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設定メモへと堕ちた何か  作者: ヌヌヌ木
第一章 新芽と残火編
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06話 クズに限界と満足は無い





「ーーハア、ハア………………」



 『彼女』は走っていた。魔界と人間界の境目へと。

仲間が死んだ。みんな死んだ。みんな、みんなーーー



「うっ……ゲェッ…オェ"っ………」



 その凄惨な死に様を思い出し、彼女はその場で止まった後に嘔吐する。消化されかけている食べ物と共に、その場に胃液をぶち撒ける。


 ーーーオルスは、目の前で頭が弾け飛んだ。

 ーーータクスは、目の前で腹を貫かれた。

 ーーーラチカは、レイスの横で悪鬼(オーガ)に頭を潰された。

 ーーーそして最も仲が良かった女騎士のレイスは、普段の彼女からは考えられないような悲鳴を出し、泣き叫び、命の灯火を強引に血でかき消された。


 その『彼女』ーーーチナは、元は美しかった顔と聖女のローブを仲間の血と体液と自身の涙と尿で見事に汚しながら、無様に、みっともなく逃げていた。

 ーーーしかしこれで良かったのだ。チナはあの魔族のガキと人間のガキに逃がされた。そして頼れる仲間は虚勢を張ったから死んだ。これで、良かったーーー


(いや違う!増援を、増援を呼ばなきゃ!!)


 しかし、彼女はそうではなかった。良くなかった。


 頼れる仲間が死んだ。魔族が暴れ回っている。こんな被害を受けた神天聖教会は黙ってはいないだろう。 これを上官に知らせれば、魔界に大量の聖騎士(クルセイダーズ)が押し寄せ、魔族は一網打尽だ。ざまあみろ。


 ーーー復讐してやる。こんな姿で辱めた魔族に。

 ーーー仲間を殺したヤツらに。

 ーーーそして、自分を助けた愚か者共に。


 彼女の心に反省はない。魔族が全て悪いと思っているから。助けてもらった恩などもなく、聖なる【神】に仕える自分を助けるのは当たり前だと思っているから。

 その姿は、かつてライン達と戦いながらも迷いを見せていたブーモが生ぬるく思えるレベルで、悪辣で、下衆な考えだった。その姿に聖職者の面影はない。



(ーー復讐してやる。殺してやる。滅べ魔族が!)



 そうチナ()がにやけた時、近くで気配を感じる。

 その気配は魔物らしくはなかった。


 ではーー魔族、いや、暴の化身(ミクスタ)なのでは。



「ひ」



 悪鬼羅刹とはまさにあの光景を指す言葉だ。

あの光景はチナに確かなトラウマを残し、彼女を蝕んだ。仲間が死んだ。ヤツに殺された。死んだ。死ーーーー


     ーーー次は、お前だ。ーーー




「ひ、ぃ、いゃぁあああああああああああ!!!!嫌だ!死にたくない!!ヤダ!!嫌だああ!!!!」



 チナが発狂する。

 耐えられなかった。ーーー底知れぬ恐怖と絶望に。


 誰も言葉を発していないのに幻聴すら聞こえ、口が裂けそうになる勢いで叫ぶ。その顔は悲惨そのものだが、枯れたのだろうか、涙と尿はこれ以上出てこない。ただ叫び声が響くだけだ。


 ーーーー足音が近づく。『死』の足音が。



「ーーーいゃ!!ヤダ!!嫌だああああ!!助けてください!!何でも、何でもしますから!!必ず役に立ってみせます!!だから、だから殺さないでください!!まだ死にたくないぃぃ!!!!」



 チナはその場で土下座し、顔も見えない相手に命乞いをする。みっともなく、情けなく、だらしなく。

 しかし足音は止まらない。叫び声に反応せずに近寄ってくる。まるで『お前の言葉に興味はない』とでも言うかのように。


(ーーーーああ。私、死ぬんだなぁ。)


 もう諦めの境地に達したのか、逆に笑いが込み上げてくる。チナはその美少女顔を崩壊させ、笑い始める。

 そして足音の主は彼女の前に止まった。



「ーーねぇ、ちょっとぉ」



 ーー喋った。足音の主が流暢に喋った。あの悪鬼(オーガ)はカタコトで喋っていたので、ヤツではない。



「話しかけてるのに無視ぃ?有り得なくなぁい?アンタよくそんなんで生きて来れたわねぇ?」



 声の主は苛立った声音になり、足元のボロ雑巾同然の存在と化したチナを見下す。その声にはチナと同等、いやそれ以上の毒を含んでいた。

 チナは上を見、声の主を見る。


 ーー地毛の金髪に青の瞳。女子としては平均的な身長に、魔法使いを表すローブと杖は最高級レベルであり、杖に至っては伝説級(レジェンダリー)はある。

 ーー最高級の装備に圧倒的魔力。

 そしてその特徴的な喋り方は、かの第13代魔王デリエブ・シクサルを討伐したパーティのメンバーであり、世界最強クラスの魔法使いーー



「あ、貴女様は《賢女》フェルシュ・ダンクシン様?!」



 彼女こそが勇者パーティの中で最強の魔力を誇り、最強の魔法使いでパーティ内唯一の女性メンバーでもある、『フェルシュ・ダンクシン』その人であった。



「そうだけどぉ、何か文句あるワケ?」



 『最強』の一角の彼女は、不機嫌そうに答えた。



*************************



「ーーで、要は魔族2匹とはぐれ召喚者を倒して欲しいってワケぇ?」


「はい、よろしくお願いします!」


「仕方ないわねぇ。ハルト君もこっち来てるし、先に潜り込んどくのもアリかもぉ。そっちの方が面白いしぃ……分かったわ。引き受けてあげる」


「!!ありがとうございまーー」


「でも、幾つか条件付けさせてもらうわぁ。対価ね」

「は、はい!!何でもお申し付けください!」


「先ず一つ目。『私達に資金援助するように神天聖教会に取り付けること』。これは今すぐしてぇ」


「は、はい!!」


 ーーーーーー。


「ーーーお待たせしました!脳内信号で通知を送ったので、上官は認識している筈です!」


「分かったわ。次に二つ目。『アタシに変装魔法をかけて』。出来なかったら別にいいわぁ」


「いえ、出来ますよ!……かけ終わりました!」



「じゃあ三つ目。『貴女の身体をアタシに捧げて』」


「ーーーえ?それは、どういう意味ーー」


「そのままの意味よ?私の趣味の『お遊びタイム』に付き合って?お願いしなくてもいいでしょぉ?」


「え、いや、ぁ……え?」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「…やっぱりか」


「1人で行かせるべきでは無かったのでは?」


「う…オエッ…」


「ーーーーーー」



 勇者パーティが魔界の境目に着く。

 ーーーそこには、皮や目玉、内臓をバラバラにされ、最早何の人間だったかすら分からない、凄惨な死体が転がっていた。



「ーーーフェルシュから連絡が来た。『潜入成功。合図で合流しましょう❤︎』………らしい」



 勇者パーティは、魔界の入り口でスタンバイする。その勇者の顔は、何もかも興味が無さそうな表情だった。彼は怠そうに、静かに喋り出す。



「仕方ねえだろ。アイツはパーティ内で一番魔力と魔法練度が高いが、同じく一番残虐でクズなんだから」



 フェルシュ・ダンクシン。

 表社会では《賢女》の名を冠する魔法使い。

 ーーー裏では自分よりも劣る存在を拷問することが趣味の、最低最悪の性根をした魔法使いである。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



「ーーーよし!準備完了!2人もできた?」


「おし、いつでもOKだ!」


「はい、もう完了しています!」



 2人に出発の準備が出来ているかを確認する。

通りの良い返事が返ってくる。さあ、出発しよう。



「ーーあ、あのぉ」



 ーーー誰かの声が聞こえた。ミクスタが声のほうに銃を向け、いつでも発砲できるようにする。同じくレンも短剣を構え、いつでも攻撃できるようになった。


 向こうから現れたのは、人間の女子だった。



「ーーー?誰だ、あれ?」



 レンは訝しむ。彼女は一見人間にしか見えない。

彼女が身につけている装備は普通程度で、大した強さもなさそうな、一般級(コモン)レベルだった。



「すみませぇ、すみません」



 彼女は何故か言い直し、丁寧に喋り始める。



「アタシ、この世界に呼ばれたばかりで、右も左も分からない状態なんです。なので出来れば、あなた達に同行させて欲しいんです。ーーダメですか?」



 彼女は、滅茶苦茶分かりやすい上目遣いをし、ライン達、特に恐らく同郷であるレンに媚びている。

 何となく見ていて腹立つが、困っているなら放っておくワケにはいかない。ラインの隣にいるミクスタは何故か不機嫌そうな顔をしているが、何故だろう。


 ーーその顔は人間嫌いの顔ではなく、人間の女子の動きに嫉妬しているような……?



「…私、なんかあの人苦手です」


「えぇ?!何何嫉妬ぉ?!キッ……。ゴホン。すみません、家族といる時の癖が抜けきってなくて」



 ミクスタが小さな声で呟くと、人間の女子が一瞬何か言う。しかしすぐ謝罪し、こちら側にも媚びて来る。

 見ず知らずの人を迎え入れるのはどうなのか。

 そう考えていると、黙っていたレンが口を開く。



「ーーライン、ミク。連れてこう。彼女は困っている。こんな可愛らしい子を放っておけない」



 レンはこちらを見、ハキハキと喋ってくる。しかしその喋り方はカタコトで、鼻の下が伸びている。

 せめてもうちょっと下心を隠す努力をしてほしい。



「本当?!嬉し❤︎カッコいいお兄さん、名前は?」


「あ、自分はレン!川之上 恋(カワノカミ・レン)だ!」


「レンくん!いい名前ね❤︎私はフェルシーよ!」



 その女子は分かりやすく喜び、レンに飛び込む。

彼女はレンの胸板に自身のそこそこある胸を押し付け、ぐりぐりと押し込んでいる。

 それを見たミクスタは自身の平均的な胸を見て、その可愛らしい顔を悲しそうにし、少しため息をつく。



「やはりレンさんは大きいほうがいいのでしょうか」

「いや僕には分からないよ。というか何で僕に?」



 何故か唐突にミクスタがラインに問いかけたので、ラインは知らない、と返す。僕にどうしろと言うんだ。



「ーーまあいいんじゃない?このまま放っておくワケにはいかないし。でもキツい道のりになるよ?」


「本当ですか?!やった!キツイのは勘弁ですけど!」


「でも一番近い人間国家でもルクサスだ。ここからだと一週間かかる。しかも僕たちはまだ魔界に用事がある。君が魔界から出たいだけなら1人をお勧めするよ」


「いいえ全然お気になさらず!アタシもこの世界を見てまわりたいんで!」



 どうやらそれでもついて来るらしい。かなり早い段階で仲間が集まり、今日からは4人旅になるようだ。



「んじゃあ、決まりでいい?ミクスターーってどうしたのそんな悲しそうな顔をして」



 一応確認する為にミクスタの方を見ると、イチャイチャしているレンと召喚者の女子を見て悲しそうにしていた。何が悲しいのかは少し察したが、気になるものは気になるのでつい呼びかけてしまった。



「ーーはっ!?あ、はい大丈夫です。行きましょう」


「本当に大丈夫?息も乱れてるし顔色も悪いよ?」


「だから大丈夫です。大丈夫に決まってます、はい」



 何故か怒られた気がするが、そんなことは些細な問題だ。次こそ『濃霧の森』へと出発しよう。



「ーーーあの、レンさん」


「?どした?」


「私も、レンさんのことを『レンくん』って呼んでよろしいですか?なんとなくそうしたくなって」


「おう!全然オッケーだぞ!」


「ーーー!はい、レンくん!」



 そんな微笑ましい会話をして、4人は『濃霧の森』へと進む。ライン、ミクスタ、レンの3人は笑っていた。そしてフェルシーも笑い出す。



 ラインは微笑ましくて。

 ミクスタは乙女らしく。

 レンはハーレム感に浸って。


 フェルシーは、その顔を邪悪に歪めて。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



 ーーーライン達一行にフェルシーが加わり、ライン達は次こそ『濃霧の森』を目指し進む。


 フェルシーにはレンがライン達の情報を伝えており、彼女はラインが魔王の息子と知ったときは流石に驚いていたが、意外にすぐ納得し受け入れてくれたので一安心である。しかしその反面、フェルシーは少しクセのある人物で、少し口が滑りがちな人物だということが分かった。


 例えば、『濃霧の森』道中に魚人(マーメイド)の避難場所である『ハス湖』に寄った時は、



「ええ…水生なの?…生臭そ……ゲフン。アタシ濡れるの苦手なんですよね。泳げないし」



 と言い、池内の避難場所の入り口でずっと待っていたり、蜥蜴族(リザードマン)の避難場所である『ゴア大洞窟』に寄った際は、



「しけたところは嫌なんですけど……まあ肌がカサカサになるよりかはマシかあ…」



 と言いながら渋々着いてきたりなど、最初の威勢の良さはどこへとやら、基本的にローテンションだった。

 その一方でレンは相変わらずで、「やべえ」とか、「信じられねえ」とずっと言っており、1日目と変わらずハイテンションだった。そしてレンが楽しそうにすると、フェルシーはそれに同調して楽しそうにし、レンの腕に抱きついてその豊満な胸を上下に揺らしていた。

 なんとなく男の扱いを分かっている感じがするが、もしかしたら召喚前の行動のクセが反映されているだけかもしれない。そこに口を出すのは憚られたので、言わないでおく。

 その時に隣を見れば、決まってミクスタが不機嫌そうな顔をしており、ぶっすーと頬を膨らませていた。



「ーーー私、やっぱりあの人苦手です」



 そう言われたので、気を落とさないように言っておく。リーダーとして、仲間のメンタルケアは大事だ。


 そうして、フェルシーと会って1日目の夜になる。

 しかし先日の反省もあり、テント前に交代制で1人見張りをつけて寝ることにした。そうすれば何らかが起きた時に皆を叩き起こし、臨戦態勢に移れるようになるからである。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



 ーー翌日。


 翌日の朝は、特に夜襲されることなどは無かった。

 朝になってテントから出ると、ミクスタとフェルシーが既にテントの外にいた。


 ーーーしかしミクスタだけはその顔を緊張で固めており、息も荒げている。何故だろうと思っていると、フェルシーが説明してくれた。どうやら早朝に2人が起きた時、大きめの魔物がいたので、それを2人で何とか追い払ったとのこと。なるほど、それは緊張するワケだ。


 とりあえずミクスタに声を掛けて、フェルシーに感謝する。フェルシーはニコニコ笑い、ミクスタの調子も戻る。ーー『濃霧の森』まではすぐそこだ。





                ▽▲▽▲▽▲▽▲




 ーーー数分前。


 朝、まだ太陽が顔を出していない早朝に、ミクスタはフェルシーにより起こされた。まだ外は薄暗く、物もはっきりとは見えない。

 フェルシーは見張りの交代を告げた後、女性用のテントに寝転がって眠り始めた。

 とりあえず起きたからには用を足そうと思い、周りを起こさないようにミクスタはテントから離れて行った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 用も済まして、出発の準備をする為にテントに戻る。今日にはもう『濃霧の森』に着けるだろう。

 すると、テントの前に人影があり、ミクスタは目を凝らす。その影は何らかをしており、少しだけ明かりを付けている。そしてテント内を照らし、ラインの顔を露わにしている。ライン当人はぐっすりである。


 ーーテントを照らすその影は、先程見張りを交代して寝たはずのフェルシーだった。遠目でよく分からないが、彼女は手元をゴソゴソと動かしていることだけはなんとなく分かった。



(ーー?彼女は何をしているのでしょうか……)



 ミクスタはそう考え、近くの木に身を隠す。


 もし彼女がライン達に何かをするのであれば、止めなくてはいけない。自分はあの2人に救われているのだから。

 すると、彼女はぶつぶつと何かを喋り始めた。その内容を聞き取る為に、ミクスタは耳を凝らす。しかし少し遠く、内容が聞き取れない。



(ーーーこんな時にスキルがあればーーー)

【個体名『ミクスタ・ラーザ』は、既にスキル:『蝙蝠耳(バットイヤー)』を獲得しています。以前、聖教会の5人と交戦した際に入手しました。どうしますか?】

(ーーー!持ってるんですね!『はい』です)


 ミクスタの脳内に【声】が流れ、丁度適したスキルがあることを報告してくれる。もちろんはい、と答え、新たなスキルを使用し、フェルシーの会話を盗み聞きする。



(「ーーーほら、この顔。コイツが魔王の息子ね」)

『ーーーよく分かった。もう切っていいぞ』

(「ええ?!もっと話しましょうよぉ!」)



 ……どうやら彼女は誰かと通信しているらしい。その手に持っているのは『導石』と呼ばれる代物だ。

 道具に詳しいミクスタだからこそ分かった物だが、2個以上あった際に互いに通信ができる石だ。色により通信できる石は決まっており、全く同じ石じゃないと通信できない。

 ーーーつまりフェルシーには相手が1人以上はいる。



(本当に召喚されたばかりなら、あんなものを持っているのは明らかにおかしい!ーーーつまり嘘…!!)



 ミクスタは確信する。フェルシーは嘘をついている。しかし何の為に?そう思っているとーーー



(「コイツらは『濃霧の森』に行く予定よぉ。森の入り口に待機しておくから、合図があったら来てぇ」)

『ーーーいや、全員で突入する。OKなら風魔法、ダメなら赤魔法を撃て。後者なら合流を最優先する』

(「はぁい、ハルトくん❤︎」)


(ーーッ?!《勇者》ハルト・タナカーーー!?)



 ミクスタは驚愕する。何とフェルシーは勇者の関係者だったのだ。つまりはここに来たのは潜入して位置を特定する為……全て合点がいった。

 フェルシー…否、これも偽名だろう。フェルシーと名乗った彼女は、手元にあった導石を仕舞い込み、少しずつ上る朝焼けを背に背伸びし始めた。



(もし本当なら、今すぐラインさんに報告をーーー)


「さてと、ぉ。『絶対服従(オビリエンス)』」


「え?」



 その瞬間、ミクスタの首に光の輪が巻きつき、その光輪から小さな棘が生え、光輪がミクスタの首を絞めあげる。棘が喉に少し刺さり、ミクスタが苦悶の表情を浮かべる。



「ぐ、ぎ……う…」


「アンタ、すごぉい分かりやすいわねぇ。乙女の秘密を探ろうなんて、死ぬ準備ができてるみたいねぇ」



 するといつの間にかフェルシーがこちらを確認しながらゆっくりと歩き、そのまま語りかけてくる。

 彼女ーーフェルシーは邪悪に笑い、ミクスタの顎を撫でる。その手からは光の鎖が伸びており、あからさまにミクスタに見せつけているように感じた。

 フェルシーの喋り方は今までのよりもねっとりとした喋り方となり、こちらの神経を指先で無遠慮に弄るような不快感を覚える。



「アンタはアタシの制御下にある。逆らったらどうなるか、その首輪を見れば分かるはずよねぇ?」


「ーー分かりますよ。私は貴女の命令に背けない。万が一にでも私があなたに背いたらーー」


「首刎ねるに決まってるじゃない。楽しみだわぁ❤︎」

「ーーーーーー」



 フェルシーは頬を赤らめ、純粋な乙女のように語る。しかしミクスタには彼女の言うことは全て真実だということが分かり、戦慄する。

 盗み聞く時から、もっと慎重にするべきだった。



「ーー1つ質問があります」


「ーー?なぁに?」


「あなたにとって、レンくんは何ですか?」


「ーーそれはねぇ、最高に愚かな男子(オス)❤︎ほんと惨めよねぇ❤︎少し色仕掛けしただけで、あんなにチョロくベラベラと❤︎こんなダイナマイトボディで良かったわぁ❤︎」



 そう言い、フェルシーは自身の豊満な胸を指先で撫でた後に、ミクスタの胸部を指で測り、鼻で笑う。正直、さっき服従された時よりもミクスタはイラつくが、今はそんな場合ではない。下手したら命を取られる。



「心配しなくても今すぐには殺さないわよぉ。利用価値もあるしねぇ。といっても条件は付けるけどねぇ」

「ーー?条、件?」


「先ず一つ目、『アタシのことを口外しない』。これは周りにバレるまででいいわぁ。次に二つ目、『アタシの命令に逆らわない』。これはアタシが解除したらオッケーだわぁ。最後に三つ目、『命令無視したらその場で理性を捨てる』。これもアタシが解除したらオッケーよぉ。どぉ?優しいでしょ?優しいアタシ可愛すぎぃ❤︎」


「ーー。分かりました。呑みましょう」


「いやアンタが決めるんじゃないから。決めるのはアタシだからねぇ。…魔族の癖に生意気なのよゴミが」



 ミクスタが条件を呑むと、その態度が気に入らなかったのか、フェルシーが毒を吐いてくる。



「あ、あとその首輪と鎖。周りからは見えてないからねぇ。取り外そうとすればすぐに首を絞め潰すわぁ。

それこそ首ごと斬らないと無理よぉ!アッハハ!」



 彼女はそう言い手から生えた光の鎖を見せつけ、ミクスタを嘲笑う。まるで自分よりも下の者を見るように。



「もう1つ、質問が」


「ーー何?しつこいわねぇ。ブスは黙って」


「ーー貴女の名前は?」


「ーーアタシ?アタシはねぇ……《賢女》フェルシュ・ダンクシン様よぉ。崇めて奉りなさぁい!!」



 遂にフェルシー、否、フェルシュは名前すら隠すのを止めた。その顔には自信が溢れており、こちらを徹底的に見下している。しかしこの事は、ミクスタとの秘密だ。しかもミクスタは喋れない。勿論勝ち確だ。



「死にたくないなら従いなさぁい。アタシの思惑通りに動いて、かつ従順になるなら生かしてあげる」




                ▽▲▽▲▽▲▽▲




(ラインさん、レンくん、ごめんなさい。私が不甲斐なかったから、この事実は言えません。しかし、私は諦めません。レンくんが、前向きに考えることを教えてくれたからです。いざって時はフェルシュの正体をーーたとえ、この命に変えても)



 道を行くミクスタの目は、覚悟が決まった色をしていた。彼女は、自らの命を差し出そうとしている。



 ーーそしてついに、『濃霧の森』へと到着した。

 この中に、《黒百合》と呼ばれる者が居るらしい。




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