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ロイズ・レコード  作者: 翌桧 寿叶
第1章 最強の魔術
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第11話 大罪人

 乾いた金属音が響き、閃光のような斬撃が交差する。

 ユレィシアはヴィクターの刃を受け流し、足を踏み込んで反撃の一閃を繰り出した。しかし、それを予測していたかのようにヴィクターは刃を回転させ、彼女の攻撃を弾く。


「いい動きだ。……やはり、お前、銀翼を知っているな?」


 ヴィクターの瞳が獲物を見定める猛禽のように鋭く光る。

 ユレィシアは彼の言葉に眉をひそめながら、息を整える。


「何度も言わせるな、知らない! ……いや、知っているけど、会ったことはない!」


 その言葉に、ヴィクターの口元がわずかに持ち上がる。


「なるほどな……やはり、憧れか?」


 ユレィシアの剣が一瞬揺らいだ。そのわずかな隙を突いて、ヴィクターの剣が彼女の肩をかすめる。


「くっ……!」


 彼女はすぐに体勢を立て直し、剣を握り直す。


「銀翼は、俺のかつての戦友だ。貴様の剣には、あの女の戦い方が滲んでいる。まるで血に刻み込まれたようにな」


 ヴィクターは一歩踏み込み、ユレィシアの防御を揺さぶるような連撃を繰り出す。

 ユレィシアは必死に捌くが、ヴィクターの剣の重みは尋常ではなかった。


「……それが、何だっていうの?」


 ユレィシアは苦しげに言葉を絞り出す。


「銀翼がどんな人間だったか、私は知らない……でも、その戦い方に憧れた。それだけよ!」

「そうか……なら、教えてやろう」


 ヴィクターの剣が一瞬緩む。


「銀翼は、大罪人だ」


     〇


 ユレィシアの動きが止まった。


「……何?」

「貴様が崇める英雄は、王国に仇なす存在だった。あの者が何をしでかしたのか、お前は知らないのか?」


 ユレィシアの表情がこわばる。頭の中で、あの天覧試合で見た鮮烈な姿が揺らぎ始める。


「嘘よ!」

「真実だ。銀翼は、多くの命を犠牲にした。王国を裏切り、血の大事件を引き起こした張本人だ」


 ヴィクターの言葉が、ユレィシアの胸に重くのしかかる。

 その隙を逃さず、ヴィクターは猛然と攻め込んだ。


「しまっ──!」


 鋭い一撃が彼女の剣を弾き飛ばす。

 ユレィシアは膝をつき、剣を拾おうとするが、ヴィクターの刃が喉元に突きつけられる。


「……終わりだ」


 戦場の喧騒が遠のく。ユレィシアの胸中には、銀翼への憧れと、新たに突きつけられた現実の間で揺れる激しい動揺が渦巻いていた。


     〇


 王都の中心、輝くような陽光の下、巨大な闘技場には無数の観衆が詰めかけていた。

 歓声が渦巻くその中で、ユレィシア・ナッソーは震える拳を握りしめていた。

 この試合は、ただの武闘大会ではない。


 天覧試合──王族や貴族たちの前で、自らの実力を証明する場。

 そして、この試合で最も注目を集めるのは、ある一人の剣士だった。

 彼女の名は「銀翼」セレナ・ヴァイス。


 セレナ・ヴァイスは、銀白の髪を持つ女剣士だ。陽光を浴びるたびに煌めくその髪は、風に乗って流れる一陣の光のように美しかった。肩より少し長い髪は後ろで軽く結われ、無駄のない戦闘向きの装いをしていたが、それすらも彼女の気高さを際立たせるものだった。

 瞳は蒼く、燃え上がるような情熱を宿していた。戦場においては凛とした輝きを放ち、決して揺らぐことのない信念を秘めていた。彼女の表情は冷徹ではなく、むしろ戦いを楽しむような笑みを浮かべることが多かった。

 身に纏う戦闘服は王国の騎士装束に近いが、軽装で動きやすさを重視したものだった。白と紺を基調とした服には、袖口や裾に細やかな刺繍が施されており、優雅さと実用性を兼ね備えていた。腰には双剣が佩かれ、手には細やかな装飾の入ったガントレットが嵌められていた。その全てが、彼女がただの剣士ではなく、名を馳せた戦士であることを物語っていた。

 試合場で彼女が剣を構えた瞬間、観衆は息を呑んだ。細身ながらしなやかに鍛え抜かれた体躯は、無駄な動きを削ぎ落とし、まるで舞うように戦うために生まれたかのようだった。その動きはまさしく銀翼と称されるに相応しく、彼女が駆けるたびにまるで空を裂く一陣の風のようだった。

 ユレィシアが憧れたのも無理はなかった。セレナ・ヴァイスはただ強いだけではなく、その姿勢、戦いの美しさ、そして何よりも、真っ直ぐに敵と向き合うその在り方が、見る者の心を奮わせたのだった。


(この人のようになりたい)


 心が強くそう叫んでいた。

 剣の才があった。それを活かし、この王国で自らの価値を証明したかった。

 だが、どれほど努力を積んでも、どれほど血の滲むような修練を重ねても、己の存在はまだ些細なものに思えた。

 そんな時、彼女の前に現れたのが「銀翼」だった。

 彼女の戦いは、まさしく理想そのものだった。

 無駄のない動き、鋭い攻撃、そして何よりも、その瞳に宿る情熱。


(私も、あんな風に戦いたい)


 剣を振るう意味を、この試合で確かめたかった。

 ──それから、試合が始まった。

 セレナ・ヴァイスは、強者たちを次々となぎ倒し、まるで舞うように戦場を駆けていた。

 その戦いぶりに、観客たちは熱狂した。

 ユレィシアは、食い入るように見つめながら思った。


(これが……強さ)


 そして、彼女は決意する。


(いつか、必ず……この人と肩を並べる)


 そう誓った。だが──

 その戦いの記憶が、今揺らぎつつある。

 ヴィクターの言葉が、胸の奥に重く沈む。


『銀翼は、大罪人だ』


 憧れた存在が、王国に仇なす者だったとしたら。

 ユレィシアの剣は、いったい何のために振るわれるべきなのか。

 答えの出ない問いが、心を縛りつけていた。


 ──目の前の戦場ではなく、記憶の中の光景が鮮やかに甦る。


 銀翼が剣を構える。対峙するのは、王国でも有数の剣士だった。

 試合の勝敗は、技量だけではない。そこに宿る信念、覚悟、全てが交錯する。

 セレナ・ヴァイスは、僅かに息を吐き、その剣を閃かせた。

 瞬間、風が裂けたような鋭い一撃。

 相手の防御を打ち砕き、一瞬の間に剣が突き込まれる。

 次の瞬間、会場がどよめきに包まれた。

 剣士が膝をつく──勝者は、銀翼。

 その姿は、ユレィシアにとって圧倒的な憧れだった。


 ──だが、今の彼女の心は揺れている。

 セレナ・ヴァイスは、何を思い、あの戦いを続けていたのか。

 本当に、王国に背いた大罪人だったのか。

 その答えは、まだ見えない。

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