第3話「山小屋」
国際保護部隊——
NATOが即応軍団の隷下部隊として2031年に条約機構安保理で可決、各国の精鋭特殊部隊員たちを招集して発足させた新設部隊。実働班2班構成、しかも4人組1つ、3人組一つ、民間人1人という超少数の部隊で.......そして私の新しい家。
その本部が、まさかこんな山小屋だなんて誰が想像できるだろうか。玄関にオリーブと鳩、四芒星があしらわれた看板を下げるその建物の見た目は、一見するとハイカーのための宿泊施設のようだ。だいぶ昔からここにあったのか壁材は少し黒っぽく変色し、屋根には苔が生え始めている。私が驚いていると、ヘリから降りてきたマルゴットが話しかけてきた。
「びっくりしたでしょ?NATO最新の精鋭部隊がこんなショボい山小屋を拠点にしてるなんて。」
私が首を縦に振って同意すると、続いてヘンリーが苦笑しながら話す。
「まあ、言いたいことはわかるさ。実際近郊のまともな都市からは、100km近く離れてるんだからな。」
「そんなに......?!」
「ああ。だが、それなりに利点はあるんだ。上水道は完全な湧き水で、近くの川に発電機を設置しているからインフラが断たれにくい。周囲が山岳地帯だから大部隊でも攻め込みにくい地形だし——もしもヨーロッパで核攻撃があったとしても、放射性物質が飛来しにくい。気休め程度だが、な。」
そんなところまで考えてるんだ.........と感心していると、中から人が出てくる。
「おーい、おかえりー!!」
そうやって手を振るのは、小学生か中学生だろうか。幼い身体つきの男の子だ。すぐにこちらに駆け寄ってきて、「荷物、持とうか?」と訊いてくる。そして私がキャリーケースを渡すと、それを軽々と持ち上げて山小屋の中に入っていった。
「....力持ちなんだね、あの子。お手伝いに来てくれたのかな?」
そう聞かれたハリソンは、「またか」とでも言いたげな苦笑いを浮かべる。
「いんや、あいつは俺らと同年代だ。一応今年で16、元米軍の少佐だぞ。」
「........え?」
私よりも年上なの?
「ここにいる奴らは16か17くらいだからな。あんたよりかは年上だぞ。まあでも、国連の刑事裁判所に訴えたらゼロヒャクで勝てる少年兵さまなのは変わりないがな。創設した奴らの気が知れねえよ。」
「あの子自身、このメンバーの中でも一番出自が曖昧なんだけどね。だいたい、10代で士官、それも大尉とか少佐級になるためには小さい頃から裏入隊して訓練を積むはずなのに、それすらないし。」
「その割に米特殊作戦軍の最高殺害記録持ってるみてえだしな。おっかねぇ話だぜ。」
「確か——813人だったか?それも過小評価とすら言われてるみてえだが。しかも、一緒に戦闘したことなかったから噂程度にしか聞いてねえが、あいつ”銃を使わない”っていう話を聞いたことがあったな」
「うっわ、それ絶対どこかで盛られてるでしょ。まあ、出身部隊があの”不正規戦開発部隊”らしいし..........噂の一つや二つ、立つでしょうけど。」
「ねえ、それってすごいの?というか、その少佐とか大尉とかってどれくらい偉いのかも知らないんだけど......」
その問いに目を見開いたヘンリーは、すぐさま怒ったような顔になる。何やら「あいつ......資料渡すんならそこらの詳細情報までしっかり書けや.......」と呟いている、なんか怖い。
「それは自分が解説させてもらうッス!階級の歴史から今の部隊編成まで、近代以降の軍事史は大体覚えてるんで何でも聞いて下さいッス!!」
「ダ〜グラ〜ス?てめぇ桜木隊長に郵送した資料、書くの面倒いからって手ぇ抜きやがったな〜?」
「あ、あの、ヘンリー少佐、ちょっと待ってそれには、わわ、理由があるんス........マジであれだけは、あれだけわぁぁぁぁぁ!!!」
すぐさまスッスという特徴的な口調の少年——ダグラスというらしい——が横に現れて説明しようとしてくれたが、それをヘンリーが小屋の後ろまで笑顔で引きずっていく......まるで狩りで取れた獲物を、家に持ち帰るかのように。その直後にゴスンッ!という鈍い音が響き渡るが、たぶんこの小屋の補修作業でもしているのだろう。うん。
「じゃ、俺から説明する。大尉と少佐は軍の階級でも上のほうに位置する階級だ。まあ、中佐のあんたよりかは低いがな。大尉なら200人くらいをまとめる中隊長、少佐なら5〜600人くらいの大隊長になるくらいだ。勤続10年以上の士官学校の出身者がなるようなやつだから、普通10代で取れちゃいけねえんだが.........」
「じゃあ、ここにいる人はそれより下の階級ってこと?」
「いや、ここにいるのは俺含めて大尉と少佐だけだな。それ以下はいねぇ。上は、中佐はあんただけだ。」
そう聞くと、改めてここが異常なのがわかる。明らかに10代後半かそこらなのに幹部クラスの人が勢揃いしている。しかも、たったの8人だけ.........私がここに呼ばれた理由はまだわからないけど、今なら少し納得できた気がした。
―――その夜、自分の荷物を部屋に片付け終わった私はハリソンに呼ばれてリビング兼ダイニングに来ていた。そこには、見るからに普通ではない目つきをした6人の少年少女たちが座っていた。みんなは私が来たのを確認するとすぐに立ち上がって、
「かしらー、なか!」
ヘンリーの号令で一瞬でこちらを向いた。そして私を連れてきたハリソンは、左から順番に紹介を始める。
「ヘンリー・ハミルトン。イギリス陸軍出身で階級は少佐、ここでの実質的な戦術指揮は彼が担う。山岳戦と雪中戦が専門、ライフルマン(小銃手)だ。」
「よろしく」と言ってヘンリーは一礼する。
「次に、マルゴット・ヴェーゲナー。ドイツ海軍出身で階級は少佐、外科医だが内科も多少できる。専門は潜水と市街地戦、メディック(衛生兵)兼ライフルマン。」
マルゴットは柔らかな笑顔で一礼すると、軽く手を振ってくれた。
「布内一希。アメリカ陸軍出身で階級は少佐、戦闘以外では....大量破壊兵器への対応は彼とマルゴットの担当だ。対ゲリコマが専門、ポイントマン(先頭警戒員)」
一希が静かに一礼する。それは他の少佐とは違って、小さいながらも強い覇気を放っている。その姿は、どちらの意味でも16歳には見えなかった。
「ヨセフ・マイヤー。イスラエル空軍出身で階級は大尉、電子機械や医療機器の扱いに長けている。自由降下と砂漠地帯での戦闘が専門、軽機関銃手だ。マルゴットとバディを組む」
「......よろしく」とぶっきらぼうにヨセフが言う。
「ダグラス・ウェイド。カナダ統合軍出身で階級は大尉、爆発物の取り扱いや車両の運用を行う。あと、精密機器以外の整備もやる。工兵兼ライフルマン。バディはヘンリー」
ダグラスは頭にたんこぶができていたが、とてもいい笑顔で「よろしくッス!」と一礼してくれた。やっぱり、あのときの音はあれなんだろう。それにしても、あの音でこの程度なのか。すごいなぁ.........
「藤咲綾目。陸上自衛隊出身で階級は大尉、サイバーセキュリティや国際法に詳しい。専門は水陸機動戦、ブリーチングマン(突入口確保要員)兼ライフルマン。バディは一希だ。」
「よろしくお願いします」、と綾目はキレイな一礼を決めた。
「最後に俺、ハリソン・ベイカーだな。米CIA出身で階級は大尉、とはいっても情報戦については得意じゃねえがな。専門は狙撃と測量、あとは気象観測だ。今日から、あんたのバディとして働かせてもらう。よろしくな」
「うん、よろしくお願いします!!」
そうやって深々と一礼をしたが、なぜかみんなは驚いていた。あれ?なにか無礼なことでもやっちゃったのかな.......
「桜木隊長、いや、みこ。」
「.....えっ?!やっぱり私、何か.....」
「いや、そうじゃなくてだな..........この場合みこは中佐だから、相手が礼してから”答礼”するのが、一般的だぞ。」
「あっ、そ、そういうことなんだね.........」
途端に恥ずかしさで顔が熱くなる。でも、みんなは........
「ふふふ.....」
「ク...ククッ....」
含み笑いを押し殺していた。あの仏頂面だったヨセフまでもが「....フンッ...」と鼻で笑っていた。それは、私をマナー知らずと嘲っているのかも知れない。でも、私にはそれが「あなたは自分たちの仲間だ」というメッセージに聞こえた気がした。