カースト上位の悪意
「あたしって、黒蜜が嫌いなんだよね」
休み時間のざわついた中、松本リカの声が聞こえてくる。松本はカースト上位の女子で、アイドル志望ということでそこそこの容姿を持っている。だけど、性格は最悪で、自分が一番でないと気が済まないところがある。
嫌な女を描く時、俺は大抵彼女を参考にしている。彼女は付き合う相手も自分のステータスが上がるかどうかで選んでいるし、自分よりも格下の二軍三軍の女子たちを表面上は愛想よく扱って、裏では人間と認めていないのを知っている。どれだけ取り繕っても人間の本質はどこかに滲み出る。
松本は黒蜜先生を裏で呼び捨てにしていた。本人の前では「凛ちゃん先生ってガチかわいい~」とか言っていたくせに。まあ、腹黒女子の生態なんて、どこも似たようなものだが。
松本の愚痴を聞いた森内由梨が反応する。こいつもカースト上位で、ギャルっぽい見た目をしている。
「ああ、なんか分かる気がする。女を前面に出し過ぎてる感じがするよね」
「そうそう。なんか、『ワタシって純粋無垢ですぅ~』って感じ、マジでウザくない? なんかこう、やるんならもっと上手くやれよみたいな」
「分かるわー。童貞の陰キャからでもチヤホヤされたら嬉しいんじゃないの。ウチは違うけど」
「あいつってヤバい教師の匂いしね? なんか、自分より若い子に手を出しそうな」
「なんか本当にやりそうでウケる~」
二人の妄想が発展して、黒蜜先生本人にとっては極めて迷惑な悪口大会が盛り上がっている。
ざわついた中でも、二人の悪口は目立っていた。誰もが関心のないフリをしながら聞き耳を立てている。でも、本当はきっと誰も聞きたくないんだ。
カースト上位の考えは時としてクラス全体の指針になる。これまでは突如現れた美人教師の黒蜜先生がアイドル化というか神格化されるような流れがあったが、この二人の動きによってはその風向きが真逆になることもある。
誰だって他の人を傷付けたくない。だけど、我が身のかわいさは誰にだってある。
この二人が黒蜜先生をオモチャにすると決めたら、彼女はそれなりの目に遭うだろう。俺だってそんなことは望んでいないけど、松本は嫌がらせのスペシャリストなので、なんとか自分の手を汚さずに黒蜜先生を傷付けようとするだろう。
知らぬ間にクラスが静かになりつつあった。松本森内ペアの悪口に注目が集まっている。それに気付いた二人はそれとなく話題を変えたので、妙な緊張感の漂う瞬間は嘘みたいに終わった。
教室がまた騒がしくなる。
その喧噪の中で、俺は先生に累が及ばないことを願った。