第3話 アップグレード
寝たままのフライズは、彼の家の前に置いてきた。俺は俺で、すぐにでもやらなくちゃならないことがあるしな。
そう、使い道のない失敗作を練り直すんだ。流石にひとつしか魔法が使えないのに調査団に入るとか、ありえねぇだろ。
「まずこれだな。星・ゲート。前に試したときは、なぜか海に落っこちたんだよな」
本当は、異世界に繋がる扉ってのを作りたかったんだが。
ただ、あの海……見たことない魚が泳いでたんだよな。多分だが、異世界の海のど真ん中に落っこちたんだな。
「だったら、魔法文字を変えるか。水の比率を減らして、あえて地を増やしてみるか」
きっと水が多すぎたせいで、海なんていう水しかない場所になちまったんだな。
それならちゃんと地面がある場所に着くように、地を増やせば良いだろう!
「これで……発動、星・ゲート!」
魔法陣にぽっかりと穴が空き、異世界へと繋がる空間ができた。
ここまでは前と同じだ。でもこれだけ水の要素を減らせばきっと……!
「っ……お、お?」
俺、ちゃんと足で立ってる。目を開けてみよう。
「……? こ、これは……?」
視界の隅から隅まで、砂しかない。ところどころに、針だらけの植物が育っている。
それに、ジリジリと肌が焼けていくように暑い。
「み、水……無理だ〜! ゲート!」
今度は地の要素が強すぎるがあまりに、砂漠に繋がってしまったようだ。
でも、あんl針だらけの植物はこの世界にない。やっぱり異世界には繋がってるみたいだ。それなら、もっとバランスを考えて……。
「よしよし、きっとこれで良いはずだ。ゲート!」
水と地の比率を同じくらいにしてみた。そして空間を抜けると、水ではないが湿った土に足がハマった。
「うわ、なんだこりゃ⁉︎」
俺の庭のきのみ畑の土に似てる。まさか、ここって畑か? 見たことのない凸凹したボールみたいな野菜が箱に詰められている。
間違いない、ここは畑。なんなら、この世界の住人が営んでいるみたいだ。
「ほっほ〜! 成功したみたいだな!」
『おい、ドロボウ!』
お、早速この世界の住民と遭遇だ。なるほど、男か。
って、ドロボウとか聞こえたが……俺のことか? 畑の中で突っ立ってただけなんだがな。誤解させちまったか。
「すんませーん、まほ……」
待てよ、この世界に魔法があるのか? 万が一ないって場合、俺完全にヤバいやつ扱いされるよな。
ここは少し濁すか。
「道に迷っちゃって。人を探してたんですけど」
「……キミ、その格好は?」
ゲ。異世界だから覚悟はしてたが、やっぱ衣服とか全然違う。
俺たちの世界で流行ってる、牛型モンスターの革製帽子にスーツ。
それに比べて、この人間の服は布製の変な文字が刻まれた半袖に、すごくゴワゴワしてそうな黒色のズボン。見たことない格好だ。
それに何より髪の色だ。黒一色なんて、初めて見た。
「あー……これは――」
「って危ない!」
男は俺の後ろを指差して「危ない」と言う。何が危ないんだ?
振り返った先、見たことないモンスターがノッソノッソと畑の中へと入ってきた。
こっちもゴワゴワした黒ずんだ茶色の毛並み。見た目はずんぐりむっくりだが、手足をよく見ると鋭く伸びた爪がある。でも顔は、丸い耳につぶらな瞳と可愛い。
「ヘェ〜、こういう世界なのか。どれどれ」
「お、おい! 近づくな!」
「グゥ……ヴォォオオオ!」
モンスターは俺を見るなり、雄叫びを上げながら猛突進してきやがった。
まったく、シツケが必要なようだ。
「魔導書なしでも、これくらいはできる! 氷結!」
基礎魔法、氷結。平凡なやつには、せいぜい細く脆い氷の刃を作るので精一杯だろう。
でも魔法の研究を重ねたことで魔力の使い方を極めた俺には、太く丈夫な氷の刃くらいお手のものだ。
「悪いが、本気だ!」
この刃を使って、俺はモンスターの胸部を貫く。
だが、それが誤算だった。
――モンスターは息絶えず、俺の身体を突き飛ばした。
「グハッ!」
「っ、言わんこっちゃない!」
俺としたことが、完全に見誤った。先に攻撃を仕掛けたおかげで、威力は半減したかもだが攻撃を喰らっちまうなんて。
ヤッベェ……これ、腹やられたかも……。最悪だ、白魔法に関しては魔導書がねぇと……!
「ったく、ちょっと待ってろ!」
男は男で、俺を置いてどっか行っちまいやがった。ヤベェな、眠たくなってきた……。寝ちゃ、ダメだ。寝たら、寝たら、ねたら、ねたら――
『アスカ、また研究かよ』
『当たり前だろ、俺の生き甲斐だ』
なんだ、これ……? あれか、走馬灯ってやつか……。そっか、俺、寝ちまったのか。
やっちまったな、俺。ようやく研究に専念できるって思ったのに。
『少しは責任取らせてもらうぜ!』
あ……。俺、こんなとこで死んじまったらフライズの思い、裏切ることになる。
それだけは嫌だ。生きたい、生きたい、生きたい……!
「っ⁉︎」
目が……開いた? 俺、生きてるのか?
手は、動く。足も動く。体も触れる。ゴーストになったわけでもなさそうだ。
で、ここはどこだ? 木目の天井を見る限り、どこかの家か?
――にしてもホコリ臭いな、俺の部屋より散らかってるし。
「イダッ!」
起きあがろうとした途端、腹が千切れるような痛みが走った。ギュウギュウに白い布が巻かれているようだが、それの締め付けが強く余計に痛い。
「あ、起きたか。良かったよ、医大卒で」
「いだい……?」
いだいってなんだ? よく分からんが、生きてるだけラッキーってことにしとくか。
「でさ。お前、何者だ? 格好といいさっきの変な氷といい……」
「俺はルカン……ルクス=アンブラの生徒、ブラウン・アスカードだ。異世界からゲートを越えて来た、いわゆる魔法使いだな」
よしよし、掴み完璧だな。
さて、肝心なのは魔法使いって知ったらどんな反応するかだ。この世界に魔法があるかないかで、俺がどうすべきかが決まる。
「やっぱり! そうだよな、魔法使い……しかも異世界だろ⁉︎ 羨ましいなぁ、そういう世界」
「……なるほどな」
羨ましいってことは、この世界に魔法はないのか。
なら次のステップに行けるな。ゲートを越えた先の世界を見せてやろう。
「なら、来るか? 俺の世界」
「行きたいのは山々だけど……その前に、そのケガどうするんだ?」
「このくらい平気だ」って言いたいとこだが、実際そうも言えないんだよな。本気で痛えし。
「でもなぁ、お前をこの世界に置いとくのもまずいか。そのゲートってやつ、どこにあるんだ?」
「畑の中……だが?」
何する気だ? ケガしてる俺を置いて、ゲートを越える気じゃないだろうな。魔法がない世界のやつがモンスターと出会したら危険すぎる。
「じゃ、行くぞ。揺れるから、舌噛むなよ?」
「揺れる……うわ!」
な、なんだこりゃ。コイツ、ベッドを動かしてるのか? でもどうやって……?
耳を澄ますと、カラカラという音がする。仕組みはよく分からんが、ベッドを力づくで動かしているわけではなさそうだ。
「よいしょ……っと。さて、畑に到着だ。どこのあるんだ? そのゲート」
「……凸凹ボールの真ん前だったな」
「凸凹ボール……ジャガイモのことか?」
ジャガイモっていうのか、あのヘンテコな実にはちょうど良い名前だな。
「ってなると……これか? ポッカリ穴が空いてるが」
「そう、それだ。でもどうすんだ? 人ひとり分のサイズだぞ、ベッドまでは流石に……」
コイツは入れるかもだが、俺はベッドが邪魔で入れない。せめて腹のケガが治ってくれれば……。
『おろ? どこだここ?』
『キュキュ?』
聞き覚えのある声がした。
ゲートから、液体状のモンスターがベチャッと音を立てて畑へと落ちる。
「このスライム……まさか!」
「よ! 何やってんだ?」
フライズ……! めっちゃグッドタイミング! フライズなら魔導書が使える。それに初級程度の白魔法ならいくらコイツでも使えるはずだ。
「ケガしたのかよ。任せとけ、風・ピュアラ!」
フライズの魔力が風に乗って、俺の傷を癒していく。初級魔法だけあって、全治まではいかなかったが痛みはずっとマシになった。
激しく動くと痛みが走るが、歩くくらいなら全然平気だ。
「まったく、何楽しいことやってんだよ。俺も誘えよな」
「はいはい、また今度。それより……?」
そういえば、男の名前知らなかったな。今のうちに聞いて――
「っていねぇし⁉︎」
「ん? 変な格好したおっさんなら、俺とすれ違いでこの中入ってったぞ」
ハァァ⁉︎ まったく、危険だって言って……なかったなそういや!
「フライズ、来たばっかで悪いが戻るぞ!」
「え、ちょどういうことか説明しろよなぁ!」
「キュッキュー!」
説明なら後で何時間でもしてやるから、今は追いかけねぇと! 万が一、あの男の身に何かあったら「魔法で迷惑をかけた」ってことで法律違反者扱いになっちまう。
魔法の使えないような人間を俺たちの世界に招き入れることさえ、法に触れるかギリギリのグレーゾーンなわけだし。
「うっ!」
思いっきりジャンプしなきゃ、空中に空けられたゲート内には入れない。でも、痛みが邪魔して高くジャンプできず入れない。
「これ使えばよくね? ベッドを地面にすれば届くだろ」
「たしかに……サンキュ」
フライズの言う通り、ベッドを土台代わりにしてみたら、ゲートの入り口に手は届いた。でも、身体を持ち上げようと力を入れると、また痛みが走る。
「仕方ねぇな。肩車してやるよ」
「悪いな」
ベッドを土台に、その上フライズに担がれて、余裕でゲートに入れた。
まだ俺の家にいてくれよ。街の外なんかに出られたら、危険すぎる。最近物騒なモンスターが出るとか言われてるし……!