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ロイズ・レコード  作者: 翌桧 寿叶
第1章 最強の魔術
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第8話 《最強の魔術》の影

 

 任務に戻ったユレィシアの心には、言いようのない焦燥が巣くっていた。


 規則正しく刻まれる革靴の音も、交わされる報告の声も、まるで遠い世界の出来事のように響く。背筋を伸ばし、剣の重みを確かめても、足元はどこか頼りなく揺らいでいた。

 掴みかけたものが指の隙間から零れ落ちる感覚。見えない檻に閉じ込められたような息苦しさ。

 何かをしなければならない──だが、その"何か"が分からない。

 夜の見回りの最中、街灯の明かりがゆらめくたびに、ロイの影がちらついた。視界の端に幻のように現れ、消えていく。振り払おうとすればするほど、焦燥は芯から燃え広がり、胸の奥で燻り続けた。


     〇


 警邏隊に新たな任務が下された。


「正体不明の魔術の調査、並びに、それを扱う違法な聖遺物アーティファクトの回収」


 隊長のガルハルト・エルヴィンの厳しい声が静かな会議室に響き渡る。

 ガルハルト・エルヴィンは、鋼のような肉体を持つ壮年の男だ。


 短く刈り込まれた灰色の髪は、幾多の戦いを潜り抜けてきた証のように無骨で、深い皺の刻まれた額は、厳格な指揮官としての重責を物語っている。彫りの深い顔立ちに宿る蒼灰の瞳は鋭く、何者であれ一瞥しただけで射すくめられるような冷徹さを滲ませていた。

 分厚い肩に掛かる赤い隊長のマントは、彼がこの街を守る盾であり続けてきたことを示している。その身に纏う黒鉄の胸当ては使い込まれており、戦場で鍛え上げられた歴戦の勇士であることを隠そうともしない。

 彼がただそこに立つだけで、周囲の空気は張り詰め、誰もが無言で背筋を正す。

 ガルハルト・エルヴィン──警邏隊を率いる、この街の“秩序”そのものだった。


「この魔術は、過去に例を見ないほどの破壊力を持ち、『最強の魔術』と称されている。発生地点の調査では、地形の異常変化や高密度なマナの残留が確認されている。現在、術者や使用されたアーティファクトの詳細は不明だが、これが悪意ある者の手に渡れば、甚大な被害をもたらすだろう」


 集まった隊員たちは皆、緊張した面持ちで説明に耳を傾けていた。ユレィシアも例外ではない。


(最強の魔術……?)


 彼女は眉をひそめた。


 ここ最近、魔術犯罪が急増しているとはいえ、「最強」とまで称される魔術が存在するとはにわかに信じがたい。だが、警邏隊に正式な任務として通達された以上、何らかの危険な力が確かに働いているのだろう。


「調査対象の第一地点は、帝都郊外の廃墟と化した村だ。すでに何度か探索部隊を送ったが、帰還した者たちの証言は曖昧で、誰も核心に触れる情報を持ち帰れていない。そのため、今回の任務は危険度が高いと判断される。慎重に行動しろ」


 隊長の言葉に、場の空気がさらに引き締まった。


「今回の任務は、二班に分かれて行う。第一班は調査と護衛、第二班は《アーティファクト》の追跡を担当する。ユレィシア、お前は第一班だ」

「了解しました」


 ユレィシアは淡々と返事をしたが、内心では複雑な感情が渦巻いていた。


(この魔術……まさか)


 思い当たる節があった。

 つい先日、ロイが暴走した時のあの圧倒的な力。

 確証はない。しかし、あの力こそが今回の任務の対象と同じものではないのか。


「……ロイ」


 無意識に彼の名前を口にしそうになり、ユレィシアは唇を噛んだ。

 ロイの力と、この「最強の魔術」に関係があるのなら——彼を無視するわけにはいかない。


(確かめなければ)


 ユレィシアは静かに決意を固めた。


「それでは、各班の詳細な作戦は後ほど伝える。準備に取り掛かれ!」


 隊長の号令と共に、隊員たちは動き出した。ユレィシアも立ち上がり、与えられた任務の遂行に向けて動き出す。

 だが、その胸には、新たな疑念と焦燥が募っていた——ロイは、この「最強の魔術」にどこまで関わっているのか? そして、それを知ることで、彼女自身の目的にどんな影響を与えるのか。


 翌日、帝都を出発した警邏隊は、目的地である廃村へと向かって進軍していた。

 昼間の喧騒から遠く離れた静寂の中、ただ馬の足音と鎧の軋む音だけが響く。隊員たちは皆、無駄な言葉を交わさず、各々の武器を握りしめ、油断なく周囲を警戒していた。

 ユレィシアもまた、馬上で沈黙していた。だが、その目は、遠くに見える荒廃した村を捉えて離さない。


(ここに……何があるの?)


 空は曇天に覆われ、湿った風が荒れ果てた大地を吹き抜ける。廃村の輪郭が近づくにつれ、異様な静けさが隊を包んだ。

 何かがおかしい。

 人の気配がないのは当然だが、それ以上に、空気が重く淀んでいる。


「……みんな、気をつけて」


 ユレィシアが小さく言うと、副隊長のエルミナが頷いた。


「わかってる。これは……ただの廃村じゃないね」


 彼女の言葉に、誰も異論を挟まなかった。

 やがて隊は廃村の入り口に辿り着いた。

 ユレィシアは鞍を降り、剣の柄に手をかけたまま、静かに息を呑んだ。

 まるで見えない何かが彼女たちを待ち受けているかのように。

 そして——最後の戦いの幕が上がる。

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