穏やかな日々
シロは俺の家で人型になったときのように、考え込むのではないかと思っていたが、チビたちが騒がしくしているおかげもあってか、平気そうに見えた。ずっと面倒をみてくれていた老婦人のことは、やはり少し気になるようだったので、いつかシロの母親のようにお城に忍び込んで一緒にお礼を言いに行こうと約束した。自分でも無茶なことを言っている自覚はあったが、半分本気だった。シロの大胆さが少しうつったのかもしれない。
シロはすっかり家族になじんでいた。チビたちはシロのあとをカルガモの親子のようについて回る。シロに実家に残るか聞いたが、一緒に帰ると言ってくれた。実家を出るとき、チビたちは泣いてシロにしがみついた。また来るからと言っても聞かず、最後には両親にチビたちを抑えてもらい、逃げるように出発した。
俺の家に戻ってから、しばらくはシロに留守番していもらっていた。一人遊びは慣れているから大丈夫だとシロは言ったが、俺が昼間シロを一人にして仕事に行くことに耐えきれなかった。飼い主が見つかるまで預かるのとは違う。これからずっと一緒にいられるのだ。シロは礼儀作法も身についているので、雇ってもらえないだろうかとパン屋で相談したところ、一緒に働けることになった。私情によりおかみさんの勤務時間を短くしなくてはならず、ちょうど新しくバイトを探そうとしていたところだったという。これで一日中シロと一緒にいられることになった。はじめてのことばかりでシロも楽しそうだ。もっと外の世界を見てもらいたくて、仕事終わりに外食することも増え、休みの日にはあちこち二人で出かけた。
シロは綺麗な容姿と落ち着いた接客で瞬く間に人気者になった。お店は昔ながらのパン屋さんという雰囲気で、お客さんは近所のおばちゃん、おじちゃんが多かったが、シロが働きはじめてから若い人が目に見えて増えた。おやじさんのパンの味は知る人ぞ知るという感じだったので、たくさんの人に知ってもらえて嬉しいし、おかみさんも大喜びしてくれた。シロにとっても色んな人に接する機会ができたのは良かったのだと思う。
工房の窓からシロが接客している様子が見える。最初はただただ微笑ましかったが、だんだんもやっとすることが増えた。いつの間にか、窓からシロをこっそり見ている時間も増えていたようだ。一度おやっさんに注意されてしまった。それから仕事中は自分のことに集中するようになった。
ああ、これは嫉妬しているなとはっきりと自覚をした日、俺はなでてほしいとシロに頼んでみた。猫になって、ベッドに座ったシロの太ももの上に寝そべる。今まで動物とのふれあいが少なかったシロは、クロの実家にいったときぶりだと喜んでなでてくれた。もうすっかり猫がなでられてうれしいところを覚えたようだった。あごの下をなでられて喉がなる。背中をなでられて溶けたように平べったくなった俺を見て羨ましくなったのか、上から交代!という声がかけられた。猫になったシロをはりきってなで回してやる。頭の方に手を持っていくと、なでられることを期待した白猫が耳を後ろに倒した。顔をのぞきこむと、目まで閉じている。可愛すぎて固まっていたら、なかなかなでられないことにしびれを切らしたシロがそっと目をあけた。目があったまま一瞬時が止まったが、先にシロが動き出し、なんと前足で俺の手をつかんで自分の頭を近づけてきた。猫の姿で催促されるとたまらない。なでてやるとまた気持ちよさそうに目をつむるのだった。
あっという間に時間は過ぎていき、そのままシロは俺の膝の上で眠ってしまった。俺の足はビリビリにしびれて、その後ベッドの上で悶えることになった。俺の反応が面白かったようで、白猫に足をつつかれて遊ばれたが、それも楽しかった。
それからは、たまにシロの方から猫になってほしいと頼まれるようになり、俺が仕事中のシロを見てモヤモヤすることはなくなった。