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点と線

 あ、ごめんね。ちょっと語弊があったよね。


 校長先生が私のファンだったのは間違いがないんだけど、ウチの学校に来る前は私の担任だったんだよ。


 当時の私は中学1年生だった。別にアイドルになろうとか考えていなかったんだけど、街でやるようなイベントの余興で歌手のマネをしたら、たまたまいた芸能界の関係者から才能があるって思われたみたい。


 それで知らぬ間にスカウトの人から色々と指示を出されていて、自分ですら状況が理解出来ていないまま偉い人の前で歌ったり踊ったりしていたの。


 それでよく分かんない内にオーディションみたいなのが進んでいて、何一つ理解が出来ていないままオーディションに受かりましたとか言われていて、当時の私はポカーンってなっていた。


 で、気付いたら他の子と一緒にライブをやっていて……っていう、本当に嘘みたいな本当の話が起こっていた。


 ただ、私も単純な思考の持ち主だったから、そこまで深いことは考えず、何か私が歌って踊るとみんな喜ぶみたいだからそうしておこう、みたいな感じになっていた。


 今の校長先生はその時の担任でね。私と仲が良かったから、CDいっぱい買ってねって罰ゲームみたいにたくさん買わせて、色んな人に配ってもらったの。あの人も真面目だから「私の教え子が頑張っているから」って感じでCDを捌いたみたいで、今考えたら本当に献身的なファンだったよね。


 そのうち先生もこっそりライブに来てくれるようになって、まるで保護者みたいにあたしのことを応援してくれたの。さすがに握手会に来た時は笑ったけどさ。だって、何てリアクションすればいいのか分からないじゃん。


 ともかく、その時はテッペンをとってやるみたいな意識よりも、単に自分の活動を楽しんでいた感じかな。私ごときがAKBとか乃木坂に勝てるとは到底思っていなかったし。


 自分が誰よりもかわいくなれたらっていう気持ちがないわけでもなかったけど、どっちかと言えば単純に必要とされているっていうのが嬉しかったんじゃないかな。だからあの時はすごく楽しかった。


 だけどね、夢を見続けるっていうのには対価がいるんだよ。特に、私みたいに才能のない人間にはね。


 ある日、私は関係者から指定された場所に一人で行くように言われた。なんでマネージャーは来てくれないんだろうって思っていたけど、現場に着いてその理由が分かった。


 私が「派遣」されたのはね、ラブホテルだったんだよね。


 まあ、中学生だったし、ラブホテルが何をする場所なのかぐらい分かっていた。売れないアイドルが偉い人とホテルに行くみたいな話は都市伝説みたいに聞いたことはあったけど、まさか本当にあるなんて思ってもみなかった。


 スマホでね、事務所に人に色々電話をかけてみたの。でも、全員無視で誰も出ない。時間差で思ったけど、あれって完全に私が売られたってことだよね。


 絶望的になってホテルの前から逃げようとした時、待ち合わせた偉い人に見つかって「あ、これ終わったかも」って思った。


 逃げようと思ったんだけど、いざ自分がそういう立場になると何も出来なくて、私は明らかに未成年なのにラブホテルに入ることとなった。


 きっと悪い夢でも見ているだけなんだ。自分にそう言い聞かせた。そうでもしないとおかしくなりそうだった。


 それで、引き合わされた偉い人とそういうことをする感じになった。一緒にシャワーを浴びようって言われて、あたしは「ヤダ」ってそいつを突き飛ばした。それからダッシュでラブホテルから逃げて来たの。


 さっきまで無音だったスマホが鳴りまくっていてね、死ぬほど怖かったなあ。本当に鳴りやまなくて、怖いから機内モードにして連絡を断った。


 それでね、子供ながらに思ったのね。ああ、私は終わったんだろうなって。今でも思い出すと涙が出てくるんだけどね。


 でもね、このまま終われないよねっていうのもあった。ここで私が泣き寝入りしようものなら、第2第3の被害者が出る。それだけはあってはならないと思ったの。


 それで、過去に自分でも配信をやったことがあったから、そのノウハウを使って暴露動画の生配信をやったんだよね。


 いくらBANされたとしても、衝撃度から言えば間違いなく注目されるだろうから、私のアーカイブから動画が消されても誰かが拡散してくれると思ったの。


 だから私は何が起こったのかを徹底的に暴露した。自分の身を守ることもそうだけど、他のメンバーが貢ぎ物として捧げられるのは我慢がならなかったから。


 そうしたらね、何が起こったと思う?


 私を犯そうとした人が裏から手を回して、私が所属事務所へ弓を引くために嘘の情報をばら撒いたっていう噂を流しはじめたの。それもずいぶんと巧妙にやったものだから、私は権力者に枕営業を持ち掛けて脅すというハニートラップを仕掛けた極悪アイドルに仕立て上げられてしまった。


 一度世論がそういう風になってしまうとね、もう私にはどうも出来ないの。


 アイドルっていうのは裏で何をしていようが、純粋無垢で異性を知らない前提でファンとの信頼関係が成り立っている。だから私がどれだけ「誰とも寝ていません」って言っても世論の大勢が「嘘をついている」って言ったらもうどうしようもないんだよ。


 空気も読まずに炎上必至の暴露配信をした私は、みんなで楽しく過ごしていた夢の空間をブチ壊した最悪な女ということになっていた。


 ネットでは何も知らない第三者が好き勝手なことを書き込み、私を陥れたい人がそのヘイトをこちらへ向けるように誘導していた。割と露骨にやられていたのに、誰一人としてその悪意に気付くことがなかった。きっと、よほど叩くものが欲しかったんだろうね。


 性被害を訴えたはずの私は、知らぬ間に枕営業を仕掛けた上に虚言で人を陥れるヤバい女にされていた。私のいたグループも相次ぐ炎上と誹謗中傷で解散へと追い込まれ、私が必死になって守ろうとしてきた仲間たちは、私のせいで心を病んで次々と芸能界からいなくなっていった。


 もうね、何が起こっているんだろうって感じだったよ。今でもあの事件はどこか遠くの国で起きた出来事なんじゃないかってぐらい。


 だけど、それは間違いなく現実で起きていた。私は図らずも何人もの人を地獄に突き落として、みんなを不幸にしていた。


 パニックで真っ白な状態を抜けるとね、罪悪感で死にたくなった。どうして私なんかのせいで他の人の未来が断ち切られないといけないんだろうって、本気で毎日泣いていたよ。


 それで生きているのがつらくなり過ぎて死んでしまおうかって思っていた頃に、今の校長先生に声をかけられたのね。


 その時に言われたのが、「君は道を踏み外したのかもしれない。だけど、そんな君だからこそ助けられる人がいる」って言葉だった。なんていうか、それを言われただけで涙が出てきたよね。


 芸能界に戻れなくなった私は心機一転、教師を志すことになった。とは言っても、勉学そっちのけでアイドル活動をやってきたのもあって、死ぬほど勉強しないといけなかったけどね。


 なんとか大学まで卒業して教員資格認定試験を合格した私は、今の校長先生のコネでここに就職したの。先生は私の恩師でもあり、恩人でもあったというわけだね。


 ずいぶん長くなったけど、これで説明は全部かな。この話は校長先生を除いては他の先生たちですら知らないから、教えたのは須藤君が初めてだよ。


 だから、くれぐれも他の人たちには口外しないでね。二人だけの……というか、校長先生も入れたら三人だけの秘密だよ。


 当初の私は問題児だったしCDの爆買いまでさせて迷惑ばっかりかけていたのに、それでも校長先生は私のことをずっと助けてくれているんだよ。本当に聖人がいるとすれば、彼みたいな人なんだろうね。今でも本気でそう思っているよ。


 校長先生にはね、私を推して良かったって思わせてあげたいの。


 だから、私もこんなことで心を折られるつもりはないよ。そんなことをしたら、彼に顔向け出来ないからね。


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