第7話 これってダンジョン?
裏山へ立ち入るなり、俺たちは足を止めざるを得なかった。
いつもはまっすぐ続いているはずの道が、まるで迷路のように入り組んでいた。そしてなにより――
『キシャアァァァ!』
時折聞こえる、いかにもただものじゃないナニかの雄叫び。それが響くたびに、地面が揺れる。
「おいおい、なんだよこれ⁉︎」
「驚くのも無理ないわ。ここは一緒に行動しましょう」
「……っていうかさ。スライムとかウジャウジャいるはずなのに、全然いねぇよな」
いつもなら、野生のスライムたちがあちこちでぴょんぴょん跳ねてるはず。
それなのに、今はどうだ。1匹もいない。ただでさえ、雄叫びだけで精一杯なのに余計に不気味だ。
「とりあえず地図を書きながら進もう。迷ったら大変だ」
「お、異世界のやつも同じ考えだったか。俺もちょうどそうしようと考えてたとこだぜ」
絶対嘘だな。フライズが地図とか、思いつくはずないし。異世界から来たタカシ相手に、良い格好見せたいだけ。
コイツが何考えてるかなんて、俺には丸わかりだ。
「その必要はないよ」
「風の声を聞き分けし者よ、それはどういう意味だ?」
あ、そっか。ヴァイオの風魔法の腕はピカイチだ。その腕を持ってすれば、迷うことなく雄叫びの元に辿り着けるかもしれないな。
「じゃ、やってくれよ。頼りにしてるからさ」
「……うん、任せてよ! 風・スキドーワ!」
ヴァイオがお手製の杖に魔力を込める。
黄緑の風が杖先から放たれ、地を這うように迷路の中へと走り出す。
風は枝分かれした道をひとつずつ確かめるように進み、やがて“正しい道”にだけその光を残していった。
「さっすがヴァイオだな!」
「う、うん。僕にかかれば……こんなもん、だよ」
あちゃー、もうオドオドに戻っちゃったか。もう少し続くかと思ったが、限界か。
でもまあ、手がかりできたなら。ダンジョン攻略、できたも同然だな。
「これで道はハッキリしたな! 流石はルカンの生徒だぜ」
「……なんか、幻滅」
「へ?」
フライズの言う通り道がわかったってのに、何が幻滅なんだよ。タカシってば、もしかして暗中模索で冒険する気か?
俺だってそうしたいところだが、明らかに尋常じゃない異変が起きてんだ。迷ってる暇がねぇんだよ。
「悪いが、それくらいの異変なんだ。ここらのモンスターが逃げ出すくらいの、ヤベェレベルのな」
「まあ、それが現実か。分かったよ、その代わり例の約束、絶対だよ」
うっ、その約束って、魔法を使ってみないかってやつだよな。
あーもう、旅立ちと同時にやるつもりだったが。そうも言ってられないみたいだな。ただ、危険なんだよなぁ。
「……何が起きても自己責任だからな。これ、渡しておくが覚悟決めたほうが良い。下手すれば、死ぬから」
俺はきのみ畑からもぎ取って、カバンに入れておいた紫色のオーラを放つ果実。
魔力を強める効果があるだけ。ただ、その副作用でしばらく魔力の暴走を及ぼす。
もし魔力のない人間がこれを口にしたらどうなるか。それは、分からない。
「ちょっとそれ、マジッターの実じゃない⁉︎ 魔力0の人間がそんなの食べたら、体が持たないわよ」
そう。だから、危険なんだ。魔力を持って産まれる俺たちとはわけが違う。
ただの魔力強化じゃない。魔力を、生み出すことになる。魔法のない世界から連れてきたタカシの体がどうなるかは、まさに賭け。
「お、おい。そんな危険なこと誘ったのかい?」
「だから覚悟を決めたほうが良いってことだ。渡しておくが、それを使うかどうかはタカシ次第だしな」
魔法を使うってのは、タカシからすれば夢のまた夢だったのかもしれない。でも、そんな簡単に叶う夢なんて、どこにもない。
俺だってそうだ。マクディルに近づこうとして研究を今まで続けても、出来上がった魔法はゲートだけ。
楽な道なんて、ないんだよ。
「ま、今はある道を進もうか。それで良いだろ? ってあれ……アイツら、先に行きやがったか」
タカシから目を逸らすと、もう誰もいなかった。どうやら話している間に道を進んでしまったみたいだな。
「みたいだね。でも、あの子が示した道がある。行こうか」
やれやれ、俺としたことが置いてかれるなんてな。まあ、ひとりきりじゃなくなっただけマシか。
やってやろうじゃん、タカシが魔法を得る瞬間ってやつ。きっとこの世界に、新たな刺激を生んでくれること間違いなしだ!