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この世で最も恐ろしい魔王のはずなのに、かわいい勇者と仲良くなった件

作者:

 黒く染まった大地は、遠くまで広がり、生命の気配を拒むように冷たい風が吹き荒れていた。(妄想)

 魔王城の周辺はまるで世界そのものが滅びの影に包まれているかのような雰囲気を醸し出している。(妄想)尖塔が天を突くようにそびえ立つ城は、鋭利な牙をむき出しにした獣のようだ。(妄想)

 空は重く曇り、灰色の雲が不気味にうごめいている。(妄想)雷鳴が時折轟き、暗黒の閃光が大地を裂く。(妄想)周囲には死の気配が漂い、獣たちでさえ近寄ることを躊躇しているのがわかる。(妄想)


 そして、その中央にそびえる魔王城は、誰をも寄せ付けぬ威圧感を放ちつつ、異様な静寂を保っていた。(妄想)


「ノエ。これ見て、このお花綺麗だと思わない?」


 鮮やかな青い髪を伸ばした、赤い瞳を持つ少女——勇者がいた。

 勇者は綺麗な白い花を指さしながら、微笑みを向けてきた。


 何故、こうなったのだろうか? 俺はこの世で最も恐ろしい魔王であるというのに…。


 神書曰く、勇者とは魔王を討ち滅ぼさんとする力を持つ者のこと。

 曰く、魔族とは人間を辞め、人間を害す者のこと。

 曰く、魔王とは人間をやめた魔族の怪物を指す。


 普通に考えれば、魔王と勇者がこうやって普通に会話するはずがない。


「……なあ、俺って魔王、だよな」


「そうだね」


「お前って勇者、だよな」


「そうだね」


「魔族って人間の敵だよな」


「そうだね」


「…俺って敵だよね」


「立場で考えたらそうね」


「何で普通に隣で話してるんだ?」


「だってノエは魔王である前に人間でしょ。…それに悲しい目をしてたし」


 ああ、そうだ、俺は人間だ。魔王が人間で悪かったな。

 俺だって望んで魔王なんかになったわけでもないし。戦わずに済むならそれでいい。


 ふつーうに過ごしてたら、ある日、森の中で魔族に攫われて、縄で縛りつけられて監禁されて、解放されたかと思えば、魔王にさせられた。

 いや、もはや自分で言ってて意味が分かんねぇ。


 本当だったら、今頃、普通に育って、順風満帆の生活が出来たって言うのに…。

 それが出来ないから、せめて魔王として悪役?っぽく振舞おうとしたのに、それも出来ずにこうして勇者と喋っている。

 ああ、情けない、惨めすぎる。


「はぁー」


「そんなでかいため息ついてどうしたの?」


 そんな俺の心情を知ってか、知らまいか心配の声を掛けてきた。

 ため息をついている原因、あなたにもあるんですよ、勇者さん。


「いや、別に何でもない。ただ、ちょっと疲れてるだけ」


 運がいいんだか、悪いんだか、分からなくなるな。


 こうなった事の発端はというと…



♦♦♦



 魔王になってから一週間くらい経った頃のことであった。

 何だか城内の魔族達が慌ただしくしていた。俺は除け者扱いで内容を詳しくは知らないが、どうやら勇者がもうすぐこのヘンテコ魔王城に来るらしい。


 いや、俺、魔王なんだよね? 何で魔王の俺に詳しく教えてくれないわけなの。

 俺が人間だからって、魔王にしたのお前らだよね。


 俺はいつも通り、暇なので自室で引き籠り…じゃなくて、魔法の勉強。

 魔王になって初日、なんのやることもないので部屋にあった本を手に取った時に、俺は気づいてしまった。

 この部屋、魔法に関する本しかなくね?


 ということで、渋々、魔法の勉強をしているのだが……うん、ふつーにムズイ。

 何せ、俺はここに至るまでの十六年間、魔法とは一切無縁の関係だったからね。

 まあ、そんな感じで俺はいつも通り、魔法の勉強をしている。

 習っていけば、案外面白いこともあるものだ。例えば………………。


 ん。ないな。面白いことなんて一つもない。だって、古代文字なんて読めないもん。

 だから、本を眺めてるだけ。

 何だかんだいって、それで一週間も続いている。いや、自分でもすごいと思う。本当に。

 案外、この生活も悪く無い。


 そんなことを考えながら、本を眺めていると部屋が大きく揺れた。

 何故だか、嫌な予感しかしなかった。

 勇者がもうすぐ来る。魔王城が大きく揺れた。さっきから、部屋の外が閑散としている。

 これって、勇者が来たのでは? そう思いつつ、魔王専用の豪華な椅子が置いてある玉座の間に向かった。


 玉座の間まで俺の部屋からなんと二十分。普通そんな遠くに魔王の部屋って置くのかな? とか考えながら、玉座の間の扉の前に着いた。

 来る途中に誰とも会っていないのだが、まさか皆、俺を置いていったりは、して、ないよな?


 少し重い扉を開けると、そこには豪華な造りの玉座と剣を持った一人の少女がいた。

 鮮やかな青色の髪は伸ばしており、身長的にも俺と同年代っぽい少女だ。

 そんな少女、この魔王城にいたか? いや、いないな。


「あ、あのぉー」


 俺は見ず知らずの少女に声を掛けた。

 俺の声に気づいたか、警戒するかのように少女は振り返った。


「誰っ!」


 その少女の瞳は優しい赤色の瞳だった。人を惹きつけるような、そんな瞳をしていた。

 顔は整っており、可憐な少女であった。

 一言で言えば……滅茶苦茶かわいい。


「あー、えーっと一応、魔王? たぶん」


 あってるよね?


「え、えーっと、あなたが魔王、なの?」


 彼女は警戒を解き、俺を憐れむような目でこちらを見てきた。

 そんな憐れんだような目で見られると、俺が滅茶苦茶みじめに見えるじゃないか! いや、じっさい惨めなんだけどね。


「こんな幼い子どもが魔王だなんて…嘘よね?」


 本当です。あと、俺は幼い子どもではないぞ。お前と大した年齢差はないと思うんだけどな。

 方や勇者、方や魔王。役は違えど、どちらも大役だ。


「嘘じゃないです……」



♦♦♦



 まあ、こんな感じで知り合ったと…。

 うん、まじで意味分かんねぇ。


「『膝枕』、してあげようか?」


 勇者は顔を少し顔を赤らめながら、自身の太ももをぽんぽんと叩きながら言った。


 これは夢なのだろうか? 魔王(普通の少年)である俺が勇者(美少女)に膝枕をしてもらうのは。

 夢だよね? 夢であってくれ。俺の理性が死んでしまう。


「……えーっと、なんで?」


「疲れてる、って言ってたから。…男の子って女の子に膝枕されると疲れがとれるんでしょ」


 うん、普通はそうかもしれない。

 でも、俺って普通じゃないじゃん。俺、魔王だよ? 勇者が魔王の疲れをとるって聞いたことがないよ。


「ほら、いいから」


 結果的に俺は膝枕をされた。(強制的に)

 それにしても極上の感触だ。なんというか、本当に気持ちい。

 今まで、枕もなく、布団もなく、ベットもない状態で一週間寝ていたせいか、急な眠気が襲ってきた。




 いつぶりだろうか。気持ちのいい眠りから覚めるのは。

 この一週間は本当に疲れの溜まる眠りから覚めていたからな。


「あ、起きた?」


 柔らかな声が耳に響く。その声は温かく、包容力がある。

 きっと美少女なんだろう。いや、実際、美少女だったけど。


 俺は重い体を上げようとする。

 しかし、それを制するように勇者が手で俺の体を抑える。


「まだ、疲れてるでしょ。もう少しこのままでいいよ」


 ええ、いや、俺の理性が…。

 でも、せっかく膝枕してもらってるんだ、我がままは言えまい。


 そういえば——


「——名前、なんて言うの?」


 いや、決して俺だけ名乗って、向こうが名乗っていないのが不満というわけではない。


「あれ? 言ってなかったけ? 私の名前はフェリシアだよ」


 そして彼女——フェリシアは可愛らしい笑みを浮かべる。

 ああ、こんな夢を俺が見てもいいのだろうか?


 次の瞬間、俺はそんな夢から現実に戻された。


 おでこに柔らかい何かが当たっている。

 人生で一番嬉しいようで恥ずかしいことが起きているのだ。

 そう、キスをされた。


 フェリシアは俺にゆっくり顔を近づけ、俺のおでこにキスをしたのだ。

 彼女の唇が俺のおでこにふれたのだ。

 魔王が勇者にキスされるってどんなシチュエーションなんだよ……。


 俺は全身が熱くなり、彼女とまともに目を合わせることが出来なかった。


 これが俺の初めてされたキスであった。




♦♦♦ フェリシア視点 ♦♦♦


 え、私、いま、キスしちゃった!?

 どうしよう…。そんなつもりはなかったのに、つい。

 恥ずかしくて、目を合わせられないじゃない、私のバカ。


 体中に熱が籠り、ついつい顔を赤くしてしまった。

 それも仕方がない。年頃の少女が好きな人にキスをしてしまったのだから。



♦♦♦



 私はもともとは黒い瞳で普通の女の子だった。

 だから、今朝、目を覚まして鏡で自分の目を見たときは自分を疑ってしまった。


 神書曰く、勇者とは魔王を討ち滅ぼさんとする力を持つ者のこと。

 曰く、魔族とは人間を辞め、人間を害す者のこと。

 曰く、魔王とは人間をやめた魔族の怪物を指す。

 曰く、勇者は神からの祝福を受ける。

 曰く、赤い瞳と聖剣が神からの祝福である。


 そう、目覚めたときには瞳が赤くなっていたのだ。

 最初は私が勇者になんてなるわけがないと思っていた。

 気づいた時には、自分の部屋に剣があった。その剣もただの剣じゃなかった。鞘から抜いてみれば、神々しい光を放ってた。

 これでも私は自分が勇者だなんて信じることが出来なかった。


 当然だ、十歳の女の子に理解できるはずもない。


 それが逃れられない運命だということを悟ったのは二年後のことだった。

 しらない教会の人達が家に押し寄せてきた。


「勇者様。あなたを勇者としての役目を果たしてもらうべく、我々の元に来てもらえませんか」


 そのときの教会の人達の顔が怖かった。だから、本当は嫌なのに断ることが出来なかったのだ。

 あの少年が来るまでは。


「うーわ、大人が子供を攫っちゃうの? 汚い大人だなー」


 教会の人達の背後には一人の少年が立っていた。

 黒い髪の毛に黒い瞳。だけど、その瞳に何故か、不思議さを感じた。


「おい、小僧! 教会の人に失礼だろうが!」


 そう怒鳴りつけながらこの村の村長さんに連れていかれたけど。

 それでもそのとき、私は嬉しいと思った。だから、勇気を出して、勇者として生きようと思うことが出来た。



♦♦♦



 多分、そのときからだと思う。

 あなたのことを好きになったのは。そう、私はあなたに一目惚れをしたんだと思う。


 だから、あなたが魔王だ、って言ったときはびっくりしたけど、こうやって話すことが出来て嬉しかった。



 ——ありがとう。私はあなたのことが大好きだよ。

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