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リンの導線

先生と紙飛行機

作者: リン

漢女おとめは二度読みせず

 晴れた大空に紙飛行機が一つ、自由に浮かぶように飛んでいる。

 親友が紙飛行機を追いかけて走っている。

 その後ろでわたしも、やや遅れて追いかける。

 親友の紙飛行機は滞空がとても長かった。

 走っている二人の遥か先で、紙飛行機はようやく、ぽとんと力尽きた。

「今度はおまえがやれよ」

「うん、わかった」

 じぶんの番となり、わたしは振りかぶって、じぶんの紙飛行機を投げる。

 きれいな放物線を描いて、紙飛行機は目の前に落ちた。

「下手だなあ、俺に貸せよ」

 親友はわたしの紙飛行機を手にすると、えいっと投げた。

 きれいな放物線を描いて、やはりそれは目の前に落ちる。

「なんだ、これ?」

 親友は不思議そうだ。同じ作りの紙飛行機なのに、わたしのは全く飛ばない。

 二人で悩んでいる。

 この野原で、わたしたちの他には、少し離れたところにわたしたちを見ているおじさんがいるだけだ。

 おじさんといっても、この頃の幼いわたしたちにそう見えてただけで、実際には二十代後半くらいの青年だった。

「こっち、見ているね」

 気になって、わたしは親友に相談する。

「なんだろうな、紙飛行機なんて珍しくもないのにな」

 おじさんは野原にゆったり腰を下ろしてこちらを眺めている。

「おまえの紙飛行機、なんかおかしいから、新しいの作ってまた飛ばそうぜ」

 色々悩んだ挙げ句、親友が何気にそう提案したときだった。

 座っていたはずのおじさんがおもむろに立ち上がると、こちらに近づいてくる。

 何事かと二人で見守っていると、急に声をかけられた。

「キミたち、もしよかったら、その紙飛行機をぼくにくれないかな」

「いいけど、こいつのはぜんぜん飛ばないぜ。俺のは結構飛ぶけど」

「二つともくれないかな。ぼくには甲乙つけがたいように思えるんだ」

 おじさんは難しい言葉を使った。

「こおおおつ?」

 少し外れた発音で親友は尋ねる。

「どちらもよくて比べられないってことさ」

 おじさんはわたしたちにもわかるようにやさしく解説する。

「変なこと言うよな。俺のはともかく、こいつのはぜんぜん飛ばないぜ」

「良いものだよ。二つとも」

 おじさんの言ってることがわからない。

 でも、紙飛行機くらいくれてやらない理由もないので、二人でおじさんに紙飛行機をあげた。

 おじさんは紙飛行機を渡されると、やさしい、慈しむような眼差しで、二つの紙飛行機を見つめている。

「おかしな奴だな、もう帰ろうぜ」

 親友は少し怖がって、わたしに催促する。わたしも同じ気持ちなので、頷いて野原を去って、親友の家へと向かった。



 親友の家の裏庭。

 ここで大きな桶を置いて、井戸から水を汲んできて、その桶にたっぷり水をいれる。

 二人とも裸になって、じゃぶんと勢いよく桶に入った。

 この瞬間は例えようもなく楽しかった。

 二人して桶の底に座る。

 少し前まで座った状態でも、じゃれ合うくらいはできたが、今ではそれもできないほど窮屈になっている。

 いつの間にか大きくなっているじぶんたちに、二人とも気づいていた。

「もうそろそろ塾に通わないといけなくなるな」

「そうだね。でも行ける塾は別々になりそうな感じ」

「そうなのか?」

「一番近い塾は月謝を食べ物で渡そうとすると、先生が嫌な顔をするって聞いた」

「おまえんち、金ないものな。それじゃあ、こうやって遊べんのも、もう無くなるんだな」

 親友は寂しそうに言った。そう言われてしまうと、わたしも寂しくなる。

 わたしたちは野原で駆け回って泥だらけになった身体を、水を掛け合いながら流して、行水を終えた。

 元の服に着替えると、もう夕暮れになっている。

 わたしはいつものように親友に別れの言葉を送って、家路についた。



 親友はいつも突然うちに押しかけてくる。

 この日もそうだった。

「おい、いるか?」

 わたしは家の手伝いを切り上げて、親友のもとへ駆け寄った。

「なーに?」

「知ってるか、今度この近くに新しい塾ができるんだ。そこだと貧乏人は月謝の代わりになる物でいいって噂だぞ」

「へぇ」

「なあ、そこに一緒に行かないか。そうしたら、別々の塾に通うこともないぞ」

 思ってもみない提案だった。親友と離れ離れにならずに済むのか。

「行きたい。でも、どういうところかわからないと、おとうさんが許さないと思う」

「だからさ、一緒に新しい塾、見に行こうぜ。俺、場所教えてもらったんだ」

 わたしは親に事情を話して許しを得て、親友と新しい塾とやらに向かった。

 新しい塾は潰れたばかりの乾物屋だったところにあった。

 建物は簡素だが真新しく、陽の光を浴びて明るく美しかった。

 ここで学べばじぶんたちの未来も明るいものになると、天が囁いているようだった。

 建物のドアは開けっ放しになっていて、勝手に入ってもよさそうではあったので、恐る恐る二人で中へと入っていく。

 窓が締め切られている暗がりの中は、広い勉強部屋であった。

 既に机と椅子が整然と並べられている。

 どれも新品のもので本当に貧乏人でも通えるのか、わたしは不安になっていた。

「なんか貴族様が学びに来る塾っぽいな」

 親友の率直な感想だった。わたしも頷く。まったく同意見だった。

「そんなところにいないで、もっと奥に入ってきて見てみなさい」

 突然、部屋の奥から大人の人の声がした。恐らくこの塾の主であろう。

 声の主の方へと近づくと、奥の人影にうっすら色がつきはじめ、正体があらわになる。

 あの紙飛行機のおじさんであった。

「なんだ。キミたちか」

 おじさんは私達のことを憶えていた。

「私がここの塾の主で先生をすることになる。ここに入ったらよろしく頼むよ」

「おじさん、先生だったのか」

 親友は驚いたように確かめる。

「そう言ったじゃないか。そんなに先生には見えないかなあ」

 先生はがっかりしたようにぼやく。ぼさぼさの頭を掻いていた。

 わたしは先生のことがほんのりとだが、好きになってきていた。

「俺たち貧乏人でさ。月謝を食べ物とか代わりの物にしても怒られたりはしない?」

「するわけないさ。貧乏なのはしようがないことで、別に悪いことじゃない。それに、ここには貴族も来るから、そっちで工面するんで、お金の心配はしなくていいよ」

「き、貴族様も来るのか?!」

「一人、貴族の御子息が来ることが決まってるんだよ」

 貴族と一般市民が机を並べるなんてありえない。

 先生は何を考えているか。わたしにはさっぱりわからなかった。

「貴族と一緒じゃ怖いかな?」

「ぜ、全然怖くねーし」

 親友はだいぶ強がっていた。

 そんな親友を先生はやさしく誘った。

「うちの勉強の仕方は他所の塾と違っていて面白いから、きっと楽しいことばかりだよ」

「そうなのか。んじゃ、ここに決めようぜ」

「う、うん。おとうさんに頼んでみる」

 こうして親友とわたしは先生のいる新しい塾に通うこととなった。



 初めて塾に通う日がやってきた。

 わたしは準備にかなり手間取っていた。

 なけなしの金で用意した筆記用具をカバンに入れると、急いで塾へと走った。

 塾へと着くと、もう席はほとんど生徒で埋まっていた。

 親友はやる気満々で最前列に陣取っていた。

 一方で上質な服を着たどう見ても上級貴族にしか見えない生徒が、なぜか最後尾の端っこに座っている。

 みんな貴族に遠慮したんだろう。その隣しか空いている席はなかった。

 わたしは空いてる席の前に来たものの、子供心にも恐れ多い気がして、なかなか着席できなかった。

「どうぞ、気になさらず、お座りください」

 なんと貴族の子どもの方から気さくに声をかけてきた。しかも丁寧な言葉づかいでだ。

 わたしは返答もできないまま、黙って席についた。

 わたしがカバンから筆記用具とノートを机に出したところで、先生が部屋に入ってきた。

 どうもタイミングが良すぎる。どこかで様子をうかがっていたんだろう。

 先生は初めての授業に浮かれているのか、ニコニコしていた。

「わたしが皆さんに勉強を教えることになります。よろしくね」

 先生とは本来威厳のある存在で、子どもたちの前では威張っているものだが、わたしたちの先生は真逆だった。

「それでは授業を始めますね。その前にまず教本を全員に配るので、そのままちゃんとじっとしててね」

 先生は一人ひとりに教本を配り歩いた。配りながら、生徒に軽い挨拶をかけていく。

「おはよう。キミが来てくれてうれしいよ」

 先生がわたしにかけてくれた言葉が耳に残る。

 教本を配り終えると、先生は教壇に戻って着席した。

 いよいよ授業がはじまった。



 塾ではまず、字と用語と算術を覚えるところから始まった。

 この時点では先生の態度が違う以外、他所の塾と変わるところがなかったが、それでもわたしたちには大きな違いのように思えていた。

 正直その頃のわたしは劣等生だった。物覚えが悪く、わたしのせいで先生が解答を言う時間が遅くなったりして、授業にいくばくかの影響が出る始末だった。

 逆に親友は優秀でなんでもすぐに吸収していく。親友は天才的な資質を開花させようとしていた。

 当然、わたしたちの学力差はどんどん開いていった。

 塾の中で特殊な位置にいたのは貴族だった。わたしたちが学んでいることを既に勉強していた状態だったため、先生は貴族に自習を指示していた。

 そうして三年が経過し、わたしたちが四年生になった頃、授業の内容が一変する。

 一般市民の塾とも貴族の塾・学校とも違う授業科目に変化していた。

 それは実験的・論理的に物事を考える科目群だった。

 先生はそれを自然実学と呼んでいた。

 実験的・論理的にみた自然分野と、理に適った実学とが融合している不思議な学問体系で、優秀なはずの貴族も初めて知ることばかりだと語っていた。

 この自然実学、じつは先生が編み出したものではなく、先生の先生にあたる方の発案だそうで、その人は有名な魔石工学の大家だった。

 魔石とは、それを使用することによって魔法のような効果を現す鉱石のことである。その使い道の幅を広げていくのが魔石工学といわれる学問だ。

 先生の先生は他の学問の考え方がじぶんの知る魔石工学の思考とは大きく異なることに着目して、全て魔石工学の思想で考える学問体系を作り、それを特に優秀な学生だった先生一人に伝授したのだそうだ。

 それがどれほど貴重な学問だったか、当時のわたしたちには知る由もなかったが、幸運なことに自然実学とわたしの思考回路はぴったりだった。

 わたしは自然実学の学問体系の授業になってから、メキメキと実力を発揮し、他の生徒の成績を次々と追い抜いていった。

 楽しい授業の日々が過ぎ、そうして気づけば、他の塾では修了となる一五のときを迎える時期になっていた。

 この頃の成績一番手は親友だった。二番手はわたし、三番手が貴族だった。貴族には少し間の抜けたところがあり、ケアレスミスをする癖があったため、若干わたしより成績が悪かった。ただ学力ではまったくの互角で、わたしのライバルであった。

 本来ならこれでわたしたちも学問を終え、各自、働き手になるのが一般市民の通例のはずだったが、先生の考えは違っていた。

 学問は一生涯の友、というのが先生の考えであった。

 そこで先生はこれより先も学問をしたい者には、夜学の形で学問を続けるよう勧めた。

「事前に伝えていた通り、ここで一旦学問の修了を希望する者はいますか」

 先生の問いかけに、わたしたちは沈黙をもって否定の意思を示した。

「そうか。みな続けてくれるんだね」

 先生はいつものやさしさに加えて、安堵の表情をたたえていた。



 塾が夜学制になってから、三年目のことだった。

 わたしと親友はいつものように国一番の広さをもつ中央公園で、石畳に腰を下ろして、労働後の昼飯を一緒にとっていた。

 最近の親友の口癖は、この国は腐っている、だった。

 優秀な親友はこの国の粗に苛立ちをおぼえてしようがないようであった。

 わたしはというと、あまりそういうことは気にせず、じぶんの周辺がいつもと変わらず平穏であれば良いという考えだった。

 変なのは貴族だ。貴族であるにも関わらず、親友の不平不満に同調ばかりしていた。

 貴族の目にもこの国は腐っているように写っているのだろうか。

 親友が飯を食いながら、公園の中央にある噴水の方を指さした。

 噴水には貧相な姿の神官が一人佇んでいるだけで、殺風景だった。

「あれを見ろ。あの清貧な神官が上級神官になれず、見すぼらしい服で我慢しているのがこの国の有り様だ」

 そう言われてみると、神官は天に身を捧げた誠実な男に見えなくもない。

「でも、それを変えるのは、わたしたちの決めていいことではないよ。傲慢な考えじゃないか」

 わたしは親友に対してはズケズケ物を言う癖がついてしまっていた。

「そういうことじゃない。意識さえ変われば、人も変わる。意識を変えさせるのは、俺でも、俺じゃなくても、誰でもできることだ。先生がそうだっただろ」

 先生のことを言われると、わたしは反論できなくなって、黙っているほかなかった。

 わたしと親友は噴水前で一人立ち続けている清貧な神官の様子を見続ける。

 しばらくすると、一人の若い女が神官の方へと駆け寄ってきた。

 女はどことなく、はしたなくて娼婦を思わせた。

 女が笑顔で神官の元へ来ると、神官も陽気な表情となり、親密そうに何か言葉を交わしたあと、腕を絡めあって繁華街へと消えていった。

「娼婦に金をむしり取られてる、ボンクラ神官にしか見えなかったが」

 わたしが率直に指摘すると、親友は少し考え込んでから、腕を組んで得心がいったようにこう言うのだった。

「たまによくある間違いだ」

 親友は人を見る目がまったく無かった。




 その日は突如としてやってきた。

 午後、家の手伝いをしていると、轟音がしだして、外から飛行機だと叫ぶ声がする。

 飛行機くらい今どき珍しくもないのにと、窓から顔だけ出して見上げると、空に巨大な飛行機が悠然と飛んでいた。

 飛行機の両翼にはそれぞれ三つずつプロペラが回っている。見たこともない大きさの飛行機で、とても普通の仕様のものとは思われなかった。

「隣国の軍用機だぞ」

 近くに住む元軍人の老人が空に向かって声を張り上げていた。

 なるほど、軍用機だったか。それならあの大きさも納得だ。

 でも、何故、隣国の軍用機なんかが我が国の空に、しかも首都の上空にいるんだ。そこらへんが理解できなかった。

 軍用機はゆっくり大きく旋回しながら、次第に高度を下げているように見えた。

 このあたりのどこかに着陸するつもりのようだ。

 ずっと見入っていたが、母親から仕事の催促がきてしまって、仕方なく飛行機見物を諦めた。

 その夜、日課になっている先生の授業を受けに、いつものように塾に赴いた。

 部屋に入ると、みな来てはいたが、誰も着席しておらず、何人かずつで固まって、深刻そうな話をしていた。

 事情がつかめず、理由を側にいた貴族に尋ねた。

「じつは今日、空を飛んでいた隣国の飛行機、あれは隣国の特使と兵を乗せていて、この国に潜伏している隣国の国家反逆者を引き渡すよう要求しに来たらしいんです。それで威嚇のため首都の空を飛び回っていたようで」

「ふーん、それは大変だね。我が国と隣国とじゃ、力関係は歴然としてるから、やられ放題になっちゃうな」

「それだけじゃなくて、その反逆者というのが、どうも先生のことらしくて」

「は?」

 貴族が信じられないことを言った。冗談にもほどがある突飛な話だ。あのやさしい先生がそんなことをするはずもないだろう。

 わたしの頭は話の理解を自然と拒否していた。

 固まってるわたしに貴族が続けていうには、親友が真偽のほどを確かめに、捕らえられた犯人が入っていると思しき監獄で様子をうかがっているという。

 その親友が戻ってきたのは、それから一刻ほどしてからだった。

「先生が捕まったというのは、本当だ。出獄してきた泥棒をやった奴に話を聞いたところ、先生と同じ容貌の奴が牢屋に入るのを見たと言っていた」

 先生が今もって塾に来ていない以上、何かあったのは確実で、親友の話が事実であることはもう疑いようもなかった。

 生徒のみなで相談した結果、とりあえず貴族が監獄のお偉いさんに賄賂を贈って、先生と話ができる状況にしようということになった。

 みなで先生のいる監獄に向かう。だが、時は待ってはくれなかった。

 先生はちょうど監獄を出て、隣国に引き渡されるために、移動するところだった。

 貴族が急いで先生を引っ立てている兵らの兵長に賄賂を渡し、なんとか一言だけ会話しても良いと、許可をもらった。

 先生、先生、とみなが口々に先生に声をかける。

 先生は身体を縄でグルグル巻きにされて、囚人のように扱われている。疲れ切った様子でうなだれた顔をやっとのことで持ち上げてこちらを見ると、わたしたちにやさしく語りかけてくれた。

「塾を始めてからこんにちまで、生徒みんなが楽しく勉強してくれて、誰一人として欠けなかったのが、わたしの、一番の、誇りです。わたしは、」

 何かを言いかけて、しかしそれは許されず、先生は繋がれた縄を引っ張られて、隣国側の待つ場所へと向かうよう急かされた。

 先生がトボトボと処断される道のりを進んでいく。

 わたしたちはそれを見送ることしかできなかった。

 隣国側に引き渡された先生はその日のうちに隣国へと送られ、事情聴取や裁判などもなしに、即斬首されてしまった。

 それを知って、わたしたちは先生を慕って泣いた。

 だが、悲嘆に暮れるわたしたち生徒の身も危うかった。国家反逆者に教えられたということで、世間の見る目が変わっていた。

 貴族の親がすぐに先生の塾の土地と建物を買い受け、わたしたちは貴族の学友という建前で、なんとかじぶんたちで勉強できる体裁だけは整えることができた。

 この日から先生のいない塾の時代に入ることになった。



 塾の建物は簡素なもので、メインとなる勉強部屋の他はトイレと先生の自室しかなかった。

 今まで誰も入ることのなかった先生の部屋へ、親友やわたしや貴族など選ばれた数名で入っていった。

 部屋の壁は一面、蔵書が敷き詰められた本棚で、それでも余って、中央の先生の机には蔵書がどっさり平積みされていた。

 適当に本を手にとって確認してみると、だいたいその道の専門書の中でも初級レベルのものばかりだった。

 先生はこれを自然実学の観点から見て、適切なものを選んで、わたしたちに教えていたのだ。

 手分けして蔵書のリストを作成してみる。

 すると、まだ教えてもらっていない学問の専門書などが幾つか見つかった。

 本来ならば、今頃、この学問を教えてもらえてたのか。

 先生が教壇に座って新たな学問を説明する姿が思い浮かぶ。

「まだ未習の専門書の方を一つ一つ自然実学に置き換えて、自分たちで学習しましょう」

 貴族が蔵書をパラパラ捲りながら提案する。

 わたしたちに異論はなかった。

 とりあえず、これからの学問への取り組みの方向性が掴めたので、退室することになった。

 ただ、わたしは気がかりなことがあったので、一人、先生の自室に居残ることにした。

 先生が腰掛けていた椅子に座って、蔵書リストを眺めてみる。

 やはり、少しおかしい。

 自然分野の書物が他の学問分野に対して少ないのだ。

 なぜ、自然分野が薄いのか。自然分野は本来、自然実学との相性はいいはずなのに。先生は何を考えていたんだろう。

 別にやりたいことがあって、自然分野を減らした?

 他に気になることといえば、思想書が全く無いことか。

 これは魔石工学を応用した自然実学の考え方一つで事足りるからだろう、と想像がつく。

 今一つは天学と呼ばれる、この世界共通の信仰の類を学問化した専門書がどこにも見当たらないことか。

 どの科目が重要で、どの科目をその分減らしたかを考察する。

 総合して考えると、一つの結論に辿り着く。

 先生はこれまでこの世界に存在したことのない新しい『国造り』をしたかった。

 自然実学の理論に基づいた実践的な政府を作りたかった。

 それに不要な学問は生徒たちに教える気がさらさらなかったのだ。

「先生が隣国で国家転覆を謀ったのは本当だったのか」

 わたしは拒絶していた話を信じるほかなくなっていた。

 とすると、先生はこの国で同志を育てるためにやって来たのか。

 先生への信頼が揺らいでいるのを感じていた。

 先生はわたしたちを同志に仕立て上げ、この国で国家転覆を狙う気でいた。

 今までわたしにかけてくれた言葉は全て、そのための偽りだったのか。


「おはよう。キミが来てくれてうれしいよ」

「そうか。みな続けてくれるんだね」

「塾を始めてからこんにちまで、生徒みんなが楽しく勉強してくれて、誰一人として欠けなかったのが、わたしの、一番の、誇りです。わたしは、」 


 先生の言葉の数々を思い出すと、じぶんでも心が揺れ動いているのがわかる。先生の隠してた意図を信じるのか、先生の言葉を素直に受け取るのか。

 どちらをとればいいのかわからない。

 何かヒントがほしい。

 先生の塾に入ってから先生が処刑されるまでの記憶を一つ一つ読み解いていく。

 だが、ヒントになるようになるものが一つもない。

 何か忘れていることはないか。何度も思い返してみる。

 そういえば、先生と最初に出会ったのは塾ではなかった。

 野原で親友と紙飛行機を飛ばして駆け回っているとき、先生はわたしたちを眺めて、その紙飛行機をくれないかと頼んできて、わたしたちはおかしな人だと思いつつも、紙飛行機をあげたんだった。

 紙飛行機をもらったときの先生の目はやさしく慈愛に満ち、わたしたちに向けていたものと変わらなかった。

 このときの先生の心に嘘があったようには思えない。

 先生はたしかに国造りの野望のためにこの国にやってきた。しかし、野原で遊ぶわたしたちを見て、気が変わった?

 よく飛ぶ紙飛行機とまったく飛ばない紙飛行機を見て、じぶんでも紙飛行機を作って飛ばしたくなって、子どもたちをまだ何の折り目のついてない紙に見立てて、育ててみたくなった。意識が変わったのだ。

 思考を巡らしてみたものの、わたしの仮説は果たして正しいのか、まだわからない。あと少しだが、まだ何か足りてないものがある気がする。


「二つともくれないかな。ぼくには甲乙つけがたいように思えるんだ」


 そうだ。先生は劣っている紙飛行機もほしいと言っていた。しかもどちらも良いものだと。

 先生は優秀な人材をもう求めてはいなかった。先生は国造りに必要な優秀な同志を求めることから、心変わりしたんだ。

 わたしの仮説は確信へと変わっていった。


「おはよう。キミが来てくれてうれしいよ」

 

 先生は意識の変化を導いてくれた親友とわたしが入塾してくれて、ほんとうにうれしかったんだ。

 先生の気持ちがわかって、今更になって心が暖かい。 

 わたしの先生への慕う気持ちが深くなっていく。 

 亡くなった先生にどうしようもなく会いたい。

 このままではどうにかなりそうだと感じて、わたしはじぶんの心を振り切るように先生の部屋を出た。



 塾頭が貴族になってから、先生が残した学問の履修を済ませると、今度は各自じぶんの学びたい専門知識を身につけるべく、新たな勉学への道を進むことになった。

 専門書は貴族の家が購入して、各々少しずつ弁済する方式がとられた。

 貴族は跡取り息子なので、必然的に政治、政策、法律分野に視野を伸ばしていき、親友は軍事と土木方面に興味を惹かれていた。

 わたしはといえば、これといった専門分野に興味を持てず、中途半端になっていた。

 とりあえず、先生が意図的に減らしていた自然分野の研究を行っていたが、みなのようには熱心に取り組めていなかった。

 それから三年ほど経ったある日、いつものように塾に行くと、みなの様子が明らかにおかしかった。

 生徒たちが武装しているのである。

 只事ではないと思い、部屋の中心で指示を出している親友を見つけて問いただした。

「これはどういうことだ?何をしようと言うんだ」

「これから俺たちは蜂起する。この国を変える」

 親友は堅い決意を語った。

 薄々気づいてはいた。自然実学の観点から見れば見るほど、この国はどうしようもなくなっていることに気づかされてしまう。

 こうなることは自然実学を学んだ者の宿命だったかも知れない。

 親友はこの三十名の生徒たちだけで決起する決断をしたのだ。

 当然その中にはわたしも加わっているものだと思っていた。

「わたしの武具はどこにある?」

「そんなものはない。おまえは居残りだからな」

「居残り?それはわたしの意に反することだ」

「そうか」

 親友には人ごとのように聞こえてるのか。あまり関心のなさそうな返事の仕方だった。

 わたしはそれに少し怒りをおぼえたものの、平静さを維持しなければと考えて尋ねた。

「単刀直入に聞く。わたしが参加できないのは、わたしが女だからか?」

「そうだ」

 親友の返答は早かった。

「それは敵に捕まればどうなるかわかったものではないからか?そんな心配は無用だ。覚悟はできてる」

「駄目だものは駄目だ」

「どうしてだ?理由を聞きたい」

「おまえは蜂起に参加させない。これは決定事項だ」

「答えになってない!」

 わたしは親友に食って掛かった。だが、同時に後ろから誰かに肩を叩かれていた。

「およしなさい。これは彼らが決めたことです。わたしたちの出る幕ではありません」

 振り返ると貴族だった

「わたしも貴族の跡取りだということで外されたんです。ここは彼らの意見を尊重して見守りましょう」

 わたしは貴族に説得され、落ち着きを取り戻そうと怒りを堪える。

「彼らには彼らなりの思慮あって、そう決めたんです。思いを同じくするのなら、わたしたちにはそれに従う義務があるんじゃないでしょうか」

 思いを同じくするなら従うほかない。

 それがわたしの心に重みを増しながら刺さっていく。

 わたしは我に返るように落ち着きを取り戻した。

 見守るしかない自分を自覚していく。

 準備が整ったのか、親友が口上を述べ始めた。

「先日、老朽化した大橋の崩落が起こって、多数の死傷者が出たが、これは政府が管理を怠ったからだ」

 土木に詳しい親友らしい指摘だ。

「それに犯人引き渡し条約もないのに、臆病にも先生を隣国に引き渡した」

 これは貴族の受け売りだった。

「我々はこの腐った国を変えなければならない。それを政府に思い知らせてやろうではないか!」

 親友が熱く語る。

 一斉に「おおっ!」と歓声があがった。

 時はきたのだ。



 夜の警備の交代時、入れ替わりのため兵力は二倍となっているが、心理的には一番気が抜けているときだ。

 そこを狙い撃ちするのが親友の作戦だった。

 作戦は図に当たり、あっさり四百名の警備隊を殲滅してしまった。

 味方は全員生存で大勝だった。

 驚いた政府は地方から急遽増援を呼んできたが、二軍、三軍ともに殲滅。親友の軍の圧勝だった。

 親友はこの一連の戦いで戦術家の才を開花させていた。

 これでこのまま政庁のある中央の城塞に乗り込めば革命は成功となるはずだった。

 だが、城攻めは二十八名ではどうすることもできない。

 思案に暮れているうちに、なんと敵国と交戦中だったはずの国軍が首都に戻ってきていた。

 係争中の領土を割譲して、首都の防衛のために攻城兵器まで携えて攻めてくる国軍。

 親友の軍は攻略していた警備隊用の小型城塞に立て籠もった。

 だが、親友の軍の命運はこれまでであった。

 まるで石臼で豆をすりつぶすように、多勢に無勢の戦いとなって、味方が次々と倒されていく。

 戦術家の親友をもってしても挽回できる余地はなくなっていた。

 最後は生け捕りにされていた味方の二つに引き裂かれた死体を投げ込まれて、親友はもはやこれまでと判断した。

 籠もっている小型城塞の奥で生き残っていた四名で集団自決して、革命は失敗に終わった。



 親友の死はこの国に一時の平穏をもたらして世間は喜んだ。

 その一方で、わたしは悲嘆に暮れ、立ち上がれないほどに憔悴していた。

 まさか親友の死がこれほどじぶんに深い悲しみを与えるとは思ってもみなかった。

 そして悲しみの源にあるのは愛情であることに気づかされた。

 そうか、じぶんは親友を愛していたのか。

 大切な人を失って、ようやくじぶんの心の奥に眠る感情を認識できた。

 貴族が心配して見舞いに来てくれたが、今は一人でいたかったので追い返した。

 愛する親友のいないこの世界で、わたしは何もすることがない。

 わたしは失意のまま時を過ごすだけになっていた。

 塾は反乱軍のアジトとされて、閉鎖されていた。

 貴族の一族も国との関係が悪化して窮地にあった。

 何もかもが悪い方に流れているかのように思えた。 

 しかし、時流は違っていた。

 親友の反乱軍が僅かな手勢で勝ち進んだことは国中に伝わり、各地で蜂起する武装活動が活発になったのだ。

 そうして収拾がつかなくなり、この国は二年をまたず、最大勢力の反乱組織に政権を譲った。

 年老いた大樹が夜の湖にゆっくり沈むような静かな王朝の最期であった。

 新たに王朝となった反乱組織は元王朝の直系の子孫が首領を務めており、その配下には逃げてきた貴族の一族もいた。

 貴族は首領に戦闘より勢力を増加させる方を優先するよう献策して、組織を最大勢力とさせたのだった。

 その甲斐あっての新王朝であるため、貴族は第一功として宰相になると思われた。

 だが、実際に宰相となったのは、わたしであった。

 貴族はじぶんの功績をなげうって、わたしを宰相に推薦した。

 各地で反乱を起こしていた首領たち元勲らの猛反対を押し切っての出来事であった。

 わたしも反乱に加わっていないじぶんが宰相になるべきではないと断ったのだが、親友の遺志を継げるのはあなたしかいない、と強く説得してきた。

 結局、わたしの直属の配下に貴族が入る妥協案で、わたしが宰相になる話はまとまった。

 新体制作り、政策の立て直し等は実際には貴族が行い、わたしが裁可する形で進められ、新王朝ははじまった。



 新王朝の王は政治にほとんど口出ししない人だった。

 それ故、わたしと貴族の二人体制で自然実学に基づく政権運営を行うことができた。

 自然実学はそれ以前の考え方に比べて合理性があり、すぐに成果を生み出した。

 新王朝は国民の信頼を得ることができ、安定した国造りが行われた。

 先生や親友が夢にまでみた国造りを、代わりにわたしと貴族が実現していったのだ。

 そうして数年が経ち、すべてが上手くいったかに思われたころ、変な噂がたつようになっていた。

 貴族がわたしのことを慕っているというのだ。

 噂の出どころを探らせたところ、どうやら貴族本人がそのようなことを言っているらしかった。

 貴族は独身であり、結婚話は引く手あまたの状態であったが、ことごとく断っており、その理由が想い人がいるからという話だった。

 その想い人がわたしだというのである。

 噂を聞きつけた目ざとい連中が、わたしに貴族と結婚したらどうか、と幾度となく仲介の労を取ろうとしてきた。

 いい加減うるさいので、二人だけのときに、わたしの方から直接、貴族に提案した。

「あなたは建国の第一功労者だし、望むならわたしは結婚してもいいと思っている。わたしは構わない」

 すると、貴族の反応はおかしなものだった。

「わたしはあなたを愛しています。だからあなたとは結婚はできませんよ」

「理由のわからないことを言う。なにか問題でもあるのか?」

「だって、あなたは愛している人がいるでしょう?わたしはそれを大事にしたいんです」

 親友のことにちがいない。たしかにわたしは未だに親友のことを愛している。

「こっちはそれでも構わないと言ってるんだ」

「構いますよ、わたしはね。それに妻になるんだったら、人ではなくこの国の妻になってください」

 何をうまいことを言ってるんだ。

 少し呆れたが、わたしは貴族のやさしさに触れて、それ故結婚できない気持ちであることを知った。

 結婚の話はこれで終わった。

 貴族はわたしのことを愛してはくれていることだけわかっただけでも、良しとするほかない。

「その代わりと言ってはなんですが、わたしと踊っていただけませんか」

「いいでしょう。今度、音楽隊のいるときにでも」

「いいえ、今です。音楽なんていりませんよ」

 わたしと貴族は踊った。音のない音楽で。気が済むまで、手を繋いで踊った。



 これまで給仕役をしていた役人が昇進することになって、次の給仕役を探すことになった。

 政府は国立学校の生徒から選んではどうかとの提案をしてきた。

 国立学校は新王朝になってから、貴族だけではなく一般市民にも開放して授業を受けられるようになっている。

 悪い提案でもなかったので受けることにして、選抜された何人かの者に庁舎に来てもらった。

 応接室に生徒が数名並んでいる。

 真ん中にいる生徒は元気そうでいかにも優秀といった感じの生徒だった。

 その隣には、おどおどしている生徒がいた。どうしてじぶんなんかが選ばれたのかもわからず緊張しているようだった。

 彼は飾りだな。先生は真ん中の生徒を選ばせたいのだろう。その対比のためだけに彼は呼ばれたんだろうな。

 わたしの心は決まった。

 わたしは落ち着かない飾りの生徒を選んだ。飛ばない紙飛行機を。あえて。

 わたしは先生のように彼を育ててみたくなっていた。

 付き添いの先生は驚き、真ん中の生徒は衝撃で落胆を隠さなかった。

「決まった以上、仕事はもうはじまってるぞ」

 そう言って、応接室を出る。飛ばない紙飛行機の彼は慌てながらも、ひな鳥のようにわたしについてきた。



 執務はいつも深夜まで伸びてしまっていた。

 新体制ゆえ、やらなければならないことが山積みになっているから、仕方なかった。

「お茶をお持ちしました」

 新しく入ってきた給仕が暖かいお茶をわたしの机の横に置いていく。

 そしてポケットからお茶菓子を出した。じぶんで購入してきたものらしかった。

 彼を選んで正解だったな。心がやさしい。

 わたしは給仕にとりとめもない話を振った。

「最近、庁舎の庭に子どもが一人入り込んできてるようだが」

「はい、あの子ですね。衛兵の目をかい潜って、来ているようですね」

「先日、その子と遊んでるのが窓から見えたぞ」

「あは。バレてましたか。鬼ごっこの相手をしていました」

「なんとかならないか。庁舎は治安の問題もある。子どもの遊び場じゃない」

「本人にはそう言っているのですが、どうも庁舎の庭がお気に入りらしくて」

「それで一緒になって遊んでたのか」

 さすが飛ばない紙飛行機といったところか。

「いずれにせよ、このまま放って置くわけには行かない。今度からは見つけたら追い返すように」

「それなんですが、逆に堂々と入れさせてはと」

「どういうことだ?」

「庭が好きそうな女の子ですし、庭木職人のところへ弟子入させてはと」

「なるほど」

 飛ばない紙飛行機のはずが、人のためとなると知恵が回るのか。

 わたしは給仕のアイデアに感心していた。

「わかった。次にその子を見かけたら、庭木職人のところへ連れて行くように」

「かしこまりました」

 給仕の顔が明るくなった。

 そこへ急な報せが舞い込んできた。

 「失礼します!」

 伝令の声が緊張している。悪い予感がした。

「何事か」

「大臣閣下が危篤との報せがありました」

 大臣とは貴族の役職のことだ。

 貴族が危篤?そんなはずは。つい先日の会議にも出席していた。無理を押して来ていたのか?

「すぐに大臣の元へ向かう。支度をするように」

 わたしは給仕に命じて、貴族の邸へと急いだ。



 医師の話では今夜がヤマだということだった。

 貴族の寝室に入ると、貴族はベッドの上で身動きもできないように寝ていた。

 相当悪いのは見て取れた。

 わたしが見舞いに来たのに気づいたのか、眼球だけこちらに向けて、掠れた小声で何か喋っていた。

 わたしに何か語りかけたいのか?

 そう思って彼の口元に耳を近づけた。

「わたしはまだあなたのことを愛してますよ」

 思わず、涙が出てしまって、頬を伝わらず、貴族の顔にそのまま落としてしまった。

 慌ててハンカチを取り出して、貴族の顔に落ちた涙を拭き取る。

 貴族の顔は苦痛に歪みながらも、してやったりと、白い歯を見せて笑って見せていた。

 やられた。

 本当にしようがない人だな。

 わたしはじぶんの想いの深さを悪戯にしてみせた貴族に困ったように愛着を感じていた。

 貴族が亡くなったのは、それからしばらくしてのことだった。

 とうとう先生のつくった紙飛行機はわたし一人になってしまった。

 孤独と喪失感に襲われる。

 執務室でわたしは黙って、過去と未来の狭間に取り残されたじぶんの心を見つめていた。



 自然実学を学んだ経験者がわたし一人になってから、幾年か過ぎていた。

 あの給仕は役人となり、わたしの側付きとなっていた。

 庭で遊んでいた女の子は少女となり、庭木職人に教えられながら、剪定の仕方を学んでいる。

 この日もいつもと変わらない日常のように感じていた。

 夜遅くなって、側付きがわたしのことを心配して、今日は早めに帰宅したほうが良いと進言してくれていた。

 わたしは疲れていた。ただこれもいつもと変わらない。

 本当に変わることのない時間の流れだった。

 帰宅のための馬車に乗る。

 そうして帰り道に揺られながら、時折思い出す過去の人たちのことを懐かしがっていた。

 馬車が急に止まった。

「天にあだなす奸賊を誅する!」

 外からそんな声がした。

 御者が慌てて声にならない声を上げている。

 これは、、、

 馬車の扉が急に開いて、かつて貴族だったとわかるボロボロの上質な服装を着た者が中に入ってきた。

「女のくせに!」

 そう叫んで刺客はわたしの腹を剣で貫いた。

 そんなくだらない理由で人を殺すのか。

 わたしは癇に障ったが、声を出す間もなく、何度も滅多刺しにされた。

「ざまぁ」

 そう言い捨てて、刺客たちは去っていく。

 わたしの生死も確認しないまま逃げるとは臆病な。

 だが、そのおかげでわたしは少しだけ命を長らえることができた。

 手のひらで身体触ってみる。ヌメヌメしていて、血が溢れていることがわかる。

 軽く生命線を超えてるな。

 わたしはもうじき死ぬ。

 これでやっとみんなの元へ行けるのか。

 先生が作った紙飛行機たちのなかで、一番出来の悪かったじぶんが最後だとは、こんな皮肉もない。

 先生という銀色の空に飛んでいく紙飛行機たち。

 これからわたしも彼らに混ざって飛んでいく。

 残念という気持ちはなかった。むしろ安らぎさえおぼえている。

 わたしなんかが、ここまで来れたことを、みんなに褒めてほしい。

 わたしを生涯愛してくれた人に。

 わたしが愛した人に。

 わたしの先生に。


 わたしは、








ご一読していただきありがとうございました。いかがでしたでしょうか、よければご意見・ご感想いただけると嬉しいです。一度で読めた、あるいは、無理だった程度の感想でも構いません。スギ花粉くらい軽い気持ちで感想をお寄せくださいませ。

なお、本作はリンの言葉シリーズの宣伝用小説となっております。第一弾として「聖女なぼく」があります。本作は第二弾となります。ぜひリンの言葉シリーズにもお越しいただいて軽い気持ちで感想などいただければと存じます。

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