ。傍らには小さな赤い靴が一足。靴だけが、妙に色鮮やかに見えた。

一希の指が、写真の隅の説明書きに触れた。「内戦時代に投下されたMk.84、通称”ハンマー”の不発弾を積んだトラックの町役場に対する自爆攻撃民間人60名以上、うち未成年5名」。その文字を読み上げた瞬間、桜木の視線が写真に吸い込まれるように定まった。 血まみれになって倒れている女性に、縋りついて泣く子ども。写真の奥に小さく映りこむその光景に、影が落ちる。

「…………これにしよう」

言葉は小さかったが、室内の音は一変した。分担して一つ一つを精査していた皆がピタリと動きを止める。中佐の階級章を胸に、彼女はゆっくりと顔を上げた。沈黙の中、口を開いたのはヘンリーだ。

「おい、それあの周辺の過激派どもに喧嘩売るようなやつじゃねえか。初陣には向かないぞ。ただでさえできてから日の浅いチームなんだ、いきなりハードじゃないか?」

「でもこれが一番、民間人の被害が甚大で、子どもの死も確認されてる。IRU憲章に書かれた“未成年保護”規定を、ここで試験するには十分だと思う」 ヘンリーが黙って頷いた。ハリソンは回していたペンを机に置く。誰も、反論する気はないようだ。

「じゃあ、私が現地軍と連絡を付けておくわ。」

「ああ、頼む。なんせアデン湾のタスクフォースを合わせれば500人近い兵士を動員する作戦だ。手違いはゼロにしたい。」

綾目がポケットから衛星電話を取り出し、外に出る。皆がロッカーから装備を出し、それぞれのザックの中に詰めていく。準備期間は五日。作戦開始は一週間後だ。

「資料は二回読み通せ。各自、体を慣らしておくんだ。やるぞ!!」

ヘンリーがテキパキと指示を出すのに合わせて、皆がせわしなく動き回る。その瞳はすでに、どこか遠い場所を見ているかのようだった。彼の大きな声に驚いたのか、外からバサバサと鳥の羽ばたく音が聞こえた。9月14日。いつもと変わらないハイランドの曇天の下、小さな山小屋が、金属の擦れる音とともに、臨戦態勢へと変わった。

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