校長無双
「失礼します」
翌日になり、俺は校長室にアポ無しで突撃した。
理由はシンプル。校長先生が黒蜜先生をコネで就任させるほどかわいがっているなら、今回の件を校長へ話せば助けてもらえる可能性が高い。
校長は俺を知らないせいか、「え? 君は誰?」っていう驚いた顔をしていた。そりゃそうだろう。俺だって黒蜜先生と出会っていなければ校長がどんな人だったかもよく知らない。
正直、いきなりアポなしで訪問したんだから追い出される可能性の方が高い。だけど、俺の本能は「今やれ」と言っていた。だから本能に従うことにした。
「いきなりやって来てすいません。俺は1年D組の須藤という者です」
有無を言わせずに自己紹介を始めた。きっと「アポ無しで来られても困るから帰ってくれ」と思っていたんだろうが、「黒蜜先生が受けた誹謗中傷の件でお話があります」と言った瞬間に顔色が変わった。すぐに「詳しく教えてくれ」と返事がきたので、やはり校長にとって黒蜜先生は特別な存在なのだろう。
今まで培ってきた小説家のスキルが役立ち、俺は前もって用意していた事件のあらましを順序だてて話していった。言うかどうかは悩んだが、黒蜜先生からアイドル時代の過去についても聞いていることをやんわりと話の中へと含めた。校長も知っていることだし、知らないていで話しても後から分かるので今話しておいた方が良いと判断した。
「そういうわけで、ウチのクラスにいる松本と森内の二人は危険です。彼女達は今でも水面下で黒蜜先生を陥れようとしています。その内、アイドル時代の事件にも行き着く可能性があります」
「そうか……」
校長は高そうなソファに座り込んで、しばらく天井を眺めたまま物思いに耽っていた。ローディングが長いなとは思ったけど、黒蜜先生の話を聞く限り彼は味方だ。俺は彼の答えを待つことにした。
「実はだね、その件はもう決着がついているんだ」
「……え?」
俺はさぞ間抜けな顔をしていただろう。あっけに取られていると、校長が説明をはじめる。
「君の言う通り、黒蜜先生を誹謗中傷する手紙はあちこちに出されていた。君も知っての通り、私は彼女の恩師でもありファンでもあったので情報を得次第すぐに対応した。警察の知り合いがいたからね、彼の協力を得て手紙の投函されたマンションの監視カメラ映像を提供してもらったんだよ。そうしたら複数の現場で同じ高校生ぐらいの女の子が映り込んでいてね、生徒の特定に成功した。彼女を呼び出して事情聴取を行ったところ、君の言った松本さんと森内さんから手紙の投函を強要されたとのことだった」
――ガチじゃん。
校長は想像以上にガチンコで犯人を炙り出していた。彼の話を要約すると次のようだった。
はじめに誹謗中傷の手紙の内容を松本と森内が考え、実行犯となる女子生徒へと指示を出す。実行犯は個人的な弱みを握られており、首謀者の二人に逆らうことが出来なかった。
実行犯は新聞紙を切り抜くなど途方もない作業を経て怪文書の手紙を作成し、足が付かないよう直接各生徒のポストへと投函しに行った。そうすれば消印が残らない。
だけど、彼女は詰めが甘かった。手紙に消印が無いということは、直接ポストに投函した可能性が高いと判断されるわけで、校長は警察の友人を使ってこの玄関へとやって来た人々の映像を手に入れた。
大体の日付が分かっていれば、誰がその日に来たのかを調べるのはそう難しくはない。もちろん個人情報の観点で、映像の提供を断られた方が多かったらしいが、事情を話すと協力的な人もいたそうだった。
そこで、離れているはずの複数の現場で何度も目撃される、配達員ではない若い女性の存在が出てきた。それが例の実行犯に当たる女子だった。
生徒の顔写真は学校にデータで保存してある。まさか見つかるはずがないと思っていたのか、何も変装していない実行犯を特定するのは容易だったそうだ。
校長はすぐに彼女を呼び出し、事情聴取を開始した。当初は松本と森内の存在には気付いていなかったそうだが、実行犯が彼女たちの名前を出し、手紙の内容を指示しているLINEを見せられて真犯人の存在に気付いたそうだった。
校長はすぐに真犯人である松本と森内を呼び出して事情聴取を行った。すると、彼女たちはあっさりと事実を認めたとのことだった。
「そうですか……」
俺は言葉を失った。たったの数日でここまで動いていた校長の素早さには驚愕を禁じ得ない。どんだけ黒蜜先生のことが好きなんだよ……。
「それで、松本たちの処分はどうなるんですか?」
「まあ、普通に考えたら退学だよね。まだ正式には処分が決まってないけど」
校長は明日の天気でも答えるみたいに言った。
「マジですか」
「マジだよマジ。だって彼女たちのやったことって普通に犯罪じゃない。普通なら刑事事件だけど、黒蜜先生は優しいから被害届も出さないだろう。そうなると、ああいう奴らは時間が経てばまたおんなじことをやるんだ。これは教育現場にずっといた私が言っているんだから間違いない。だから彼女たちには退場してもらうことにした」
「訴訟になる気がしないでもないですけど……」
「大丈夫だよ。こっちにはガッツリ証拠があるんだからさ。ウチの処分が不当だって訴えれば彼女たちの悪事が露見して余計にまずいことになる。彼女たちもそれは分かっていると思うよ」
「なんと……」
俺は言葉を失った。
松本と森内は黒蜜先生を陥れようとして、校長の介入で知らぬ間に瞬殺されていた。
「まあ、いいんじゃない。彼女たちもアイドルになりたかったみたいだし、退路を断って夢に挑戦出来るんだから。あの程度じゃ、まずオーディションには受からないと思うけど」
校長先生がしれっと猛毒を吐く。よほどムカついていたのだろう。どちらにせよ、黒蜜先生が誹謗中傷から免れたのは間違いない。俺が先生を守ると誓ったのがカッコ悪いところだが。
「そういうわけで、この件は終わりだ。安心していいよ」
「はあ、どうも、なんかすいません……」
お年寄りに席を譲ったら相手の方が元気だったみたいな決まりの無さを感じながら、俺は校長室を辞去することにした。
「あ、そうそう」
去り際に校長が思い出したように口を開きはじめた。
「君は賢いから分かっているとは思うけど、今回の件に関しては1から10までが完全に秘密だよ。絶対に口外しないでね」
「はい」
「黒蜜先生は君も知っての通り、私にとって大事な教え子でもあり推しでもある」
「ええ」
「つまり、君のしたことで彼女に何かあれば、それは私に弓を引いたのと同じということになる。そうなると色々と大変な思いをするだろうから、この話は自分の胸の内にだけ留めておいてくれたまえ」
「……もちろん、です」
……おい、俺は脅されてんのか。
校長の話を意訳すると、俺が余計なことを発言して黒蜜先生に累の及ぶようなことがあれば、校長の権限を最大限に使って潰してやるから覚悟しておけよという意味だった。
怖い。怖すぎる。でも、そんな校長に守られているからこそ、黒蜜先生も安心して働けるのか。
本物のヤバい教師は、黒蜜先生ではなく校長だったということか。嫌などんでん返しだ。。
ともあれ、俺が余計なことをしない限り校長は味方だ。そして黒蜜先生の脅威になるものも取り払われた。大事なのは黒蜜先生が学校に残るということだ。
今は彼女が学校に残れることを素直に喜んでおこう。