第1話「表裏」
最初に、この話を見てくださった皆様、ありがとうございます。私、キロ・シエラと申します。今回、初めて小説を書かせていただきました。今回は自分が少しかじっていた軍事に関する話です(ホントに詳しい人からすれば鼻で笑われるのでしょうが)。昨今のきな臭い世界情勢、上がり続ける物価や食費......バイトの自分にはしんどいことばかりです。それでも、生活費はカッツカツなくせしてプリンだけは衝動買いしてしまう自分が憎い.......!!まあ、そんな個人の一大事はともかく、もしも同年代の子たちが「国家の一大事」を背負ったらどうなるのかな~と妄想して作ったものです。ごゆっくりお楽しみくださいませ。
―――ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ、カチ。
朝7時。目覚まし時計を止めた瞬間、また一日が始まる。昨日は夜更かししすぎた。寝たのは……1時半か2時だったか。Youtubeの見すぎだなと反省しながら、机の上に置かれたカレンダーを見る。目がかすんでよく見えないが、たぶん今日は学校だ。遅刻はしたくないのに、体はなかなか起き上がらない。
「みこちゃーん、朝よー!」
「……ぁーい、今行きまーす!」
階下から佐伯さんの声が響く。昨日も遅くまで残業してたのに、なんであんなに元気なんだろう。しかも今、7階にいるはずなのに、声は5階から聞こえてくるし。
「早くしないと遅刻するぞー!」
……あの人の声帯、ホントにどうなってるんだろう。だが、そんなことを考えている暇はない。高校からは無遅刻無欠席を守らないと、あの鬼のように速い授業にはついていけないのだ。私はベッドから飛び起き、制服に着替えてカバンをつかむ。昨日の自分がちゃんと教科書を用意していることに期待しよう......望み薄だけど。そして、乱視用の眼鏡をかけて5階の食堂まで駆け下り、食パンを頬張る。
「おはよう、みこちゃん」
「あ、おふぁよーほあいあふ(おはようございます)」もぐもぐ
「しっかり噛めよ〜、喉に詰まらせるぞ〜」
隣に座る刑事さんたちに軽く頭を下げ、口に残ったジャムの甘さをお茶で流し込む。
「んくっ、んくっ……ぷはっ。ごちそうさまでした!」
再び階段を駆け下りる。玄関前には黒のクラウンが停まっていた。
「みこちゃん!早く乗って、飛ばすわよ!」
「あなたが交通ルール破ってどうするんですか!」
目が据わった佐伯さんをたしなめながら、私は学校に向かう。
「はぁ……」
結局、佐伯さんが速度超過でパトカーに止められた。私は遅刻しなかったけど、あの人は始末書だろう。「早く通しなさい、緊急事態なのよ(キリッ」とか言って誤魔化してたし……でも、送ってくれたお礼にケーキの一つでも買って帰ろうかな。
私は警察官たちに育てられた。小学生の頃、親が正体不明の男たちに襲われたあの日から、警察署で暮らしている。
理由は――私の「能力」だ。
世界に十数人しかいない「特別技能(先天性)」保持者。私の能力は「未来視」。その名の通り未来が見える。見えるのはたった4時間先まで。それに反動が強すぎて、常時発動なんてできない。―――これはお母さんが生前話してくれたことだったが、私は無意識にこの力を使っていたらしい。でも、その後は決まって入院が必要なほどの副作用に苦しめられていたそうだ。
だから、私はこの能力が嫌いだ。気軽に使えるわけでもないくせに、この力のせいで父も母も、何も知らない周りの人まで狙われ、殺された。
でも、警察署の人たちは受け入れてくれた。自分たちも危険に晒されるかもしれないのに、私を普通の高校生として、妹や娘のように育ててくれた。だから私は彼らが好きだ。本当の家族のように、大切に思っている。
「あっ、みここだ、おはよー!!」
「うん、おはよう。」
だからもう、私は金輪際この能力は使わない。すべてを失ったあの日に、固く決めたから。今日も私はただの女子高生、「桜木みこ」として生きる。何も知らない大切な友人、そして私を受け入れてくれた家族のみんなのために。
――でも、現実は無情だった。まさか自分が、日本から遠く離れた地で、かつてない戦いに巻き込まれるなんて。そんなことは露ほども知らず、このとき私は「どのケーキにしようかな」なんてことだけを考えていた。
その日、警察署に帰るとみんながいないことに気付いた。何度「ただいま」と言っても、誰も応えてくれない。何かのサプライズなのだろうか、前の誕生日もそうだったし。でも、私も誕生日はクリスマスイブ。あと4ヶ月先だ。―――嫌な予感がした私は、血相を変えて署内を探し回る。刑事課にも、生活安全課にも、食堂にも誰もいない。1階から5階まで、全て探しても誰も見つからないことに焦燥を覚えた私は、普段「入っちゃダメだよ」と言われている会議室の扉を開けた。そこには―――
「......ん?み、みこちゃん?!!」
「「?!!!」」
1つの机を取り囲むように、400人の私の「家族」たちが集まっていた。
「みんな、どうしたんですか?こんなところに集まってるなんて珍しいですね」
「あっ、ちょっ........い、今大事な会議中なの。だ、だからちょっとだけ待っててく........」
明らかに動揺している佐伯さんの肩を、署長の川越さんが掴む。
「みこちゃん、ちょっといいかな」
その声はいつもと違って、困惑や悲しみといった重みがこもっているような気がした。
「は、はい......」
それに緊張しながら、私はパイプ椅子に座る。
「さて、単刀直入に言うが……みこちゃん。今日、防衛省から手紙が来たんだ。」
「えっ?わ、私、何かしたんですか?」
「いや、そういうわけじゃない。ただ……」
川越署長は言葉を切った。眼鏡を外し、深くため息を吐く。あの冷静な川越さんが、言葉を探している。会議室のざわめきがぴたりと止まり、私の鼓動だけがやけに大きく響く。
「……明後日から、君はイギリスに行ってもらうことになった。」
一瞬、耳がキーンと鳴った。どうして?何を言われたのか理解できない。口を開こうとしても、声にならない。沈黙を破ったのは佐伯さんだった。
「本当にごめんなさい。でも、これは北大西洋条約機構からの要請なの。」
「……私が、NATOに?」
2031年、日本がNATOに加盟したニュースを思い出す。米軍撤退後の安全保障の穴を埋めるためだったはず。でも、どうして私がそこに?
「君には、NATOが新設した部隊の管理を任せたい、と。しかも事務総長直々の手紙だ。」
ざわっ、と会議室全体が波立つ。誰も声を出さないのに、空気が震える。
「ちょ、ちょっと待ってください!私、部隊の隊長なんて無理です!軍のことなんて何も知らないのに!何かの間違いじゃ……!」
「いや、確認は何度もした。間違いはない。」川越署長は苦しそうに首を振る。「みこちゃん、君にはレフテナントカーネルに相当する権限が与えられるそうだ。」
「……それ、私に拒否権は……?」
「おそらく、ないだろうな。」
会議室に重い沈黙が落ちた。400人の「家族」の視線が、一斉に私ひとりへ突き刺さっていた。
その日の夜、私は小包を受け取った。段ボールにしては妙に重い。ガムテープをカッターで裂くと、革の匂いと金属の冷たい光が目に飛び込んでくる。
まず出てきたのは、銀色の葉っぱの形をしたバッジ。小さな箱に収められているのに、不思議と威圧感がある。紙には「ミリタリー、ランク……レフテナント・コロネル」と書かれていた。
次に見つけたのは【東京(羽田)→ロンドン(ヒースロー)】の航空券。しかもファーストクラス。生まれて一度も飛行機に乗ったことのない私に、いきなりこれってどういうこと。……でも、ちょっとだけワクワクしている自分がいた。
さらに手に取った瞬間、指先が震えた。パスポートが4冊。アメリカ、イギリス、日本、そしてシンガポール。ずっしり重いその束は、どこか自分のものじゃないように思えて――一流スパイって、きっとこんな気持ちなのかもしれない。
最後に出てきたのは分厚い資料。片言の日本語で翻訳された、部隊の概要とメンバーリスト。ページの最後には太い文字で【Destroy immediately after viewing】。震える指でそれを読み終えると、私は資料を一枚残らずシュレッダーにかけた。
そこからは早かった。服と最低限の生活必需品をトランクに詰めて、外行きの服を引っ張り出した。時間がかかってもいいような荷物は、防衛省がNATOとの連絡機で送ってくれるとのことだ。みんなとの送別会は防衛省から「できるだけ簡易的に」とのことだったが、気を利かせた食堂のおばちゃんがご馳走を振舞ってくれた。川越さんは「この食費、どう会計に報告すれば......」と小声で悩んでいたのには、ちょっと申し訳なかったけど。
9月4日、台風一過で雲一つない快晴の東京国際空港。人生初の海外渡航がこんな形になるなんて.....そう思いながら、見送りに来てくれた佐伯さんと川越さん、そして非番だったみんなに手を振って―――私は日本を後にするのだった。
さて、今回の話はどうだったでしょうか?いかんせん初めてなので要領が掴み切れていませんが...........少しずつ"書き方"は覚えて行こうと思っています。あ、今回出てきた用語で分かりづらいものは必要な分だけ解説していますので、良ければぜひ。それでは、また次の話でお会いしましょう。
北大西洋条約機構:通称NATO。冷戦期にアメリカが主体となって創設した集団防衛組織(つまり軍事同盟)。現在は世界最大の集団防衛組織である。
レフテナントカーネル:あるいはレフテナントコロネル(英語の綴りはLieutenant Colonel)。日本では中佐を意味する。少佐の上、大佐の下。陸軍などでは基本的に大隊長を、海軍では中型艦船の艦長を、空軍では飛行隊長を務めることが多い。自衛隊では階級は2等陸佐に相当する。