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第1話 くしゃみをひとつ

 窓から差し込む朝日で目を覚ますと、目の前には丸で囲まれた五芒星があった。

 机に突っ伏したまま、魔導書の上で眠っていたらしい。


 ――またか。

 いつものことだけど、どうやら今日も魔法の研究に没頭しすぎたみたいだ。


「ふわぁ〜……とりあえず朝食っと」


 俺は裏口のドアを開けて庭に出る。魔法研究の一環として育てているきのみ畑が広がっている。

 風が吹くたびに葉が揺れて、眩しい太陽の光をさんさんと浴びている。


「これと、これ……あとこれだな」


 寝起きざましに、庭で育てている眠気に効く木の実、アウェイクナッツを選定して手に取る。

 ツヤのある真っ茶色の木の実。まさしく熟している証拠だ。充分すぎるほどの魔力を込めた土で育ててるんだ、これくらい熟してくれなくちゃな。


「ん……にっが〜い!」


 その実を口に頬張る。

 鼻から脳へと突き抜けていく独特な苦味が、一瞬にして眠気を吹っ飛ばしていく。


「ふぅ〜、ミルクで口直ししなきゃ」


 眠気はスッキリ解消。口に残った苦味を取ろうと部屋へ戻ろうとしたその瞬間。


『キューキュー』


 庭の柵からモンスターの鳴き声が聞こえた。

 振り返ると、柵の隙間から青いスライムが俺の方をジーッと見つめていた。

 そのモンスターは、俺のことをライバル視している悪友のフライズが飼ってるやつだ。


「よぉ、フライズはどうした?」

「キュー!」


 俺が指を差し出すと、コイツはパクッと噛み付いてきやがった。

 でも所詮はスライム。牙も舌もなく、痛くも痒くもない。なんなら、このグニュグニュした感触が気持ちいいくらいだ。


『まったく、怖いものなしにもほどがあるぜ?』


 せっかく気持ちよかったのに、飼い主がヒョイっとスライムを持ち上げてしまった。

 銀髪でキリッとしたつり目の俺たち同い年の男子。

 コイツが、俺をライバル視してるフライズだ。


「おーい、良いとこだったのにぃ」

「何がだ。コイツは俺のだぞ、イチャイチャすんな」


 イチャイチャって、スライム相手にイチャイチャなんてしたらヤバいだろ。

 何がヤバいって、そもそもスライムと朝っぱらからそんなことしたら変質者扱いされちまうし。


「そんなことしてないって。で、何の用?」

「何って、おいおい。今日から新学期だぞ」


 しんがっき……? しんがっき、しんがっき……新学期⁉︎

 そうだった、今日から新学期だった!


「ちょ、ちょい待ってろよ!」


 忘れてた、完全に忘れてた! 夏休み、昨日で終わりだったわ! なんなら魔法の自由研究、まだ完成してねぇし!

 あぁもう、途中でも良いや。忘れたよりかはずっとマシだ。

 あとは魔導書と杖をカバンに詰め込んで、っと。


「悪い、待たせた!」

「まったく、新学期早々から遅刻はやめてくれよ」


 ったく、なんで学校なんてあるんだよ。1日中研究していたいのに、学校に行ってる間は研究でとっくに知ってる魔法の復習。

 正直、ウンザリだ。


「あ、ルカンの子」

「ほんとだ、今日も髪ボサボサでヤバいね」

「噂だけど、毎日徹夜で研究してるんだって。ルカンの人って変わり者しかいないみたい」


 ……こういうこと、よく言われる。

 俺が通う魔法学校は専攻制。得意だったり好きな分野を集中して深掘りできる。

 そして、俺が通うのはルクス=アンブラ。略してルカンと呼ばれている。黒魔法と白魔法、両方とも満遍なく、広く深く学べるところだ。

 ただひとつ欠点なのが、厨二病だったり、とにかく浮いてるやつだったり、中には危ない実験をするやつもいたりと、変わり者しかいないってことだ。

 そのせいで、俺まで変わり者扱い。気にしているわけでもないが、変な目で見られ続けるのはキツイものがある。


「んじゃ、俺こっちだからさ。また後でな!」

「キュッキュー!」


 フライズは俺と違う専攻。モンスター使いになるための学級、ファミリアで実践を積みながら魔法を学んでいる。

 なんならルカンとは別の棟だし、しばらくの間はうるさいやつもいないし、途中だった自由研究の続きができそうだ。


「よし、それじゃあ――」

『アスカくん、お、おはよう……』


 俺の背後から、幽霊みたいな震えたか細い声がする。

 振り返ると、目元まで隠すほど伸びた紫色の髪をした男子生徒がオドオドしながら俺を見つめていた。


「よっ、ヴァイオ。おはよう」


 コイツは俺と同じくルカンの生徒のヴァイオ。普段は人見知りだが、魔法を語らせると人が変わったように饒舌になっちまう。

 だからルカン内でも、コイツの前では魔法についてのワードはほとんど禁句になっているくらいだ。


「うん……今日から新学期だね、またよろしく」

「おう、よろしく。それじゃあ行こうか」


 ※※※※※※


 ルカンの教室に入ると、既に全員が集まっていた。

 賑やかなのはいつものことだが、俺の机に魔法陣書くのはやめてもらいたい。

 ――しかも、自爆魔法の。


「ハァ……ねぇガリア、これアイツ?」


 俺の前の席に座る女子生徒、グレイ・ガリアーヌ。ルカンの唯一無二の優等生で、俺と肩を並べるくらい魔法に詳しい。

 ただ、このルカン独特のノリについていけないらしく、いつも魔導書を眺めてるやつだ。


「あー、たぶん。このヘタクソな魔法文字使うのって、学級委員長じゃん」

「……だよなぁ」


 この騒がしいルカンの元凶。それこそ学級委員長のアイツだ。

 夏休みの間は会わずに済むと思ってたが、その自由も昨日までだったなんてなぁ。


「夜の闇が明け、我ら再び交わった。これをサダメと言わずなんと言うか……おはよう諸君! 特に、アスカードくん、僕からのサプライズ、お気に召したかい?」


 俺の名を呼び、挑発的な態度でこっちを見てくる。

 この厨二病野郎。そう言ってやりたいが、一応こんなバカそうなやつでも学級委員長のグリン・ラスカールだ。ここはグッと堪えておこう。


「ビックリしたよ、まさか自爆魔法の魔法陣を描くなんてさ。イジメに遭いましたって報告しても良いけど?」

「んな、自爆魔法⁉︎ 何かの間違いだろう、それは己の限界点を圧倒する力を得る魔法陣だ」


 ってことは、魔力増幅の魔法陣のつもりが自爆魔法のものになってたってことか。

 字が下手なのが、こういうところで悪目立ちするんだよなぁ。魔法文字なんて、少しでも字体が崩れたらまったく別の文字になるくらいだし。


『ホームルーム始めるぞ〜、お前ら席につけー』


 おっと、担任のクレイモが来る時間だったか。夏休み開けたばかりのせいか、いつにも増してやる気を感じられないが。


「そんじゃー、出席……面倒だなぁ、オートアテンダ」


 うわ、クレイモのやつ、手書きが面倒だからって魔法で出席取ってるし。それくらい、自分の手でやりなよ。ほんと面倒くさがりだよなぁ。


「よぉし、全員いるなぁ……じゃあホームルーム終わりぃ」


 はやっ! まだ出席を確認しただけじゃん、他にすることないの? 

 って、これがいつも通りなわけだけど。やっぱ慣れないなぁ、クレイモの進行。


「んじゃ〜、今日は終わりだ。課外活動、頑張れ〜」

 

 ようやく終わった。課外活動の時間を使って、図書館で自由研究終わらせて、さっさと提出しよう。


 ※※※※※※


 夏休み明けの学校だけあって、今日の図書室は誰もいないに等しい。

 普段なら教わった魔法の復習で魔導書を読んだり調べものをしたりしている生徒が大勢いるが、自作魔法の運用実験にはもってこいの空き具合だ。


「これでよし、っと」


 俺はカバンから、まだ未完成の魔法陣を広げる。

 あとは魔法文字を五芒星の中に書き込めば終わりだし、それ以上に、完成すればまだ魔導書にない魔法ができる。憧れの魔導者、魔導書を捨てて暴れ狂うモンスターを鎮めたと言われる伝説のマクディル。

 この魔法陣が完成すれば、マクディルに近づける。なんて言っても、世界でふたつとない俺独自の魔法だからな!


「よし、やるぞ〜!」

『やるって何をだ?』

『キュー?』


 ヤッベ、油断してた。図書室っていえば、ファミリアの真隣だった。こんな大声出しちゃえば、嫌でもコイツは興味持つよな。


「いくらお前でも内緒だっての、フライズ」

「どうせ魔法の研究だろ? 俺も付き合うぜ」

「キュッキュ!」


 ハァ〜、どうせこうなるだろうと思った。ま、いいか。フライズに驚いてもらおうとは考えていたわけだし、魔法陣の効果を見て驚いてもらうか。


「はいはい、お好きにどうぞ」

「よっしゃ、そう来なくっちゃな!」


 ※※※※※※


 図書館の机に、出来上がり間近の魔法陣を広げる。五芒星の中に入れる魔法文字も決まってる。

 これがもし成功すれば、俺が生み出した魔法「グランドボルケーノ(仮)」が生まれる。炎と氷、対極的関係の属性両方を兼ね備えた、まさに奇跡の魔法。


「よしよし……あとは、(メル)と書けば……」

「ニシシ、邪魔してもいいよな……それ!」


 よし完成だ。あとは詠唱、それだけ。


「発動、炎水(レフメル)……?」


 なんか、鼻のあたりがくすぐったい。このニオイ、胡椒⁉︎ なんで、どこから――


「ニッシッシ、バレちゃったか!」

「……!」


 コイツ、俺の邪魔しようと胡椒なんか振り撒きやがって……!

 魔法陣を発動してしまった以上、取り消しなんてできないし……ってか、もう無理!


「ヘーックシュン!」


 詠唱中にくしゃみするなんて。魔法陣、大丈夫かな? 誤作動しないと良いけど……。

 え、え? 魔法陣、なんで勝手に発光してんの? すっごくやな予感するんだが――


「ウワッ⁉︎」


 予想的中。詠唱の失敗で、魔法陣はバチバチと火花を散らしながら、異様な色を放ち始めた。

 五芒星の線がうねるように脈打ち、まるで苦しんでいるかのように、明滅を繰り返す。

 光の色は、赤でも青でもない。深く濁った黒紫。闇に染まった何かが、魔法陣の奥底からじわじわと這い出してくるような気配があった。

 

 ――これ、絶対に普通じゃない。

 でも、もう止められない。

 止めるには、もう遅すぎた。


 その光が、俺の中へと入り込んでくる。痛くも痒くもないが、気持ちが悪い。腹の底で、何かが這いずり回るような感覚が吐き気を催す。


「お、おい大丈夫かよ⁉︎ クソッ、クソッ!」


 魔法陣が描かれた紙がビリビリと破かれていく音が俺の耳に響く。

 それと同時に、俺の中へと流れ込んでくるおかしな光が止んでいった。


「……フライズ……」

「……とりあえず、保健室だな……」


 見たことのない表情で、フライズは俺の手を取る。その手も、いつもの暑苦しいほどの元気さがなかった――

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